タイムマシン起動
ホッチキス止めにされた A4 用紙二枚に書かれた文字を、ゆっくりと読んでいくマル。
【タイムマシン起動方法。大型のファンヒーター二基を起動する。ランドセルの内ポケットに入っているリモコンを取り出す。真ん中のボタンを押す。すると、ランドセルがゴーーッと音を立てはじめるので、音が大きくなる前にファンヒーターのダイヤルを二と三にセットする。ランドセルを背負い、ファンヒーターの前に立つ。ランドセルの肩ひもに時計が組み込まれているので、二〇一〇年七月二十二日九時二十二分とセットする。(俺が予めセットしているが、日付と時間が合っているかを確認してほしい)その後、音が大きくなるまで背負い続ける。(ここまでは実験できた内容。ここから先はシュミレーションで予測された未来であり、確定された内容ではないことを記しておく)背中に電流が走るが、これを我慢しつつ踏ん張って立ち続ける。二〇秒後、ファンヒーターが一気に燃えて、一瞬のうちに消える。この手順の後、二〇一〇年に飛んでいるはずだ】
一通り読み終えると、マルは目頭を押さえ、溜息を吐く。
「こりゃ、大掛かりだなぁ……………」
夜一は、覗き込みながら呟く。
「でも、僕達がやらなくちゃ」
「ああ、そうだな」
マル達はタイムマシンの起動準備に取りかかる。マルはファンヒーター二基を起動させ、夜一はリモコンのボタンを押した。
二人で分担して作業を進めてゆく。
二人はランドセルを背負い、ファンヒーターのダイヤルをセットする。
重くて肩が折れてしまいそうなのを必死で我慢するマル。
ランドセルの肩ひもに組みもまれている時計の時刻に、間違いがないかを確認する二人。
「よし、合ってるな」
マルと夜一は顔を見合わせる。
「あとは、このまま突っ立っていればいいのか」
マルが、そう言った瞬間。身体に電流が走った。
「うっ…………がっ……………」
意識が飛びそうになる寸前だったが、何とかマルは耐えることができた。あらかじめ来ると知っていなかったら、自分は絶対に気絶していただろうという、謎の自信がマルにはあった。
ボッとファンヒーターが一気に燃えて、そして消えた。ランドセルが激しく揺れ、辺りが閃光に包まれる。
二人は目をギュッと瞑った。
車のエンジン音、犬の鳴き声。生活感溢れる音が耳の中に入ってくる。
二人が目を開けたそこは、廃ビルではなく綺麗に整頓された部屋だった。
「ここが、二〇一〇年……………?」
夜一は、部屋の窓から外の景色を覗き込んだ。
「ああ、多分着いたんだと思う」
マルはランドセルを下ろし背伸びをした。
「七十年前は、ここも廃ビルじゃなくて人も住んでいたんだ」
そしてこの地下で、タイムマシンの攻防戦が繰り広げられたのだ。
「でも、ここに住人はいないんだな。こんなに綺麗に整頓されているのに」
言われてみれば不思議だった。
前にここに来た時も人がいなかった。仕事で忙しい人物なのだろか?
「いやぁ、どうだろう。留守とかなんじゃない?」
自分でそう言いつつも腑に落ちないマル。
七十年間誰も住んでいない部屋なんてありえるのか?
「すいませーん。失礼しまーす」
玄関から誰かの呼ぶ声が聞こえる。マルは声のする方へと向かう。
ドアを開けると、目の前に配達員が手紙を持って立っていた。
「あ、すいません。ここにサインか印鑑をお願いします」
「あ、じゃあサインで」
「いやー、まさか本当に現れるなんて思いもしなかったですよ」
マルは書きながら聞く。
「…………? 何が、です?」
「いや、この手紙をこの場所、この日時で渡してくれって条件付きで七年間保管していたんですよ。あ、サインありがとうございました! では」
配達員は頭を下げて出て行った。
マルは受け取った手紙を開いた。
【俺の計算が正しければ、マル、君が二〇一〇年に飛んだのと同時にこの手紙を読んでいるはずだ。対象の時村真崎は今日の一九時二十分にそこの窓から見えるバーに現れる。そこを狙い撃てば未来は変わっているはずだ。検討を祈っている。ちなみに、今マルがいる部屋は俺が買い取ったから好き勝手に使っていいぞ。あともうひとつ大事なことを言っておく。過去の自分には絶対に会うな。過去の出来事に干渉するな。未来に悪影響を及ぼす可能性が非常に高い。じゃあ、あとは頼む】
マルは手紙を折り畳んでポケットの中に入れた。
「ここで時間が来るまで待っていればいいのか………………」
マルはライフルを持ち、窓の外の景色を見た。
「じゃあ、ここが二〇一〇年ってことで間違いないみたいだな。マルとはここでお別れだな」
「ああ、そうなるな……………」
「そんな悲しい顔するなって、もしかしたらまた会えるかもしれないだろ? そんな奇跡を祈っておこうぜ」
夜一は、拳を高く掲げた。もう二度と会えないはずなのに、なんだか本当にまた会える、そんな気がした。
「うん………そんな奇跡を祈って」
