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番外編(9) 鳴らない(視点変更有)

一話の中で視点変更をしない……という目標が……お空の星になりました(涙)


(海野真夏・視点)


 どうしてだろう、最近、先生が遠い気がする。三人で食事をしていても、口数が少ない。しゃべっているのは専ら雪村麻人だ。食事が終われば、先生はそそくさと書斎へと引き揚げてしまう。書斎に行っても忙しいからとほとんど目も合わせてくれない。何かがずれて噛みあわなくなった歯車のように空回りしている、そんな気がした。


「先生?今良いですか?」

「構わない」

 先生は書斎のデスクに座ったまま、振り返らずに言った。

「あの……明日の件なんですけど……」

 さっき食事の時に、明日の夜、先生は大学に泊まり込みになりそうだと言った。若い男女を二人っきりにするのは良くない気がすると言うので、私は明日友達の家に泊まると言ったのだ。ところが……

「さっき、麻人君、悪寒がするって言うので熱を計ってみたら、微熱があるようなんですよ」

「それで?」

 先生が振り返った。

「それでって……病人を一人にしておくわけにはいきません……よね……」

「子供じゃあるまいし、ほっとけば治るよ」

 そっけない。

「でも……」

「君は麻人を看病したいの?」

 なんとなく言い方に棘があるのは気のせいなんだろうか。

「看病したいとか、したくないとかそういう話じゃないと思うんですけど……」

 私は戸惑う。私は何か悪いことをしただろうか?

「なら、君のやりたいようにやればいい」

 先生はくるりと背中を向けた。

「先生?私、何か気に障ることをしましたか?」

「……」

「……言ってくれなくちゃ分かりませんよ?」

「君は……どうして僕のことを名前で呼んでくれないんだい?僕は君の先生じゃないよっ」

 先生の語気の荒さに身を竦める。

「……」

 名前で呼びづらい雰囲気だったのだ。つい先生と呼んでしまった。それがいけなかったの?

「仕事があるから、もう出て行ってくれないか?」

「……ごめんなさい」

 私は自分の部屋に駆け戻るとベッドに突っ伏した。嗚咽を止められない。何がどうなってこうなったのか、何をどうしたらいいのか、さっぱり分からなかった。


 子供の頃、伯母さんに貰ったオルゴールを思い出す。鍵付きの宝石箱になっているオルゴールで、蓋を開けると、まろい音色で私の知らない異国の旋律を奏でた。とても、とても大事にしていたのに……鍵をなくしてしまった。鳴らないオルゴール。


 私は冬馬さんの心を開く鍵を失くしてしまったんじゃないだろうか、そんな不安に私は打ちのめされていた。






(雪村麻人・視点)


 隣の部屋から嗚咽の声が聞こえてくる。喧嘩をしたらしい。もうひと押しかな。俺はベッドに横たわったままニヤニヤする。計画された悪意の一撃で、人と人の信頼なんてあっという間に崩壊する。人なんてそんなものだ。疑心は疑心を呼び、邪推の砂漠は拡がっていく。


「真夏ちゃん、どうしたの?大丈夫?」

 俺は隣の部屋をノックしてドアを開けた。海野真夏はベッドに突っ伏して泣いていた。俺に気づくと慌てて起きあがる。

「麻人君、ごめん、うるさかった?」

「どうしたの?」

 俺は大げさに驚いて見せる。

「なんでもないから。大丈夫。ほら、麻人君は休んでなくちゃ、熱が上がっちゃうよ?」

 海野真夏は手の甲で何度も目をこすりながら俺に近寄って来て、俺の腕をとってドアへ誘導する。

「なんでもないなら、なんで泣いてるのさ」

「……少し不安だっただけだから。大丈夫だから……」

 大丈夫を繰り返す海野真夏に、俺は小さくグッジョブと呟いてしまう。

「何?何か言った?」

 質問には答えず、俺は、うるうるした瞳で見上げる海野真夏を抱きしめた。

「不安なら俺が傍にいてやるよ。だからもう泣くなよ」

 驚いた様子で俺から逃げようとする海野真夏を、身動きが取れないくらい力を込めて俺は抱きしめた。


 壊れちゃえばいい。壊れた電話なら、もう鳴らない。言い争う為だけの会話なんて、そもそも意味がないんだ。それならいっそ、鳴らなくしてしまえばいいんだ。






(雪村冬馬・視点)


 言い過ぎた。麻人には、真夏に当たるなと言っておきながら、自分が当たっている。大人げないな。反省する。


 真夏の部屋へ上がるとドアが開いていて、部屋の中がめちゃくちゃに散乱していた。

「真夏?」

 部屋の隅に真夏のペンダントが千切れて落ちていた。僕は呆然として、それを拾い上げる。このペンダントはロケットになっていて、中にはソーマとアンリと僕が一緒に写った写真が入っている。真夏はこれをいつも身に着けていた。

 僕は驚愕して、麻人の部屋へ駆け込む。

「麻人!真夏は?真夏がどこにいるか知らないか?」

 麻人はベッドに布団を頭までかぶってもぐりこんでいたが、僕の声にうるさそうに顔を上げた。

「知らない。あんな女、どこに行ったかなんて知らないよ」

「何があったんだ?」

 僕は麻人の布団をはがした。

「叔父さん、この婚約は解消した方がいいよ。あんな女、ろくでもないって。なんだか煩く泣いてるから様子を見に行ったんだ。そうしたら……」

「そうしたら、なんだ?」

「もう叔父さんのことなんてどうでもよくなったって、やっぱり若い男がいいって言ってたよ」

「……」

 僕は瞠目する。

「こんなこと叔父さんに言いたくないんだけど、あの女、俺のことを誘惑しようとしたんだぜ?」

「……」

 喉がカラカラに乾いて声が出ない。

「昔付き合ってた男が忘れられないって。俺に代わりに抱いて欲しいって」

「……真夏が?昔の男の代わりに抱けって?」

 僕はようやくの思いで、言葉を口にする。

「叔父さんにはショックだろうけど……」

 僕は愕然とする。僕は彼女の何を見ていたんだろう。彼女の言葉の何を聞きとっていた?僕はヨロヨロと麻人の部屋を後にした。


 書斎に戻って携帯を取り出した。ワンプッシュで出てくる番号に祈る思いで発信する……出ない。ふと、違和感に気づいて僕は部屋の中を見回した。そして彼女の携帯が彼女の元で鳴らないその訳を知り、僕は打ちひしがれた。


 いつのまに置かれていたのか、真夏が出かける時にいつも持ち歩いていたショルダーバッグが、僕の書斎の片隅にひっそりと置かれていた。



読んでくださってありがとうございました。

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