タイムマシン攻防戦
べとっとした感触が背中をなぞる。
何故それを知っている?
目だけで謎の人物を捉えようとしたが、拳銃を突き付けられていたので上手く見ることは出来なかった。
「な、なんでそれを……………」
「なんだ、やっぱり知っているのか。じゃあ詳しく話してもらおうか」
ブラフだったのか。マルは自分が先走って、余計なことを言ってしまったことを後悔した。
「し、知らない! そんなもの知らない!」
「しらばっくれても無駄だ」
謎の人物はマルを地面に組み伏せた。
「タイムマシンの場所が分かった以上。お前に用はない。ここで眠ってもらう」
そこで初めてマルは謎の人物の服装を見た。
夏だというのに黒のコート、黒のズボンを着て靴までも黒のブーツで、全身真っ黒コーデだった。
顔はフードをしていて表情までは伺いきれなかったが、一瞬風が吹いて瞳だけを見ることができた。その瞳は僅かながら潤んでいた。
「人類の為だ。すまない」
そう言い、マルの額に拳銃を突き付けた。
万事休すか……………。ごめんな。マサノブ…………結局、お前を助けることが出来なかった。目を閉じ、マルは死を覚悟した。
すると、鼓膜にバンッ! バンッ! と空気を震わす音が響いた。
「ぐわっ!」
謎の人物がうめき声を上げている。マルは、ゆっくりと目を開けた。そこには、拳銃を持ったアリサがいて、銃口からは煙が出ている。
謎の人物の肩からは血がどくどくと流れていた。
「メリッサ……………やっぱり来ていたのね」
いつもの声からは、考えられないぐらいの冷たさでアリサは言った。
「貴様の計画は絶対止めてやる………絶対……………!」
「黙りなさい、俗物」
アリサは持っていた拳銃で、もう一発肩を撃った。
「うぐっ! どこまでも卑怯な女だ……………」
「今度は外さない」
アリサは、メリッサと呼ばれた人物の胸に狙いを付けた。
「ち、ちょっと待ってよ、アリサ! この人は何なの! あとその銃はどこから?」
マルは、二人の間に割って入った。
「こいつは、タイムマシンを狙ってきたメリッサという奴よ。この銃はマサノブから貰ったの。いつかタイムマシンを狙ってくる奴が来るからって」
「マサノブがそんなことを……………でも、なんでタイムマシンを狙うの? さっき、この人………ええっと、メリッサは人類の為とか言ってたけど。そもそもなんでタイムマシンのことを知っているの?」
一気に質問したせいか、アリサは困った顔をしていた。
「その質問には、俺が答えてやるよ……………」
撃たれた肩を押さえながら、メリッサは立ち上がった。
「貴方に喋らせると思って?」
アリサは、メリッサの右足を撃ち抜いた。
「ち、ちょっとそれぐらいにして……………」
マルがそう言い終わるのと同時に、メリッサはスーパーボールぐらいの塊を地面めがけて投げつけた。
辺り一面が、白い煙に覆われる。
「くそっ! 煙幕か! マル、こっち!」
「えっ、どこに?」
「タイムマシンに! 奴が、ここにタイムマシンがあると知ってしまったから、絶対破壊する! だから、その前にタイムマシンに乗り込むの!」
アリサはマルの手首を掴み、シャッターへと向かった。
煙で前が見えないので、何度も躓きそうになった。
「早くシャッターの中に入って!!」
「うん! ……って、赤い線みたいなのがこっちに向いてるよ! ど、どうすれば………」
赤いレーザーサイトが、アリサの肩を狙っている。
マルは動揺してシャッターの前で立ち止まった。
「馬鹿っ! なに立ち止まってんの!! 早く、くぐって!! こんなところで死ぬわけにはいかないんだよ!! 私達は!」
アリサは、マルをシャッターの中へと、無理矢理押し込んだ。
アリサは拳銃を構え、レーザーサイトに向けて二発撃った。
「アリサ! アリサも早く!」
マルは、上ずった声で叫んだ。
「うん」
アリサは四つん這いになって、シャッターの中に入って来た。
「マル! シャッターの横にある緑のボタンを押して! それでシャッターは完全に閉まるから!!」
アリサは、少し息切れをしている。
「分かった!」
