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過去と未来と過去と

 階段で一気に一階まで降りていく、二階の踊り場で、マルは足を踏み外して転んでしまう。


「くっ……!」


  膝を擦りむき血が出て止まらない。

そんな状態になっても、マルは足を引きずりながらでも目的の場所へと進んでいく。

 一階に着き、地下へと進もうとしたが、目の前は白煙で覆われていた。

メリッサが投げたボールだ。

それに白煙が入っており、マル達を混乱させていた。


「まあ、タネが分かればこっちのモンだ」


あれから何度も通ったこの道。

マルはいつの間にか覚えていたので、煙で前が見えなくなっても、シャッターの前まで辿り着くことができた。

 シャッターは完全に閉められていたが、人が入れる程度の穴が真ん中に空いていた。


「遅かったか………………」


  中では銃声が聞こえる。

ここで引き返して帰るのも手だぞ? 危ない目に遭いたくはないだろう? そんな囁きが聞こえた。


「僕は……………逃げない……………!!」


 マルは穴の中に転がり込み、銃を構えた。

メリッサとアリサがタイムマシンの前でもみ合っていた。

過去のマルはそれを黙ってじーっと見つめている。


「もう、何も出来ない自分じゃないんだ!!」


マルは物陰に隠れ、手の届く周囲にあった染みの付いたシーツで顔を覆う。


「過去の自分に顔を見られるといけないからな……………」


固く縛って、正面から見られても誰か分からないようにした。

物陰から顔を出し、アリサに狙いを付ける。

それはあの時、自身の心に約束した決意表明。


「くそっ………スコープが付いてないから分からない……ええい、ままよ!!」


 マルは、そのまま引き金を引いた。

弾は素直に真っ直ぐには進まず、空気の抵抗を受けて途中で落ちてしまった。

そのためアリサの肩に当たった。

致命傷にはならなかったが、ひるんで持っていたショットガンを手放した。

マルはその隙を付いて飛び出し、倒れているメリッサの腕を引っ張り、物陰まで連れて行く。

コンバットナイフと手榴弾五個が、お腹部分に巻き付けられていた。


「お前は…………誰だ?」


メリッサはマルの手を振り解くことなく、素直に従った。


「説明すると長くなるんだけど、まぁ言ってしまえば、あそこにいるのが過去の僕で今ここにいるのが未来の僕だよ」


物陰から過去の自分を指さし、その指を自分に向けた。言葉の意味が伝わるかと不安だったが、メリッサなら理解してくれると信じていた。


「………お前、タイムマシンを使ったのか。でもどうやって?」


「実は、もう二つタイムマシンがあってね。それでこの時代に来たんだ」


 メリッサは考え込む。

目の前にいる人物が敵か味方か判断しかねているようだ。


「ああ、痛ったい…………撃ったのは誰だ!」


アリサは撃たれた肩を押さえながら立ち上がり、憎しみに溢れた声で叫んだ。


「僕は、お前からフロッピーディスクをもらった! それで真実を知った! 味方だ!だからここから早く逃げないと……」


 フロッピーディスクという単語を耳にした瞬間メリッサは目を見開いた。


「そうか…………分かった! 俺が囮になるからその間に逃げろ!!」


覚悟が決まった表情を浮かべて、メリッサが物陰から飛び出しそうになる。それをマルが止めた。


「それじゃあ、駄目なんだ!!!!メリッサ、君を助ける為に僕は怖い思いもしながら此処に来たんだ。二人で、一緒に無事に生き残るんだよ!!」


 その言葉を聞いてメリッサは数秒、思案して首を縦に振った。


「分かった。囮になるのはやめよう。でも、策はあるのか?」


 メリッサは怒り狂ったアリサを見つめる。


「さっきは外してしまったけど、もう一度狙えば……」


「待て、お前がここに来る前……つまり過去にここで俺とアリサが乱闘していた時、アリサは死んだのか?」


メリッサは神妙な面持ちで聞いてくる。


「いや、死んでないけど……死んだのはメリッサの方で、その時フロッピーディスクを貰ったんだ」


「…………なるほど。まずいな、未来が書き換わりつつある」


「どういうこと?」


自分が、何かとんでもないことをしてしまったのではないかと不安になるマル。


「俺はこの場所で死んで、ディスクを渡すのが俺の運命だった。でも、今俺は生きていて、ディスクを過去のお前に渡せていない。渡さなければ、今後の未来が分岐し、歪なモノになっていくだろう」


