1節 南へⅡ
この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは一切の関わりはありません。
【主な登場人物】
南戸 進
:カナタとアンナの遺伝的な父である。対某国日本代表団の副団長
南戸 南波
:セイラとアンナの遺伝的な母であり、サラドンの発見者でもある
南戸 彼方
:昆虫が大好きな中学1年生男子である。セイラより2か月早く誕生
南戸 星良
:イモリ好きで観察日記を付けていたお茶目な中学1年生の美少女
南戸 行南
:父はススメ、ハハはミナミの小1女子。齢の割に度胸が良い
ばぁば、椎原 青葉
:ミナミの母。小・中の教員免許を持ち、兄妹の教育に当たる
この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは一切の関わりはありません。
(1章 新種)
プロローグ
アメリカの詩人、ロバート・フロストはこう言ったと伝えられている。
「抜け出すための一番の方法は、やり抜くことだ」
袋小路に入っても、重囲に陥っても、四面楚歌であったとしても、なりふり構わずやり抜け…
思うに、これは単純に「同じ方法で」諦めずに続けなさいという意味ではなく、「手を変え品を替え」、つまり「抜け出せるように工夫しながら」諦めずに攻略しなさい、という意味だと思っている。
時は近未来、そういう苦境に巻き込まれつつある男とその家族がいる。ここでは因果が重なって「難局」が待つ「南極」に向かうことになった一家の生きざまを紹介し、描写してみようと思っている。
1節 南へⅡ
子供2人が窓辺で南の空を見上げている。
「もうじき行くんだね、アタシたち…」
「らしいね…」
「のんきだね、寒いとこだよ」
「わかってる」
「寒いんでしょ。南に行くと暖かくなるはずなのに… なんか変だよね、カナタ」
「だな…」
2人は秋の星空を見上げている。
少しだけ街灯りに照らされた雲はあるけれど月はなく、多くの星が輝き、あるいは瞬いている。
少し間をおいて女の子の声が繰り返した。
「うんと寒いんでしょ」
たぶん… 不安の裏返しなのだ。
カナタと呼ばれた少年が答えた。
「ああ、そうだな… 昼のうちにお日さまたっぷり浴びといたぜ」
「寝だめじゃあるまいし… それよりどんだけ服がいるかしら」
「心配ないさ。ママとパパはベテランなんだ」
「そうだけど… うちら3人は初めてなんだよ」
「大丈夫だって… セイラは心配性だな」
「だけどセイラね、なんか呼ばれてる気もするんだよね」
セイラという女の子の右目の黒目がビクビクと細かく震えている。
「セイラもか… 確かに招かれてる気がするんだよ… なんでだろ?」
「カナタはのんき過ぎなのよ… でもさ、呼ばれると言っても、あっちには友達がひとりも…」
その言葉尻を待たずにカナタが言った。
「ははは、そりゃそうだ。もしいたらアーモンドチョコプレゼントな」
「アタシに?」
「むはははは」
「いいわ、じゃペンギンさんと親友になるから。チョコはあたしのもの」
セイラが切り返した。
「ちょ… ちょっと待てって」
「だってニンゲンとは言わなかったよ」
「あ、だから…」
カナタと呼ばれた男の子の左目の黒目もビクビクと細かく震えている。
「ねぇ、おにいちゃん… おねえちゃん」
お風呂から上がってきた小学校1年生の妹が二人に話し掛ける。
「あ、どしたどした、救いの女神アンナ様、良い子だ良い子だ」
すばやく反応したのは南戸 彼方、中学1年生である。
「あ、アンナ… ちょっと良いとこだったのに… アンタにはチョコあげない… にしよっかな」
ちょっとむくれたのは同じく中学1年生の南戸 星良。
「はいはい、アンナ様どうしました?」
「あのね、アンナはイヤなんだ、ほんとは…」
妹の名は南戸 行南。3人は兄妹である。ただしカナタとセイラに血の繋がりはないが、アンナとはそれぞれが1/4の血縁がある。
「行」という字を「アン」と読むのかと何人ものヒトに聞かれたが、国語的には希少ながらアリの読み方なのだ。
教養が溢れすぎている方は、
「ああ、行脚とか行宮のアンね」と、すぐに合点してくれる。むしろ「南」を「ナ」の一文字に読ませる方が不自然かも… そうでもないか、南雲という苗字があったっけ…
「あ、あたしだって本当はイヤだよ… 友達と離れたくない」
「だな… オレだってね」
「でもママとパパ、それにばぁばとも離れるれるのはもっとイヤなの」
「アンナもおんなじ」
「だけどね… 行ってみたいって言うか、おいでおいでされてる気もするんだ… なんか知らないけど」
