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真実



「うう、ここは…………………」


目を覚ましたそこにアリサの顔があった。すぐには状況が飲み込めなかったが、マルはアリサの膝を枕にして気を失っていたみたいだ。

アリサの髪が顔に触れる。フローラルの良い香りが鼻孔をくすぐる。


「ああ、目が覚めた? 意外と早かったね。やっぱりGに耐性がついてるのか……………」


 アリサは、何かをぼそりと呟いた。


「僕は、何時間気を失っていたの?」


彼女の海のように青い瞳を覗きながらマルは訊ねた。


「ん? ああ、たった三〇分だけだよ。私はマルより5分早く目が覚めたの。だからほぼ一緒よ」


「着いたの?」


「ええ」


マルは頭を押さえつつ立ち上がった。ビル群が煌びやかなネオンを放っている。

マルが居た二〇六〇年とは、それほど違いがないように思えた。


「ここがホントに二〇八〇年なの? 僕がいた二〇六〇年とさして違いはないように思えるんだけど……………」


「この時代は、マルのいた時代より VR が発達してユートピアが世界を牛耳っている」


 アリサは、ネオンを眺めながら呟いた。


「…………初めて来る時代なのに、詳しいね?」


  マルの言葉を聞くとアリサははぁーーっと、深く息を吐いた。


「アンタまだ、気付かないの? おめでたい奴だね」


いつもの優しい声音から、ガサツなガラガラとしたねちっこい喋り方に変わった。

そういうと、アリサはポケットから拳銃を取り出し、マルに向けた。


「な、なにを…………」


「ここまで連れて来てくれたことには感謝してるよ。『岩』が無かったから、タイムマシンを起動出来なかったからさ。でもまあ、あれだね、二台同時に動かさなければ起動出来ないっていうのがめんどくさかった。アンタを殺させないように作ったマサノブの保険なんだろうけど、それが無ければ、いつでもアンタを殺してたってのにさ」


 アリサは、犯行を自供する犯人の如く、すらすらと語ってゆく。

マルは、その言葉を聞きながら呆然としていた。


「僕を殺していた……………? なんで……………」


 唯一出た言葉が、それだった。


「なんでって、邪魔だからに決まってるじゃん。私の計画に貴方達二人がいたら障害になる。特にマサノブはね」


「まさか……………」


「多分、想像している通り。マサノブは私が殺した」


「殺した」の部分をアリサは、はっきりと聞こえるように強く言った。


「そんな、噓だ。そんな……………」


 マルは膝から崩れ落ちた。

目の前の信頼しかけていた人物にマサノブは殺された。

 理不尽だ、アリサ目掛けてタックルをかまして二、三発殴りたかったけれど、今は怒りよりも悲しみが勝って、何もする気が起きなかった。 

 それにマルは自分自身、そこまで強い人間ではないと分かっているから、意識的に自分の境界線を作ってしまっているので、怒るということが出来なかった。


「本来なら二〇一〇年に行く予定だったけど、タイムマシンが誤作動を起こして二〇〇三年に飛ばされたの。そこでマサノブと出会った。あんなボロっちいマシンじゃないわよ、私が自ら作った二〇八〇年製のタイムマシンよ」


ドラム缶洗濯機型をしげしげと見つめながら続ける。 


「そこで、なんやかんやあって意気投合したけど、マサノブの口から『真実』が語られた。それを知った人間は殺さないとダメなの」


「なんで?! どうして! アリサはマサノブのこと好きだったんじゃないの! マサノブのこと話す時の仕草や言葉全て、恋をしているようだった! それも噓だったの!」


マルは顔を上げて、がむしゃらに言葉を投げつけた。アリサがマサノブのことを話す時の、仕草や様相が全部噓だったとは思いたくない。あれを演技でできるのだとしたら、それはもう人間ではない。


「うーん、どうだったのかな。私にとって計画が全てだからそれを邪魔する者がいるなら私は誰であろうと殺す。マサノブも例外じゃなかったけど、案外嫌いじゃなかったのかもね」


「だったら!!」


「でも。それとこれは別。マサノブは『真実』を知ったの。『岩』も『穴』の情報も、今後私達を脅かす存在になるかもしれない。でも、完全なタイムマシンを持っているのは私。過去、未来は私の好きに変えられる。けど『真実』を知ってしまったという事実は変わらない。だから殺した。私がこの手で」