固まっていたマルの身体は、少しずつ暖かさを取り戻しつつあった。
二度もこんな光景に出会うことになるなんて、自分はつくづくツイてない、そう思うマルであった。
マサノブが撃たれる光景が、フラッシュバックする。
「なんてことを考えているんだ……僕は。シャッターを閉めたら大丈夫だ。誰も撃たれない………………大丈夫……大丈夫……」
呪文のように呟きながら、マルは緑のボタンを押した。
ガコンっとストッパーか何かが外れたような音が響き、シャッターが徐々に閉まっていく。
「これで、一先ずは安心っと……………」
「ねぇ、これからどうするの? あのメリッサって人は僕達を殺すつもりだよ!! マサノブが作ったタイムマシンも壊されちゃう!!」
マルはアリサに駆け寄って、大仰な身振り手振りで詰め寄った。
「そうされないように、未来に戻るんだよ」
アリサは淡々と言った。冷静に状況を分析しての語りだと思いたかったが、マルにはどうも、そうとは感じとれなかった。
「なんか、アリサ雰囲気変わったね。あと喋り方も」
「そう? 気のせいじゃない?」
「いや、気のせいなんかじゃないよ。アリサは何かをずっと隠してる。それがマサノブの為だっていうのは分かったし、何となく触れてはいけない部分だから聞かなかったけど、アイツは何なの? 確実に僕達を殺そうとしてた」
マルは今まで聞こうにも聞けなかったことを、ここぞとばかりに感情を流出させて喋り続ける。
アリサは腕を組み、黙って聞いている。
「アイツとも親しげに話していたよね、アイツとはどういう関係なの? それと、このVR マサノブの物だよね。アリサは、これについて何か知ってるの?」
マルは、ポケットの中から VR を取り出してアリサに見せた。
アリサは、 VR をじっと見つめていた。
「気付いたのね……………。分かった、向こうに着いたら全て話すわ」
アリサは観念したかのように、肩を竦めた。
「約束だよ」
マルは小指を出した。
「ええ、約束」
アリサは、自分の小指とマルの小指を絡めた。
「奴がここに来るのも時間の問題だから、早くタイムマシンを動かしましょう」
アリサは『岩』をコンクリートに投げつけた。
「ちょっ! 何を!?」
「こうすれば、二つになるでしょ? これで、二人とも未来に行けるってわけ」
アリサは、二つに割れた『岩』をマルに見せながら言った。
「ああ…………」
「整理すると、マサノブと君の二人が『岩』を持っていた。『穴』に入る時に『岩』は消費されない。だって、性質の元に戻るだけだからね。でもタイムマシンを使って過去、未来に行く時は消費される。だからマサノブが未来に行った時は『岩』が消費されたの」
「そこまで言われれば分かるんだけど、でも、だったらなんでアリサは一人で行かなかったの? タイムマシンは正常に動いたんでしょ?」
ピコン、ピコンという音が聞こえたが、タイムマシンの稼働音だろうと思いマルは無視した。
「ああ、そのことだけど、このタイムマシンは不完全なの。動くのは動くけど、一台だけで動かすと違う時代に飛んだりする。だから二台のマシンを同時に動かして、ようやく正常に稼働するの」
アリサは目を細めながら説明した。
「だからマサノブは…………………………いや、じゃあさ、アリサはずっと僕を待っていたの?」
「そうよ。未来に行くために、マルをずっと待っていた」
ピコン、ピコンと音が大きくなっていく。
アリサにも聞こえたようで、辺りを見渡す。
「この音は、シャッターのほうから聞こえるわね……………」
アリサはシャッターに近づき、足を止めた。
その顔は青ざめていた。
「まずい! 爆弾よ! 早く『岩』をタイムマシンにセットして!」
言い終わらないうちに爆発音がして、シャッターが吹き飛んだ。近くにいたアリサも勢いよく飛んだ。火薬の匂いが鼻を刺激した。
メリッサはさっきまで持っていた銃とは違う銃、ショットガンを両手で持ち、カチャと音を立てて装填した、
撃たれた足を引きずりながらゆっくりと、うつ伏せになって倒れ込んだアリサに向かって歩いてゆく。
アリサは動かない。
もしかして……………死んだ?
