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番外編(8) ビスケット色(2)(雪村麻人・視点)

 朝食時、沈み込む海野真夏を見て俺は満足していた。

父親には、冬馬叔父の所に行くのなら、どんな女性か見てきてくれとだけ言われていたのだが、海野真夏を見て気が変わった。


 雪村冬馬は俺の父の弟だ。三人兄弟の真ん中。実業家揃いの家庭に生まれた変わり種の学者。俺は冬馬叔父が好きだった。発想が風変わりな所も、自分の好きな分野のことになると子供みたいに夢中になる所も、どんな小さな子供に対しても真摯な態度で話を聞いてくれる所も。

だから、叔父の嫁になる人は、パーフェクトな女性に違いないと思っていた。もしくは、そんな人が見つからないのであれば、独身のままでいて欲しいとも思っていた。

 それがどうだろう。海野真夏は俺とほぼ変わらない歳で、特に美人でもなく、料理が上手な訳でもなさそうだ。俺から見ても、普通の、どちらかと言えば子供っぽい女だ。俺はこいつをここから追い出してやろうと考えた。

しかし、財産目当てとか、叔父を利用してうまくやろうとしている女ならば簡単なハズのその作業が、結構難しいことに気づいて、逆に俺の闘争心に火がついた。


 朝食時にはすっかりしょげていた海野真夏が、出がけにはすっかり元気になっていることに気付いて、俺はカチンときた。

「じゃあ、麻人君、四時に正門で待ってるから。場所分かる?」

 海野真夏はにこやかに言った。

「ああ分かる」

 実は俺は去年既に帝都大学を見学していた。海野真夏は俺の言葉に頷くと、冬馬叔父を見つめて甘ったるい表情で行ってきますと言った。


「麻人、受験でイライラするのは分かるけど、真夏に当たるのはやめてくれないか。当たりたいなら僕にすればいいだろう?」

 海野真夏を見送ると叔父は言った。

「別に当たってなんていないさ。本当のことは言ったけど」

 俺は肩を竦める。

「叔父さん、あの子のどこがいいの?」

 俺は訊いてみた。追い出すヒントがあるかもしれない。

「どこって……」

 叔父は言葉を途切れされたまま返事をしなかった。もしかしたら特に理由もなく、何となく近くにいたから……とかそういう理由なのかもしれない。それならば話は簡単だ。俺はほくそ笑む。

「とにかく、真夏をいじめないでやってくれ」

 叔父はそう言い残すと、その場を去った。

 いじめないでくれだって?俺は一人小さく笑う。そうか、俺は海野真夏をいじめるのが楽しいんだ。自分の気持ちに気づいて合点する。どうしてこんなに海野真夏を追い詰めることに夢中になってしまうのか自分でも分からなかったからだ。

 俺は帝都大学に向かう途中で、種類の豊富さと安さで有名な洋品店に立ち寄った。そこで温かそうなパーカーを買い求める。今朝見た海野真夏を思い浮かべる。大体こんな色だったハズだ。


 四時ちょうどに正門に着くと海野真夏が既に待っていた。

「ごめん、待たせちゃったかな?」

 少し笑って見せる。海野真夏は少しうろたえた様子だったが、すぐに弱弱しい笑みを浮かべた。

「ううん、私も今来たところ。麻人君、そのパーカー……」

「あれ?真夏ちゃんの服と同じような色だね?これビスケットみたいな色だよね。温かくて気に入ってるんだ」

「そ、そうなんだ」

「ペアルックみたいだな。気になる?脱ごうか?」

「ううん、気にしてないよ。ただ色が似てるなって思っただけ」

 海野真夏の動揺が響いてくるようで、俺はウキウキしながら歩き始めた。

「何か見たい所はある?これ、パンフレットだけど……」

「とりあえずキャンパス内を歩き回っていい?」

 渡されたパンフレットをちらりと見ただけで、俺はさっさと歩きだした。あちらこちらで紅葉した葉が舞い落ちていてきれいだ、そう言うと、海野真夏は同意して微笑んだ。

 どんどん奥へ歩いて行く。

「ねぇ、どこに行くの?この先は理学部だけど……先生のところへ行く?」

「いや、行かないよ。この先に自販機があるでしょ?」

「?」

「そこで休憩しよう」

「麻人君、ここに来たことがあるの?」

 戸惑った様子の海野真夏に俺はにっこり微笑んだ。

「ごめん、本当はここ前に友達と一緒に来たことがあるんだ。でも君と一緒に来たかったから」

「……」

 海野真夏は無言のまま立ち止まる。

「怒っちゃった?」

 海野真夏は無表情のまま首を横に振った。


 ベンチに座って二人で温かい缶コーヒーを飲む。もう日が陰り始めていて、辺りはやけに静かだ。

「ねぇ、真夏ちゃん、ちょっとじっとしてて」

 俺は真夏の頭に手を伸ばした。

「な、なに?」

 海野真夏は体を引く。

「あー、じっとしてて、虫がついてるよ」

「え~?虫?何の虫?」

「なんかね、しゃくとり虫みたいなやつ」

「ええええ~、やだ~とってとって!」

 女の子と言うものは大抵の場合芋虫系が苦手なものだ。案の定、海野真夏は身を低くしてじっとしている。俺は頭に付いた虫を払うふりをして、海野真夏を抱き寄せた。そう、研究室の窓からこっちを見ている叔父には気がついていないふりをしながら。


読んでくださってありがとうございました。

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