黒光りする拳銃を左手で撫でるアリサ。

まるで、私を憎めと言っているようにも聞こえた。


「なんで、そこまで語ってくれるの?」


「今から死ぬのに、何も知らないままじゃあ、可哀そうでしょ? そういうのってフェアじゃないって思うの、私。好奇心は猫を殺すっていうけど、猫を殺すほどの好奇心があるなら、全てを知りたいじゃない?」


猫を殺す好奇心。

確かに興味はあったが、マルはそんなものは知らなくてもいい。だから生きていたいと思った。


「僕は死にたくない」


「そう。まあ、勝手に言うから聞いていて。一応約束はしたしね、向こうに着いたら話すって。私、約束は破らないわよ、基本的には。……っていうか、モヤモヤするのよね、言いたいこと言えないと」


アリサは、額に右人差し指を置き何かを思い出そうとしている。


「ええっと………ああ、メリッサと私の関係ね。彼は私の部下よ。といっても『元』だけどね」


「元部下? じゃあなんであの時僕達を殺そうとしたの?」


突き付けられた拳銃を睨みつけ、マルは問うた。


「アイツは、離反したの。私達のやり方に賛同出来ないからって一人でね。馬鹿な奴よ」


アリサは吐き捨てるように言った。あの男の言葉を思い返し、ポシェット越しからフロッピーディスクを触った。


「それは、計画と関係あったりするの?」


「それは言えない」


アリサは被せ気味に言った。

 よほど知られたくない計画なのだろう。


「全部、話してくれるんじゃなかったの?」


「約束したことだけよ」


夜風がアリサの白衣を揺らす。


「ああ、でも VR のことは話すわ。アンタが言っていたようにアンタが持っている VR はマサノブの物よ。マサノブを殺した時にマサノブから拝借した物」


「ゴミ箱に入っていたのは?」


「それは、路地裏で倒れているアンタを見つけた時にマサノブの VR と交換したの。マサノブの VR の中に入っているデータは消したからバレないと思っていたけど、まさかコードでバレることになるとはね。とんだ失態ね」


アリサは肩をすくめ、やれやれといった感じで言った。


「なんで、データを全部が全部消したの? もし僕が中身を見たら疑問に思うって思わなかったの? それになんで僕の VR とマサノブの VR を交換したの?」


そう、データを全部消してマルが VR を起動すればすぐに分かる。

 そこのリスクを考えなかったのか、マルは疑問に思った。

 ここまでの話を聞いて、鑑みてもアリサは計算高い女だ。そこだけ抜けているっていうのは何かがあるような気がしてならない。


「いや、アンタは絶対に中身を見ないよ。私の前ではアンタは絶対に VR を確認しようとしないはず。仮に見られたとしても、アンタを引きずってでもタイムマシンの中に入れて、レバーを引いてもらう予定だったからね。アンタの VR と交換したのは『岩』と『穴』に関する資料がないか確認するためよ。そんなものはなかったけどね」


虎視眈々と語った。

彼女にとって全てが計算通りで、仮に違う道に逸れたとしても臨機応変に対応する。そのためのタイムマシンなのだろう。

アリサは銃口を向けたまま、後ろのポケットから何かを出してそれをマルに向かって投げた。

何かの部品のようだった。


「これは、何かの部品?」


「 VR の部品よ。アンタの VR は粉々に破壊して捨てたわ。これはその残骸」

マルは VR の残骸を拾い上げ、胸に持ってくる。マサノブに続き、大切に使っていた VR までもが手元からすり抜けていく。なんで自分だけこんな目に………………マルは神を、運命を呪いそうになった。


「なんで自分がこんな目に、と思っている瞳ね。そうやって一生、自己憐憫に浸ってなさい」


蔑んだ瞳を、彼女はこちらに向けていた。

マルの瞳は潤んでいたが、何も言い返すことができない。

 アリサは銃を持つ手が疲れたのか、右手から左手に持ち変えた。


「逆に私から質問なんだけど、アンタは一ミリも気付かなかったわけ? メリッサと会った時口調が元に戻りそうになったから焦ったんだけど、アンタは、ぼーっとしていたし」


「ぼっーとはしてないよ。でも、口調が変わったのには気付いたよ。何か隠しているんだろうとは思っていたけど、まさかこんな……………」


 アリサの柔らかい口調がメリッサと会ってから、クールな物言いになったのは印象的だった。

何かあるなとは思っていたマルだったが、深く追求することは出来なかった。アリサがマサノブのことを想っての行動だと信じていたから、言葉にするのは憚れた。彼女には彼女なりの言葉がある。 

