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番外編 (4)明確なアイマイ(雪村冬馬・視点)


書斎で持ち帰った仕事の続きをやっているとノックの音がした。

「あの……今忙しいですか?」

返事をすると海野君が立っていた。

「どうかした?」


 さっきの停電で心細くなったらしい。少し書斎にいてもいいかと彼女は言った。

「大学の仕事をしてるから、ここに君がいるのはあまり良いことではないんだけど……」

「あ、ごめんなさい。じゃあいいです」

 慌てたように出て行こうとする海野君を僕は引きとめた。

「本当はよくないんだけど、ここにいなさい。ただし、デスクの方には近づかないでね。本でも読んでいるといい」

 僕はベッドの脇に置いてある一人掛けのリクライニングソファを指した。

「でも……」

「いいから」

 

 最近、彼女は不安定になっている。最近……というより、婚約してからと言った方がより正確だ。僕は戸惑う。婚約したのは間違いだったのかもしれない。

 とりあえず、雑念を振り払ってデスクに向かい集中する。停電したお陰で持ち帰った仕事を終えるのに遅くまでかかってしまいそうだ。


 もうすぐ日付が変わりそうな時刻になっていることに気づいて、僕は慌てた。

「海野君、もう遅いよ?もう休まないと……」

 そう言いながら振り返って、僕は言葉を途切れさせた。彼女はリクライニングソファの背もたれを倒して眠っていた。膝の上に置かれた手から本が零れ落ちそうだ。

 

『夏の夜の夢』……シェイクスピアの喜劇。


 僕は本を海野君の膝から拾い上げ書棚に戻す。その本が僕の不安を的確に物語っているようで息苦しくなる。


 もしかしたら、海野君は妖精王オーベロンの魔力によって作られた強力な媚薬を塗られてしまっただけなのではないかと。花の汁から作ったその媚薬は、目を覚まして最初に見たものに恋をしてしまうという作用があるのだ。

 僕は、その媚薬の効果がいつか切れてしまうのではないかと……恐れてる。


「まさか本当に婚約しちまうとは思わなかったぞ。何歳離れてるんだ?ええ?二十以上の年の差?犯罪だろ?」

 従兄の及川君はズケズケとそう言った。しかし、誰もがそう思うんだろう。口にしないだけで……。


「海野君、こんなところで眠っていると風邪をひくよ?もう君の部屋に戻らないと……」

 僕は海野君の肩を揺さぶる。まだ眠そうに目を開けた海野君が手を伸ばして、僕の首にしがみついてくる。

「どうして名前で呼んでくれないんですか?」

 僕は海野君を抱きしめ返しながら苦笑する。

「君だって僕のことを先生って呼ぶよ?君こそどうして名前で呼んでくれないんだい?」

 海野君は小さく笑いながら、本当だと言った。

「……冬馬さん。今夜ここに泊めてもらえませんか?」

「……」

「もう遅いですから襲ったりしませんよ?」

 海野君の言葉に僕は小さく吹き出した。

「真夏さん、もう遅いですけど、僕は襲うかもしれませんよ?」

「……」

 二人してクスクス笑い合う。


 あっという間に僕のベッドですやすや眠ってしまった真夏に苦笑しながら、僕は彼女の隣にもぐりこんだ。体温で温まったベッドが心地よい。


 僕たちの未来をアイマイにしたのは、僕の大人としての分別だと思っていたけれど、ただ単に僕が憶病なだけなのかもしれない。魔法がとけた真夏が、僕の元から去る時、最小限の傷で済むようにと……。


 明確なアイマイ、僕は自分の卑怯さ加減にため息をつく。どうして素直に欲しいと言えないんだろう。この腕の中の温もり……これだけが僕の欲しいものなのに。



読んでくださってありがとうございました。

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