「そんな……そんなことって……」


自分のやったことは全て無駄だったのか、と肩を落とし落ち込むマル。


「だけど、方法はあると思う。過去のお前に強烈なインパクトの残るようなやり方でディスクを渡す。あ、アリサは殺しちゃ駄目だ。未来が変わってしまう。無事に二〇二八〇年に戻ったところで俺が奴を撃つ」


  希望の灯が点いた。 

大丈夫、きっとやれる。

自分にそう言い聞かせる。


「そこかぁ!!」


アリサに見つかった。

こちらに向けて、問答無用に撃ってくる。


「ディスクは、俺が過去のお前に渡す! 記憶に残る方法でな! お前は逃げ回りながらタイムマシンを起動させろ!」


メリッサの意図が分かり、マルは頷く。

二人は弾に当たらないように散り散りになる。

メリッサから奪ったショットガンを、マルに向けて撃ってくるアリサ。

マルは間一髪で避けることができた。


「あっぶな……当たったら一溜まりもないな」


「待て! お前は何者だ!?」


アリサが撃ちながら叫ぶ。

マルはそれには答えない。ここで声を出してしまったら、正体がバレる恐れがあるからだ。

アリサの焦った表情を見て、マルはしてやったりという気分になった。


「タイムマシンの起動って、簡単に言ってくれるよな……」

 ぼやきながら、マルはタイムマシンまで走る。

またもやアリサが撃ってきたが、何とか無傷でタイムマシンまで滑り込むことに成功した。

タイムマシンに背を向けているので、今アリサは撃ってこないが、一瞬でもアリサの視界に入れば、たちまち蜂の巣にされてしまう。


「どうしたもんかね……」


一人で唸っていると、過去のマルがアリサの元へと走っていく。


「アリサ! 早くこのタイムマシンに乗って行こうよ!」


メリッサが過去の自分に何かを伝えたのだろうか、切羽詰まった様子だった。


「この鼠を始末してからね」


「そんなことしなくていいから、早くマサノブを!!」


「そんなに焦らなくても、時間ならいくらでもあるんだから」


アリサは、タイムマシンに向けてショットガンを構えたままで応える。

今か今かと出て来るのをじっと待っている。


「でも、あのメリッサって人が爆弾を仕掛けたって……」


過去のマルの額には汗が流れ出ている。

演技ではないようだ。


「メリッサが言っていた記憶に残る方法って、このことなのか?」


 訝しげに呟くマル。


「……それって本当?」


 アリサは眉間に皺を寄せる。


「うん、本当だと思う。だから、ここで、僕達が死んだらマサノブにも会いにいけないんだよ!」


アリサは黙ったまま、そこから動かない。


「……分かったわ。急いでタイムマシンに乗り込みましょう」


「うん!」


メリッサがシャッターの近くで、こっちに来いというジェスチャーをしている。

マルは今いる場所から全速力で走ってシャッターの前まで来た。アリサはマル達を見たが、撃とうとはしてこなかった。


「また、ここに戻ってくる。その時にはアンタを殺してやる」


 アリサは、憎々しげに叫んだ。


「それは、こちらとて同じだ」


 マル達はシャッターをくぐり、地上へと出た。


「危機一髪だったな」


「だったな。じゃない!! 爆弾を仕掛けたとか聞いてないんだけど!」


  マルは息を整えながらいった。


「ああ、あれな。あれは噓だ。過去のお前には悪いが、ああいった方がアリサも追っ払えるだろう?」


「じゃあ、記憶の残る方法ってそれ?」


「いや、違う。まあ、それはいいじゃないか」


 メリッサは、わざと話をはぐらかした。


「で、もう一つのタイムマシンは何処にある?」


話題を変えて、マルに問うメリッサ。


「それは、ここのビルの六階にある。そこに行く前に、はぐらかさずに教えてよ」


「………………分かった。でも、それは今じゃない。時が来たら必ず言う」


 メリッサは渋い顔をしながら呟いた。


「絶対だぞ! それを、信じるからな」


「ああ、約束だ」


 メリッサは力強く言った。



「これがタイムマシン……なんか思っていたのとは違うな」