 ならそれは、自身のポケットに仕舞っておくべきだ。だけど、そうではなかった。

 マルは噓をつかれていたことよりも、信頼されていなかったことがショックだった。


「ふん、私はよっぽど信頼されていたのね。でも残念! 本来の私はこんなのよ」


「マサノブもそうやって、信頼を勝ち取ってから殺したんだな。さぞかし満足だろうな」


 マルは憎々げな言葉を吐きつける。これがマルの精一杯の抵抗だった。

 いつか、もう一度出会った時には悲しみに支配されず、自身の境界線なんて取っ払い、憎しみの力で必ず殺してやる。そんなマルの決意表明だった。

「………………言い残すことは、それだけ? じゃあね」


 アリサは、左手に持っていた拳銃を右手に持ち直した。

メリッサに撃たれそうになった光景がダブる。二度も同じ奇跡は起こらないだろう。

 マルは、全てを諦め、ゆっくりと目を閉じようとした。

 マサノブがいない世界にいても仕方がない。

マサノブのことを思い出すと、胸が張り裂けそうになるぐらい痛い。

 プルルルル、 VR の着信音が聞こえる。マルの VR は破壊されているので、当然鳴りはしない。

マサノブの VR も見るが、何も鳴っていない。

なら、どこからなのだろう?

マルが疑問に思い、耳をすませる。

 すると、アリサがポケットから折りたたみ式の最新版であろう VR を取り出した。


「はい、こちらコードネームアリサ。……………ええ、分かりました。今から向かいます」


  通話が終わると、アリサは舌打ちをして VR をポケットに入れた。


「命拾いしたわね。私は戻らないといけない。まあ、せいぜい頑張んなさいな」


 マルは、ほっと胸を撫で下ろした。


「ああ、そうそう、後片付けもしておかなきゃね」


 言うと、アリサは銃でマサノブの VR とタイムマシンを三発撃った。

 VR は吹き飛び、見るも無残な姿になり、タイムマシンは不気味な稼働音が鳴り、完全に動きが止まった。粉々になった物たちは、二度と元には戻らない。

アリサはひと仕事終えたような表情をし、白衣をはためかせ、踵を返して出ていった。

 マルは、ぺたりと座り込み、沈黙したタイムマシンを見つめていた。


「この時代で生きていくしかないのか……………」


 タイムマシンの修理の仕方が分からないマルは、直すことは出来ない。

今まで自分がやってきたこと全部が、無駄になったような気がしてやるせなくなった。


「結局、何も出来ないまま、こんなところで朽ち果てていくのか僕は……」


  諦観に満ちた声で呟く。

肩に掛けていたポシェットを手に持ち、投げようとするマル。


「こんな物っ……! もう何の役にも立たないじゃないか!!」


 ボトン、と重みのある物がポシェットの中から落ちた。

ビデオカメラと、フロッピーディスクだった。

何もかもダメだと諦めかけていたのに、こんな時でもマサノブが背中を押してくれる。


「ホント、諦めさせてくれないな……」


 ビデオカメラを拾い上げ、ポシェットの中に入れ直すマル。


「フロッピーディスクか、メリッサ………アイツがアリサの言うように本当に離反してアリサと敵対していたのなら、真実はここにあるのかもしれない」


 フロッピーディスクを右手に持ち、再び立ち上がるマル。


「でも、フロッピーディスクを再生する場所なんて……………」


 マルは、頭の中で考えを巡らせる。

この時代のことは詳しくは知らないが、古い機器を再生出来る場所さえあれば……………。


「いや、あった! 一つだけ!」


それはマルとマサノブ、二人にとって大切な場所。


「タイムマシンで跳んだ場所が変わっていなければ!」


ネオンの光に向かって歩いていく。途中、古びた看板に「宇宙への旅! これからの時代は宇宙だ!」と消えかかった文字で書かれていた。

人類は、宇宙に出ることを諦めたのに………と、マルには不思議だったが、昔に書かれた看板だろうとスルーして歩いていく。

廃ビルの前に着くマル。

地形は少し変わっていて、ここは地下ではなく地上になっておりシャッターも何処かへいったみたいだが、根本的なものは変わっていなかった。


「二〇年経っても、まだ残っているんだな……この廃ビル」


ビルは薄暗く、航空障害灯と非常灯の灯りだけがそこを照らす道しるべとなっていた。

 ビルを下から見上げていると、通りがかる人に気づかずぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい」


「ああ、いやこっちこそごめん。やっぱり歩きながらの考え事は駄目だな」


ぶつかった人物は朗らかに言った。

マルよりも年上で、だいたい二〇歳前半ぐらい、ジーンズに緑色のパーカーを着ていた。

よく見れば所々、服には汚れが付着している。


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