マルは一瞬最悪のシナリオを想像したが、アリサの人差し指が微力ながら動いた。死んではいない。
ホッと安堵したが危機は回避されていない。メリッサはアリサの元へゆっくりだが着実に進んでいく。
マサノブが撃たれた時に、何もできなかった自分を思い出す。
駄目だ、駄目だ。これじゃあ、あの時と同じだ。
「動け……………動けよ、僕の足……………!!」
アリサを助けに行きたい! だけど、足が全然動かない。動いてくれない。
メリッサはアリサが倒れている場所に辿り着いた。
動け! 動け! 自分の太ももを叩くが動かない。
間の前の恐怖で足がすくみ動けない自分が情けなかった。
メリッサはアリサのお腹を、被りを振って蹴った。
「げほっ! げほっ!」
アリサは口から胃液を吐いた。
苦しそうにしてお腹を抑えていた。
「やめろぉ!!」
マルは思わず怒りの大声を、メリッサにぶつけていた。
「こいつがしでかしたこと、いや、しでかすことか……それを聞いたら、お前も仲間に入れてくれと言うと思うぜ」
メリッサは、いやらしい笑みを浮かべた。
「そんなことは言わない! アリサはアリサだ!」
「………………無知っていうのは可哀想だな。今のうちに死んどくか」
メリッサはマルにショットガンを向けた。
アリサはその隙を逃さなかった。
メリッサの持っているショットガンを足で蹴り上げ、メリッサに向かってタックルする。
メリッサはコンクリートの地面に叩き付けられ喘ぎ声を上げた。メリッサがひるんで動けないうちに、アリサは蹴り上げて飛んでいったショットガンを手に取り、メリッサの顔に向けた。
「形勢逆転ね」
「くっ……………」
「よそ見するなんて、詰めが甘いのよ」
「はぁ……………降参だ」
メリッサは、両手を上げた。アリサは観念したと思ったのか、ショットガンを下ろした。
メリッサは、その瞬間を付き逃げようとしたが、アリサがそれを見逃すはずもなく、躊躇なくメリッサを撃った。メリッサにとっては幸か不幸か、逃げる体制を取り身体を捻っていたので、即死は免れたが両足、脇腹はミンチのようにぐちゃぐちゃになっていた。
「うっ……………ぐっ……………」
「逃げようとするからよ。逃げなかったら楽に死ねたのにね」
「この…………悪魔……………」
メリッサは、アリサに向けて唾を吐きかけたが届かなかった。アリサはそれを蔑んだ目で見つめていた。
「苦しんでそこで死になさい」
「アリサ、大丈夫……?」
やっと足が動いたマルは、アリサの元へ駆けて行った。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう。さ、未来に行きましよう」
白衣をはためかせながら、颯爽とタイムマシンに向かって歩いていく。
まるで、さっきまでの出来事なんてなかったかのように。
「待て……………」
最後の力を振り絞ってメリッサはマルの足を掴んでいた。
「なんだよ……………」
マルはぶっきらぼうに答える。アリサを一瞥するが、タイムマシンのセットに夢中でこちらに気付かない。
「真実は…………この中に………………ある……………俺を信じなくてもいい……………だけど、これは事実だ……………
」
メリッサは上着の内ポケットから四角形の CD ディスクのようなものをマルに手渡した。
「これは………………?」
「フロッピーディスクというものだ…………………………そこに全てが入っている」
マルは疑問に思いながらも、メリッサの表情、手から伝わってくる温度を感じたら無視することはできなかった。マルはフロッピーディスクをポシェットの中に入れた。
さっきまで自分達を殺そうとしていた奴の物なんて、本当は受け取りたくなんかないけど、受け取らなくちゃいけない。なぜかそんな気がした。
背後で、アリサの呼ぶ声が聞こえる。どうやらタイムマシンのセットが終わったようだ。
「行け…………………………」