  メリッサは、マサノブが作ったタイムマシンをまじまじと見る。


「マサノブ曰く、急ごしらえだから、往復分の燃料しか入っていないって書かれていたよ」


「なるほど……だから。こんな不格好なんだな」


  メリッサは、首を縦に振り得心していた。


「燃料は、あと一回分だけ残っている」


「お前は、どうしたいんだ?」


 メリッサは、真剣な瞳で問うてくる。


「どうしたいって……元の時代に帰るしかないじゃないか」


マルは、諦観の眼差しでタイムマシンを見つめていた。


「だけど、本当はマサノブを助けたい……だろ?」


「なんでそれを……!?」


マルは驚愕した。

メリッサはどこまで知っているのだろうか?

どこまでも謎の多い男だ。

心から信用出来る奴なのか、マルは疑問に感じていた。


「それはおいおい話すとして……で、どうなんだ?助けたくないのか?」


「そりゃ……出来ることなら助けたい、けど。でも燃料はあと一回分しかないんだ! 元の時代に戻ってマサノブのことを忘れない。それしか僕に出来ることはないんだよ!!」


「本当にそうかな?」


メリッサは、ニヒルに笑った。


「どういう、意味?」


「意味も何も、二〇〇三に行って、マサノブを助ければいいんだ。一回分の燃料しかなかったとしても、マサノブがこのタイムマシンを作ったんだろ? なら、この急ごしらえのタイムマシンを完成形にしてもらって、マサノブも助ければ、それで全部丸く収まるだろ?」


  二〇〇三年にマサノブが飛んだことは話していない。こいつは怪しい、何かを隠していると、そう感じたマルは、思わず後退る。


「メリッサ……お前はどこまで知っている? どうしてそこまで知っている?」


 マルはスプレッサー付きの銃を手に持ち、構える。


「待て、待て、落ち着け。確かにお前からすると、いろいろと知りすぎていて気味が悪いだろう。何故、それを知っているのかというと、教えてもらったんだよ」


 メリッサは、滔々と語り出す。


「あの日二〇八〇年。タイムマシンセレモニーが行われた日。俺は、なんとしてでもアリサが二〇一〇年に飛ぶのを阻止しようとした。それこそ刺し違える覚悟で。そんな時、白いフードを被った、自称歴史を変えるモノって言っていた奴、そいつが教えてくれたんだ。タイムマシンを故障させる方法。電撃パネルの青いコードと白いコードを切れば操縦席が激しく揺れる。発射した後に切れば、座っているアリサは次元の狭間に飛ばされて、君は無事に二〇一〇年に飛ぶだろうってな。そこで、とある人物と出会うことになるだろう。その時は協力を惜しまずに助けてやって欲しい。マサノブを助けることが全人類を救うことになるのだから……と。最初は俺も半信半疑だったが、立て続けに言われたことが現実になると信じたくもなる。それに俺自身マサノブを助けたいしな……」


 メリッサは、昔を懐かしむような瞳をしていた。


「じゃあ、マサノブが二〇〇三に飛ばされたのも、その歴史を変えるモノ? に教えてもらったのか?」


「ああ、そうだ」


間髪入れずにメリッサは、答えた。


「何者なんだ、そいつ。なんでそこまで知っている?」


「さあ、それは分からないけれど、ここまでアドバイスをくれるんだ。敵じゃないことは確かさ」


「でも……」


マルは、答えを出せずにいた。


「ああ、もう悩んでいたって仕方がないだろ!! お前は二〇〇三年に行ってマサノブを救う。俺は、二〇八〇年に行って、アリサを止める。これで分かりやすくなっただろ?」


メリッサは腕を組み、満足そうな笑みを浮かべた。

マルは、そんなメリッサを見て数秒ボーッとしていた。


「なんだ、ボーッとして」


「ああ、いや。ずっとメリッサのことは敵だと思っていたから、こんな姿のメリッサは新鮮だなと思って」


マルがそういうとメリッサは口を尖らせた。


「俺が、アンドロイドみたいな言い草だな……………」


「そうじゃなくて! ……いや、そうなのかもしれない。僕はメリッサを機械のような冷たい奴だと思い込みたかったんだ。でもそうじゃなかった。アリサだってそうだ。僕は、人の本質を知ることができなかったんだ」