「じゃあもう、どうにも仕方ないんだね、運命みたいなもんかな」
「そうね… アタシたちはある意味日本代表だし、地球環境と生き物代表なんだから… そういう役目で行くのがパパだからね」
これはセイラのかぼそい声だ。
アンナが小さな声で呟く。アンナも右目が眼球が震える症状…眼球震顫を起こしていた。
「うん… イヤだけどね、きてきてってこえもするんだ… へんだよね。でもアンナダイジョブだよ、いいこにしてる」
それを2人の背中が窓辺で聴いている。
「すごく大事な役目なんだ。だから一家ごとみんなでさ… ばぁばも連れて」
「こんなこと初めてなんでしょ? 観測隊史上…」
「家族ごとってこと? そりゃないだろなぁ」
「ねぇ かんそくってなぁに」
「観測? そうね、温度測って、風を調べて、生き物を観察して記録に遺すのよ」
「他に写真とかも撮るんだよ」
「ペンギンさんのしゃしんとって、きょうはさむかったよってにっきをかくの?」
「うははは、ああ、うん、そんなとこだよ。 た ぶ ん」
「今日『も』寒かった、が毎日続くのね」
「だな… 」
「もう仕度した?」
「ああ… 今日はもう寝るぞ」
「ねぇ、ちょっと待って。みんなで約束しよう。ずっとケンカしないで仲良く過ごそうって」
「べつにいいだろ、いちいち」
「いいじゃん… おにいちゃんもまざって、はい、りょうてをだして、こゆびをたてて…」
ゆびきり げんまん うそついたら はりせんぼん のます ゆびきった!
「おやすみ、おにいちゃん、おねえちゃん」
「おやすみ、カナタ、アンナ」
「だな… おやすみセイラ、アンナ」
セイラが窓を閉めるとカナタが電灯を消し、部屋が暗くなった。
ひとしきり布団の中でガサゴソ動く音がしていたが、やがてふっと静かになった。
まもなくカナタとアンナの寝息が聞こえてきたが、セイラはなかなか寝付くことができなかった。明日からはしばらく… この馴染んだ布団ともお別れになるのだ。なんとしても手放したくなくて、この「枕」だけは持っていくけどね。
なんでだろう… お友達とのお別れ会、突然禁止されちゃって残念だったな… そうだよ、なんでこんなにワケがわからないことばかりが続くのだろう。
実感はぜんぜんないのに、さびしくて仕方なかった。
セイラの寝返りがようやく収まったころ…
「ようやく眠ったわね、こどもたち」
そっと語りかけたのは南戸 南波、遺伝的にはセイラとアンナの母である。
「ああ、迷惑掛けるけど、まあ仕方ない… こうなった以上はね。義母さんはどう?」
応えたのは南戸 進、夫婦共に今度の南極観測隊員である。ススメはカナタとアンナの遺伝的な父である。
ススメとミナミ。以前はそれぞれ別の家庭を持っていたが、さまざまな事情の末にバツイチになっていた。それが8年前の南極観測隊の一員として運命の出会いを果たし交際に至ったのだ。交際中は、《ミナミへススメがミナミヘまっしぐら》…などと揶揄われながらも意気投合してやがて夫婦になった。そして今まで楽しく仲の良い家族を創りあげてきたのだ。
俗なコトバで言えば、カナタはススメの連れ子で、セイラはミナミの連れ子であり、アンナはこの夫妻の子ということになる。
「うん、大丈夫よ。母であり、ばぁばであり、先生でもあるわ… 張り切ってるの、すごく…」
「それが有難いよね。明日からは正真正銘家族兼家庭教師、教員免許もまだ有効だし、分校扱いにしてくれて… 政府と言やぁ野暮なもんかと思ってたけど、意外と物分かりが良かったね」
「その分期待も大きいってことよ… そう、これからは掛値なしのリアルな家族だよ」
「だな。さあ、うちらも寝るか」
「そうね、おやすみ」
「あっ、そうだ… 例のアミノ酸持った?」
「持ったってば… 大丈夫よ」
「オレも持ったけど、なんせ切り札かもしれないからさ… おやすみ、あしたからもよろしくな、ミナミ」
「うふふ… グッナイ、ススメ!」
chu! と軽いキスをして、二人は布団にもぐりこんだ。
明日一家で日本を飛行機で離れ、オーストラリアに向かうのである。オーストラリアから南極圏の昭和基地までの間は船旅になる。日本はこれから冬を迎えるが、南半球はこれから夏真っ盛りになる。この気候の良い季節を狙って… と言っても「冬に比べれば比較的良い」程度だが… 南極観測船が昭和基地に向かうのである。
なぜ家族で南の果てへ… 日本の交渉団副団長として、そして地球の生き物代表を自認して、南極まで行かなければならなくなったのか。
話は昨年、南極観測隊の「大発見」まで遡ることになる。
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