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時刻は、一九時ジャスト。

目的の時刻まであと二十分。

スー、ハー、と息を整えるマル。

 窓からライフルのスコープで、標的が現れるバーを覗き込む。

手の震えが止まらない。

 本当に自分はやるのか? やってしまっていいのか?

さっきからそのことばかり考えて頭がズキズキと痛む。

でも、やるしかないのだ。

それしか道がないのだから。

一九時十分。バーではマスターだと思われる店員がグラスを拭いていた。

 客はそれなりに増えてきているが、時村真崎と思われる人物はまだこない。


「そもそも、時村真崎の顔知らないんだけど…………不安になってきた」


昼間にパソコンで、時村真崎という人物を調べておけばよかったと後悔した。


「まあ、二十分に来る怪しげな奴がそうだろう」


そう強がって言葉にしてみても、やはり不安だった。

スコープから目を離して、上を向き目頭を押さえるマル。

 しばらくその体勢のまま瞑目した。

これから、人を殺す。

覚悟は出来ていたはずなのに未だに躊躇っている。どれだけ人類の為と自分を正当化しても、その行為自体は変わらない。

 引き金を引き、この手を血で汚す。

考えただけで胃がキリキリして、嘔吐しそうになる。


「それでも、やらなくちゃ。マサノブをあんなにしたのはアリサだが、どれもこれもユートピア計画があったから、悲しむ人がたくさんいた。僕は、それを止めるためにここにいる。だから迷っちゃいけないんだ」