マルは、奥歯をギリッと嚙みしめた。


「そう気負うなよ。悲観し過ぎると人生は、本当につまらなくなるぞ」


メリッサはマルの肩を勢いよく叩いた。


「いっ…………ありがとう」


振動が胸に響くぐらいの強さはあったが、痛みよりも、暖かかさの方が勝った。

自分を心配してくれる人の為にも、ここで自分に負けちゃいけない。立ち向かわなければ。

そう決意した。


「さ、そろそろ行こう」


メリッサは、大型のファンヒーターに近付く。


「操作は僕がやる。メリッサはランドセルを背負って待機していて」


「ランドセル背負うのなんて何年ぶりだ……?」


 メリッサは指を折りながら呟く。

タイムスリップを何度も体験したマルは、慣れた手つきで操作していく。


「ふぅーん。慣れたもんだな」


「慣れたくなくても身体に染み付いてしまうんだよ。火薬の匂い、煙を鼻で吸った時の息苦しさ、とかね」


「………………すまなかった」


 メリッサは深く頭を下げた。


「ああ! 違う! ごめん。今のは僕の言い方が悪かった」


 マルも頭を下げる。


「二人して、頭下げるっていうのも妙な感じだ」


「ふふ、確かに」


「あ、今初めて笑ったなお前」


「えっ」


マルは自身の頬に手を当てる。

そういえば、久しく笑っていなかった気がする。

緊迫した状態が続いていたから、糸がずっと伸びたままだったのだろう。

  メリッサ、こいつはもしかしたら良い人なのかもしれない。また裏切られるのは怖い、でも少しだけ信じてみよう、メリッサはそんな気持ちにさせてくれる人物だと感じていた。

マルはもう一度、自分の頬を触った。



タイムマシンの起動準備も終わり、あとはいよいよ目的の場所に行くだけだった。

マルは二〇〇三年に、メリッサは二〇八〇年に。


「ここで、お別れだな」


メリッサは時計を確認しながらいった。


「まあ、そういうことになる……って、約束は?」


「へ?」


「へ? じゃないよ。記憶に残る方法を教えてくれるんじゃなかったの? ここで金輪際お別れだったら聞けないじゃないか!」


これ以上、心に蟠りがあったまま過去に飛ぶのは嫌だ。

過去や未来に行くのには精神に多大な負荷が掛かる。タイムマシン自体に問題はないのかもしれないけれど、自分は人間だ。

 機械みたいに割り切ることなんて到底出来ない。

 だからこそマルは、この場でやり残したこと後悔だけはしないように努めてきた。

自分の心を守るために他者を助ける。

 これ以上にないぐらいエゴイスティックな人間だなと、マルは自分に悪酔いしていた。


「ああ、あれね。うーん、ごめん。まだそれは言えない。でもヒント与えられる。メリッサという名前はコードネームで、俺の本当の名前は真下悠(ましたゆう)()っていうんだ」


「真下悠城…………」


 マルはメリッサの真の名前を反芻した。

背中に鋭い痛みと衝撃が走った。

来たとマルは直感じた。

目と口を閉じ、Gの圧力に耐えるマル。


「なんだ、これ……………うっ……喋ると嗚咽がこみ上げてくる……こんな不完全なものを……うっぷ」


  メリッサは悪態を付きながら、耐えていた。

数秒もするとメリッサの声も消えていた。

目を開けると広がっていたのは、すすき野原だった。


「ここは……二〇〇三年……………?」


マルは辺りを一瞥した。

よく見れば、二〇六〇年には潰れて見る影もなかった駄菓子屋さんがあった。


「駄菓子屋さんは確か、ビルの近くにあった……………ってことは、まだビルは建てられていないってことなのか」


  マルは一人で納得した。


「マサノブをどうやって探すかな……………」


青空を見上げると、大きすぎる入道雲がマルのことを見つめていた。

目を凝らすと、ゆっくりと大気中を流れていく。

流れに逆らうことなく何も言わない、だけどそこにいる。どの時代だって入道雲はマルのことを見ていた。


「気付いていなかっただけで、ずっとそこにいたのか……………」


すすき野原が夕映えに照らされて、黄金色に輝く。


「もう秋か……………………いや、えっ?」


マルは慌てて設定した時刻を確認する。

二〇〇三年 十一月五日。


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