マルは、彼を訝しげに見ながらアリサの元へ駆け寄った。
「セット出来たの?」
「ええ、出来たわ。中に入って」
カシューと音を立てて、タイムマシンの扉が開く。マルは四つん這いになって這うようにして身体を馴染ませた。
「じゃあ、 閉めるね」
マルは頷いた。
閉めて数秒は真っ暗で何も見えなかったが、ゆっくりとライトが点いた。
タイムマシンといってもドラム缶洗濯機に変わりはないので、中は狭く息苦しい。鼻で空気を吸い込みながら、発車のタイミングを待った。
「待ってろよ、マサノブ…………」
マルはその時ばかりは神様を信じ、手を合わせ願った。どうか、無事に二〇八〇年に着きますように、と。そして、マサノブが無事でありますように、と。
数分後。ウィーンと稼働音が聞こえ、タイムマシンの中が回っていく。身体は固定されているので回らないが、周りのステンレスが回る。
コーヒーカップに乗っているようで気分が悪くなってきたマル。
「アリサ……………この回るやつっていつまで続くの……?」
右横にあるスピーカーに向かってマルは言葉を発した。
「もうすぐ終わるから辛抱して。回転が終わったら、左横にある赤いレバーを引いて。行く年、時間はこっちの一号機でやるから二号機はレバー引くだけでいいわ」
「分かった。未来に行くのって何分ぐらいかかるの? 時間を飛び越えるのにそもそも何分っていうのは可笑しいのかもしれないけど」
「そんなことないわよ。時間っていうのは、誰でもぶつかる問題だからね」
スピーカー越しに、アリサの優しい声が機内に響いた。
「自然界には、あらゆることを偏りなく、バランスよく振り分けようとする力があって、例えば磁石のS極N極、オス、メス………みたいなのを『対象性』って呼ばれているんだけど、時間だけは対象性とは正反対なの。これって気持ち悪くない?」
アリサは時間について語り出した。
そんなこと考えたこともなかったが、言われてみると確かに違和感がある。マルは腕を組み唸る。
「じゃあさ、仮に時間に対象性があったら人類は過去、未来、好きに行けるってこと?」
「んー、好きに行けるとは少し違うかもしれないけど、言いたいことは分かる。つまり、時間に対象性があれば未来から過去へ進む時間もあるってこと」
未来から過去へ。
それはまさしく、マルが『穴』を通ってやって来たことと同じだった。
全身から鳥肌が立つのを感じた。
「ってことは、あの時だけ時間に対象性があったってことなのか………………」
「まあ、全部マサノブの受け売りなんだけどね。マサノブは小さい頃から時間を気持ち悪いって感じていて、一方にしか進まない時間の矢をどうにかしたいって、常日頃から思っていたみたい。それが、タイムマシンを作る原動力になったんじゃないかなーって私は思ってる」
そんなこと僕には話してくれなかったぞ。マルはアリサに小さく嫉妬した。
「マサノブは変わった奴だけど、アイツの色々なことを疑問に思って、それを解決するまで問い続けるのは本当に凄いと思う。好奇心の塊みたいな奴だよ」
「私もそう思う。彼は偉大な研究者だったよ」
初恋の人を思い出し、今でも好きな気持ちを押さえられない少女のような声で彼女は呟く。
「大丈夫! きっとまた会えるよ! 絶対!」
「……ええ、そうね。マル回転があと五秒で終わるから、横のレバーを引いて」
アリサの言った通り、五秒後には回転が止まった。一号機にはカウントダウンタイマーが付いているのだろうか?
だとしたら二号機にも付けて欲しいものだ。
心の中でぼやきながらマルはレバーを引いた。
ぐわんと、視界が歪む。
ジエットコースターのように色が、音が、全ての物が通り過ぎる。
意識が自分のものではないような感覚に陥る。身体に鉛が乗っているみたいに重い。
この感覚は、あの時と同じだ。『穴』の中に入ったあの時と。
「くそっ……………また、これか…………」
マルの意識は、そこでブラックアウトした。