運命との対峙
悠城は、カードキーを扉にかざすと、その場で倒れ込む。マルは駆け寄ろうとしたが、悠城がか細い声で「ロボットが来る…………来るな。するべきことをしろ………全ては救えない………」と、最後の力を振り絞ってマルに伝えた。
マルは動きたかった、助けたかったが、悠城の願いを尊重してグッと堪えた。
扉が開くと同時に、警備ロボットが一斉に悠城に向かってくる。
白いボディーに、青い目、歩くと聞こえるモーター音。見るからに機械といった感じだった。
ロボットの背面にはコードが剝き出しで、試験運用機だということが一目で分かる仕様だった。
ロボットは青い目を赤色に点滅させ、悠城を観察する。
「危険! 危険! プログラムに則って応急処置を開始します」
ロボットは膝を付き、白いボディーが大きく開いて様々な道具を出してきた。
マルは、そんなロボットに関心していた。
「っと、いけない。僕も行かないと」
ロボットは悠城に集中しているのでこちらに気付くことないが、足音で気付かれる可能性も十分にあるので、そろりそろりと音を殺して歩く。
悠城に言われた通りのルートを通って行く。
赤い扉が見え中に入る。
そこは壁もタイルも一面が白で、奥の画面にはあと三〇年と書かれていた。
「コールドスリーブの残り時間か……」
白いカプセルは二〇個余りあった。
一つずつカプセルの中を覗いていく。少年、少女、老婆、年齢も性別もバラバラで収まっていた。
この人達も、マサノブと同じように知識を残すために生かされているのだろうか?
だが、こう年齢も性別もバラバラだとそれも考えにくい。ポシェットからカードを取り出し、見つめる。この人達もマサノブと同じように救えるのなら……。
ふと、悠城の言葉が頭の中に浮かぶ。
「すべきことをしろ。全ては救えない」と。
奥歯を噛みしめながら、マルは要らぬ考えを捨てた。
自分一人で大勢を救うことなんてできない。
零れ落ちてしまうものはたくさんある。
今、自分は目の前にあることだけしかできない。
一〇個目、端っこのカプセルの中にマサノブはいた。目を瞑って眠っているように見えるが、その顔は苦しそうだ。早く、この悪夢から解放してあげないと!
マルは差し込み口にカードを入れる。ピーという電子音が鳴り、カプセルを包んでいた透明なガラスケースが、ゆっくりと上がっていく。
中の煙が一気に外へと排出される。
「マサノブ! マサノブ!」
マルはマサノブの身体を起こしながら叫ぶ。
「……………ううっ、誰だ……………」
「僕だ! マルだよ!」
マサノブを支えてカプセルの中から出し、しゃがませる。
「マルか……すまない、起きたばかりでまだ目が開けられないんだ。二分もしたら慣れて瞼も開けられるようになると思う」
マサノブの声は、だいぶ擦れていた。
「分かった。なら僕の手を握って。タイムマシンがあるところまで案内するよ」
マルは離れないように、しっかりとマサノブの手を握り、立ち上がらせる。
「出口って他にある!?」
「ああ……確か、見づらいがモニターの横にもう一つ扉があったはずだ。そこを抜けて真っ直ぐに行くと、エレベーターがあったはずだが……………」
喉を抑えながらも、マサノブは記憶を手繰り寄せた。
「喉、大丈夫……?」
「ああ、大丈夫だ………誰でもみんな、起きた時は声が出にくいだろ? まあ、ちょっと寝すぎただけだ……心配するな」
軽口をいいながら、マサノブはぎこちない笑顔をマルに向けた。
「無理だけはするなよ。でも、悠城が時間稼ぎしてるとはいえ、早くしないと追っ手が来ないとも限らないから、少し急ぐぞ」
マサノブは、こくりと頷いた。
マルはモニターの前に扉を見つけ、外へ出ようとするが、立ち止まって置き去りにされたカプセル達を数秒見つめる。
マルは心の中でその中にいる人物達に謝った。
何度も、何度も。
「緊急事態発生! 緊急事態発生! 被験体が逃げ出した。職員並びに警備の者は被験者の確保及び脱出を手助けしたものの射殺を許可する! 繰り返す……………」
けたたましいアラーム音が鳴り、スピーカーから、ユートピの幹部であろう偉い人の怒り狂った声が流れた。
「くそっ、こんなにも早く見つかるなんて想定外だ。マサノブ目はまだ見えないか?」
「すまない…まだ開けれそうにない」
マサノブは弱々しく呟いた。
弱っているマサノブの姿を見ると、悪態を付いている場合じゃないと気付く。
何としてもタイムマシンがあるところまで辿り着かなければ! マルは自身の頬を叩き気合いを入れ直した。
「ん? なんの音だ?」
「あ、いや、なんでもないよ。さあ、急ごう!」
マルは鼻から空気を吸い込み、肺にまで入れて口から出した。
「よし……。マサノブ手、離さないでね!」
マルは左手でマサノブを引っ張りながら、全速力で走った。真っ直ぐ、走り続ける。
アラーム音など全ての音はカットし、ただタイムマシンに辿り着く、それだけを頭に入れて走り続ける。
エレベーターの前に着き、やっと足を止める。
マサノブはぜえぜえと息を切らしていた。
「マ、マル……………は、早いって」
「寝起きにはいい運動でしょ?」
マルはエレベーターのボタンを押す。