マルは目を開いて、スコープに当てる。

 時刻は一九時十七

「あと三分か………………」


  手汗は止まらなくなり、グリップ部分は濡れていたが、マルはしっかりと握った。

引き金に手を置き、時間が来るのを待つ。

 秒針が進む音だけが聞こえる。

水の中のようにクリアで他には何も聞こえない。

 今は、今だけは罪悪感を取り払って、自分は出来るのだという暗示を、リトマス紙のように自身に沁み込ませる。


 時刻は、一九時二十分。

バーに無精ひげを生やしたスーツ姿の男が来店した。男は、マスターに何かを言い、マスターはニッコリと笑顔を浮かべて、窓側の席へ案内した。

席に座った男の背中しか見えないので、その表情を伺うことができないが、ライフルで撃つのなら、むしろこちらの方が好都合だ。

 ここからだと十分狙える距離だ。気付かれることがなければ外すことはない。


「アイツが、時村真崎なのか……………?」


人違いではあってはならないので、マルは注意深く観察する。

男が座っている席に女が現れた。

恋人か妻なのかは分からないが、会った瞬間、頬にキスする間柄で仲睦まじい関係なのは疑いようがない。

 男はビジネスバッグから封筒を取り出した。

マルがその封筒を注視して見ると、そこには「ユートピア」の文字が印字されていた。


「間違いない……………コイツは時村真崎だ」


マルは男の背中に狙いを付ける。

息を殺し、引き金を引いた。

 弾丸は一直線に進んでいき、男の身体を貫通した。

同席していた女は悲鳴を上げ、バーは騒然となった。

マルはライフルを置き、隠れるようにして壁にもたれた。


「終わった……………これで……………終わったんだ……」


引き金を引いた手の震えは止まらない。

男が倒れて血が噴き出した場面が頭から離れない。

その姿が、マサノブが撃たれた時の記憶と重なった。

マルは目を閉じ、記憶を閉じ込め、何も考えないようにした。



  マルはいつの間にか眠っていた。

時刻を確認すると深夜の三時二十二分だった。


「いつの間にか眠っていたのか、僕は……………」


マルは気だるい身体を起こし、頭だけを窓から出した。バーの店内は暗くなっており、営業時間はとっくに終わっているということが汲み取れる。

 暗くて見えづらかったが、目を凝らすと窓が割れていた。


「………やっぱり、僕がやったんだな。夢でも幻でもなく現実か………」


 マルは憂いの表情で割れた窓を見つめていた。もう一度座ろうとした瞬間、肩の違和感に気が付いた。


「いった…………!?」


アドレナリンが出ていて、気付いていなかったが、ライフルを撃った衝撃でマルの右肩は脱臼していた。


「素人が扱う代物じゃないな、これ。マサノブはどうやって調達してきたんだろう?」


 右肩を押さえるマル。静寂が痛みを隠す。


「やるべきことは全部終わった。後は帰るだけ……………いや、ビデオカメラをアリサの家の靴箱に入れておかないと……その前に少しだけ寝よ……う」


 マルは夢の中の世界へと落ちていった。


  蝉の五月蠅い鳴き声が耳をつんざく。

否応なしに起きたマル。


「窓、しっかりと閉めておくんだったな」


ぼやきながら窓を閉める。

乾いた喉を潤す飲み物はないかと冷蔵庫を開けてみる。

中には二リットルのペットボトルの水が五本と弁当三個、エナジードリンク七缶が入っていた。


「チョイスが独特だけど、助かる!」


マルはコップに注がずに、直で二リットルの水を飲んだ。

ゴク、ゴクと喉仏が上下に揺れる。


「ぷはーー、最高だ!!」


  風呂上りに飲む水と、ラーメン屋で出てくる水と同じぐらい格別の美味さだった。


「喉も潤ったし、行くか。アリサの家に」


右肩はまだ痛むが、そんなことをいっている場合ではない。

急がないと過去の自分が気付く前に未来に行ってしまう。

 今日の日付は、七月二十三日。


過去の自分の動きは昼ぐらいにアリサの家に戻るはずだから、それまでにアリサの家に入って、ビデオカメラを入れておけば間に合うだろう。

マルは急ぎ足でアリサの家へと向かう。

 スプレッサー付きの銃を懐に入れて、階段を降りて行く。

初めてこの時代に来た時は迷ってしまったが、今日はものの数分で辿り着いた。

 玄関のドアをゆっくりと開けた。

家の中に人の気配はなかった。

マルは人がいないことを何度も確認してから、靴箱にビデオカメラを入れた。


「っと少し、あいだを開けて…っと」


扉を少しだけ開けた。

マルは音を立てないようにして外に出た。


「ふっーー、心臓が止まるかと思ったぁ……………」


あとは、このままタイムマシンで自分が元居た場所に戻るだけだが、マルは躊躇していた。

このまま戻ってもマサノブは二〇六〇年にはいない。


「このまま帰ったって……」


でも、自分は非力な存在なのだ。

マサノブを助けることすらできなかった自分に今更、いったい何ができるのだろう。


「結局、僕は何の役にも立たない……………」


悔しそうに奥歯を嚙みしめるマル。

そのまま、タイムマシンのある部屋へと歩を進めた。





タイムマシンのある部屋に着いたマル。冷蔵庫からエナジードリンクを取り、喉に入れる。


気分を切り替えるためにエナジードリンクを飲んでみたマルだが、全然気分は休まらない。


「でも、僕はこれ以上なにもできない。仕方がないじゃないか……………ここで帰っても誰も文句なんて言わないよ。だから……………」


自分自身に言い聞かせながら、マルはエナジードリンクを飲み干し、缶をゴミ箱に投げ捨てる。

ランドセルを背負い、タイムマシン起動シークエンスに入るマル。

 最後に時刻を設定するところで、指が止まった。


「これでいいのか? 本当にこれでいいのか!?」


 まだ、この時代でやり残したことがあるんじゃないかと、心残りは本当になかったのかと自分自身に問うた。


「ない! ない! ない! 心残りなんてない! 僕は救えなかったんだ…………マサノブを救えなかったんだ……………」


  救えなかった。

取りこぼしてしまった命。

マルの心は疲弊し、限界を迎えていた。


「もう疲れたんだ……」


マルは考えるのを止め、時間をセットして二〇六〇年に戻ろうとする。

 救えなかった命。

 取りこぼした命。

 自分は、もう誰も救えない。

 諦観の眼差しで時計を見つめるマル。

目線を机の方に向けると、フロッピーディスクが瞳に移る。


「メリッサ……………」


そこでマルは、フロッピーディスクを託してくれたメリッサのことを思い出した。

夕刻、この時間だとメリッサと過去の自分が出会っている頃だろう。

 今行っても、きっと間に合わない。

マルの心は閉じかかっていた。


「今から行っても間に合わない…………きっと無駄だ。僕が行ったところで……………」


 自分には関係ない。

メリッサは、自分が行っても行かなくても死ぬ。

運命によって殺される。

だから、無駄だと諦めるのか? とマサノブに問われた気がした。

振り返るマル。当然マサノブはいない。


「幻聴か? でもマサノブなら、こういう状況でも、きっと諦めないのだろう」


 マルは逡巡した。

絡まった思考の糸が解かれ始めた。


「ああ、もう考えるのはやめだ! 救いたいから救う! ただ、それだけだ」


雁字搦めになっていた思考を、ようやく紐解いたマル。今までなら、マサノブならどうするかと、マサノブのやり方を模範していたが、自分はマサノブではない。


「僕は………僕だ!」


マルはランドセルを下ろし、スプレッサー付きの拳銃を持つ。そして地下へと走っていく。


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