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番外編 (3)明日は美味しい(海野真夏・視点)


 さすがに寒くなってきたので、リビングへと引き上げた。今日はもうこのまま寝るしかないのかと、片付けもそこそこにキッチンを後にする。ササガキにしたゴボウは小さなボウルに水を張ってその中に入れておくことにする。でも、これササガキと言っていいんだろうか、私は首を傾げる。少し大きすぎるかもしれない。豚汁に入れるよりも煮物にした方が良さそうだ。


 簡単な後処理をしてリビングへ戻ると、突然パッと灯りが点った。

「あ~」

「やっと復旧したね」

 二人で顔を見合わせて微笑む。

「豚汁作りましょうか?」

「いや、もう今日はいいよ。風呂を沸かしてあげよう。体が冷えちゃっただろう?」

「それなら、私が……」

「いいから」

 雪村先生は、そう言うとリビングを出て行った。


 先月、雪村先生と私は婚約をした。事情を知った私の両親と雪村先生のご両親が、慌てて外国から戻ってきたのだ。実は、私の両親も雪村先生のご両親も外国で暮らしていた。そして、怒涛のように双方の両親同士で話をまとめると、再びそれぞれ外国に戻っていったのだった。その結果が婚約だ。本当は、もうさっさと結婚しろと言われたのだけれど、私がまだ学生だったことを考慮して婚約に止めたのだった。


 だから、私は今では雪村先生の婚約者であって、もう家政婦ではないのだけれど、それで何が違うかと言うと、あまり生活の内容は変わっていない。


 私はそれでちっとも構わなかったし、不満は無いのだけれど……私は時々言いようのない不安に陥るようになっていた。


 お先にどうぞと言ったのに、先生が頑なに固辞するので先に風呂に入った。温かな湯船に身を沈めると、ピリピリするくらいにお湯を痛く感じて、体が冷え切っていたのだと改めて感じる。やがて肌がお湯に馴染んで心地よく芯まで温まってくる。入浴剤の柑橘系の香りが心まで解きほぐす。


 お湯を両手で掬いあげて湯船に落としてみた。それ何度も繰り返す。お湯の表面が波立って、私の心の中みたいだ。


 結婚ではなく婚約にしておこうと言い張ったのは、実は雪村先生だった。二十歳以上の年の差。先生は、私よりも私の両親との方が年が近い。未だに先生は私のことを海野君と呼ぶ。先生はいつも優しいけれど、それが年長者としての義務と考えているんじゃないかとか、本当はこんな話はつまらないんじゃないかとか、ちょっとした出来事の一つ一つが私の不安につながる。


 決定的だったのは、私の母親の言葉だった。


「ねぇ、真夏。あなたが雪村先生のことを好きなのは良く分かったんだけど……大丈夫かしら。ママ不安なんだけど」

「なにが?」

「年が離れすぎているでしょ?世の中には心ない人もいて、色々嫌な目でみたり、言ったりすることもあると思うのよ。あなたはそういうことを考えている?」

「なんて思われるの?」

「財産目当てとか……」


 私は絶句する。確かに雪村先生の家は高級住宅街の一角のかなり広い面積を占めている。財産目当てと思われても仕方がないのかもしれない。

 いたって普通に道を歩いていたら、突然真っ暗な穴の中に落ち込んでしまった……そんな気分だった。


 書斎にいる先生にお風呂をどうぞと伝えて、キッチンへ向かった。

 再びゴボウと向き合う。大きすぎるササガキをまな板の上で更に細かく刻む。サトイモも剥いて下茹でしておく、ニンジンはイチョウ切りに、シイタケも刻んでおく。これだけの労力を割いても、出来上がるのは豚汁ただ一品だ。


 私は途方に暮れる。一体どれだけの労力が必要なのだろう……。


「随分はりきっているんだね」

 突然後ろで先生の声がした。もうお風呂からあがってきたらしい。

「明日の朝は豚汁?」

 先生はにっこり笑った。私もつられて笑う。

「明日は美味しい豚汁定食ですよ」

 先生の笑顔が穴の中に射し込んだ一筋の光に見えた。

私の欲しいものなんて、これだけなのに……



読んでくださってありがとうございました。

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