マルも夜一と同じように、拳を高く掲げた。
「短い間だったけど、楽しかったよ。じゃあなマル」
「うん、じゃあ」
夜一はドアを開けて、ゆっくりと出て行った。急に話しかけてきたかと思ったら、『穴』を通ってやって来たと言ったりして、不思議な奴だったけれど悪い奴じゃなかった。
アイツとは不思議な「縁」を感じた。言葉では表せないが、感覚的にまた会える……。
そんな「縁」を。
「ここで数時間待って、時村真崎を殺すのか」
人を殺める。
想像しただけで気が重い。
本当はこんなことしたくない。
家で VR を見てぬくぬく過ごしていたかった。だけどもう、戻れない。
多分、マサノブと出会った時からこうなる運命だったのかもしれないと、マルは自身の掌を見つめながら、そう考えていた。
「ここで、ずっと待っているのもあれだし、少しだけ外に出てみるか」
過去の自分に会ってはいないと言われていたけれど、この時間帯の自分はまだ眠っているはずだ。
ならば心配することはない。ライフルとスプレッサー付きの銃を置き、外に出るマル。
アスファルトから照り返る暑さと、生ぬるい風がマルの身体を包んだ。
「あっついなぁ……………」
手で傘を作り天を仰ぐ。
行く当てもなく、ぶらぶらと歩いていく。
いつの間にか商店街に着いていた。
賑やかさはなかったが、昭和感溢れるレトロな商店街だった。
美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
マルがその匂いを辿っていくと、たこ焼き屋さんがあった。
お爺さん一人でたこ焼きを焼いていた。
中に食べるスペースはなく、お持ち帰り専用のようだった。
外装を見ると、どうやら一軒家を改造して作ったお店みたいだ。
そのお店をボ ―ッと眺めていると、タンクトップにホットパンツとラフな格好の女性がたこ焼きを買いに来た。
「アリサッ……………!」
マルは見つからないように電柱に隠れた。
アリサはこちらには気付かずに、たこ焼きを買って急ぎ足で何処かへ向かって行く。
「どこに、行くんだ?」
マルは、アリサの後を追う。
バレないよう間隔を開けながら尾行する。
アリサが着いた場所はゴミが溢れるゴミ捨て場だった。
アリサの手には VR がいつの間にか握られていた。
そして、隠し持っていた銃で VR を撃って粉々にした。
部品をポケットに入れて、アリサはその場を後にした。
マルは、アリサが去っていったことを何度も確認して、 VR が破壊された場所へと向かった。
「これは…………………………」
粉々になった VR の部品をかき集めてコード番号を確認する。301089。
この VR はマルのものだった。
「これは、僕のじゃないか!!」
アリサがマルの VR を破壊したとは聞いていたが、破壊した場所までは知らなかった。
「ここまで壊れちゃ、修復不可能か………………」
諦めてビルに戻ろうとしたマルだったが、細長く黒い長方形の物体、ビデオカメラがそこに置かれていることに気付いた。
「僕が持っているのと同じ機種だ。こんな偶然あるんだな」
マルは、自身の持っていたビデオカメラと落ちていたビデオカメラを見比べる。
形だけじゃなく傷までもが、まるっきり同じだった。
「いや、違う! これは、同じモノだ! なんで、こんなところに? 本来ならアリサの家の靴箱にあるはずなのに!!」
あの時の光景を思い出す。
靴箱でビデオカメラを見つけたことは確かだった。
「そういえば、靴箱少しだけ空いていたような…………………」
そもそも、アリサはマルにビデオカメラを返すつもりはなかったのだろう。
なのにわざわざ、靴箱に入れておくのは、かえって不自然だ。
「誰かが靴箱に入れたってことか? でも誰が……」
可能性があるとすればメリッサだが、奴の行動は分からない。
「タイムマシンが何回でも飛べたら、メリッサの行動とか、ここにビデオカメラがある理由…………まあ、アリサが前に捨てたんだろうけど、それが分かるのにな」
はぁと、溜息を吐きそうになるのをぐっと堪える。
愚痴を言っても仕方がない。
自分の肩には人類の命が乗っているのだから、と思考を切り換えたマル。
「多分、このビデオカメラは、自分自身でアリサの靴箱に入れるほうが正解なんだと思う」
今、手に持っているビデオカメラがいつか何かの役に立つかもしれない。
その為にも、過去の自分に持っていてもらわなければならない。
マルはそう判断し、時村真崎を殺害後、アリサの家に向かい、靴箱の中にこのビデオカメラを入れることを決意したのだった。
「アリサと、鉢合わせしなければいいけれど……」
マルは重たくなった足を、ビルの方へ向けて歩き出す。
「マサノブの言う通り、外に出なければ良かったかなぁ」
日が沈み、オレンジ色の夕陽がマルの背中を照らす。マルは振り返ることなく、真っ直ぐに歩いていく。
自分を信じている者に報いる為に。