「いや、寝起きの運動ってレベルじゃない……………ち、ちょっと休憩させて……………」
マサノブは膝に手を置いて息を整える。
「ここで僕達が捕まったら、全てが水の泡なんだ。悪いけど、休憩はさせてあげられない。ごめん」
「いや、いいよ。それは俺も分かっていたし、ただの冗談だよ」
「あ、そか。ならいいんだけど」
「マル、お前変わったな……」
マルの言葉と、ここまでの行動を振り返って、マサノブは独りでに呟いていた。
だが、エレベーターが着くチーン! という音でかき消されたので、マルの耳には届かなかった。
二人はエレベーターの中に入り、マルは一階を押した。ゆっくりと下降していく。
「んん、やっと目が開けられた……まだちょっと、視界はぼやけるが何とか見える」
マサノブは目頭を親指の第一関節で軽く押し、肩を時計回りに回す。
「良かった! ただいま! いやこの場合だとおかえりなのかな………何はともあれマサノブが無事で良かった!」
マルは、屈託のない笑顔をマサノブに向けた。
「いや、その…こっちこそ、助けに来てくれてありがとう、マル」
マサノブが、ぎこちなく不器用な笑顔をマルに向けた。
話したいこと聞きたいことはたくさんあったが、いざ本人を目の前にすると何も出てこないマルであった。エレベーター内に静寂が訪れる。
「あ………これはマズイぞ」
最初に沈黙を破ったのはマサノブだった。
「なに、どうしたの?」
マルがたずねると、マサノブはゆっくりとそこを指差した。
「監視カメラ……! マサノブ! 降りなきゃ! 一階で待ち伏せしてるよ、奴ら」
「ああ、そうだな。違う階を押して、そこからは階段で行こう」
マサノブは五階のボタンを押したが、反応しない。
「くそっ! 奴らここのプログラムを書き換えたに違いない。全くもって反応しない」
マサノブは拳でボタンを叩いた。
「そんな! じゃあどうすれば……………黙って殺されるなんてごめんだよ」
「俺もだ。何か良い手はないか考えよう」
マサノブはエレベーター内を見渡して、出られる方法はないか思考する。
「考えるっていったって、もうすぐ一階に着くよ!」
「考えるよりも先に行動ってか……マル! まず正面から俺達が見えないよう、端っこに隠れるんだ!」
「分かった! でも奴らが中に入ってきたらどうするの?」
「その時に考えればいい! 開くぞ! 早く隠れろ!」
エレベーターの扉がゆっくりと開く。足音が近づいてきて、エレベーター前で消えた。
「そこにいるのは分かっている。大人しくすれば何もしない」
低く冷たい声が、マルとマサノブの耳に入ってくる。青い制服を着て、目が鋭い大男が先頭に立っている。周りには、部下と思われる数十人の制服を着た男達が銃を携帯していた。
マルはマサノブを見る。
マサノブは首を横に振り、出るなとジェスチャーを送った。
「これが最後の警告だ! 大人しく出てこい」
万事休すか……………そう思った刹那、照明が落ちた。世界が一気に暗闇に染まる。
「な、なんだ! 電気が落ちたぞ!?」
部下の一人が声を上げる。
「ピー、ピー喚くな………」
大男が、面倒くさそうにいった。
マルはマサノブを見るが、首を横に振った。
マサノブじゃないなら誰が……………?
バンッ! バンッ! 暗闇の中で、銃声と悲鳴が鳴り響く。
「なんだ! 状況を報告しろ!」
大男は部下に向かって叫ぶが、まるで統制が取れておらず、みんな逃げ惑う。
「くそっ……! アリサのやつ、使えないゴミ共ばかりよこしやがって!!」
大男は吐き捨てながらもエレベーターに近付き、扉に手をかける。
「見~~いつけた!! たしか、ターゲットはお前だったな」
大男は、 VR の進化型であると思われる手元のハンドデバイスでマルのことを確認し、ケースからサバイバルナイフを抜いた。
マルの髪を引っ張り、喉にナイフを這わす。
「殺しは久々だからよ、ちょっとばかし楽しませてくれよ」
「やめろ!! マルを離せ!」
「お前が……マサノブか。名前を覚えるのは苦手なんだよな……………ああ、離して欲しいんだったな。よっと」
大男はナイフでマルの頬を裂いた。
「ぐあっっ!!」
マルは切られたところを押さえながら、のたうち回る。
「お前、何をっ!!!」
「だから、放してやったんだよ。ぎゃははははははは!!」
コイツは狂っている。人を痛めつけ、殺害することに喜びを感じる血に飢えた快楽殺人者。
倫理や道徳はコイツの前では無意味だとマサノブは感じ取った。
「お楽しみはこれからなんだからよ……………まだ、くたばんじゃねえぞ?」
大男はマルを立たせて、もう一度ナイフを喉に近づけようとしたが、持ったナイフを地面に落とした。
右手が痙攣し、それが徐々に全身に拡がってゆく。
大男が後ろを振り帰ると、そこには悠城がいて、大男に向けて電気銃を撃ち放っていた。
「お前が…………アリサの言っていた救世主か……………」
大男はそう言い残し、その場に倒れた。
「悠城! ってことは、さっき照明が落ちたのも悠城が………? でも、なんで、ここに?」
「それはあと! 早くタイムマシンに!!」
悠城がマルの背中を叩く。
マサノブとマルはタイムマシンのある場所まで走る。
悠城はマルとマサノブの背中が見えなくなるまで、見送っていた。