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Re:フォン

「何が大丈夫なんだよ!! マサノブは、僕の目の前で死んだんだ!! 死んだんだよ!! もう一変ふざけたこと言ってみろ! ぶっ飛ばすぞ!」


  マルの声は、怒りと悲しみに満ちていた。


「ふざけてなんかいない! 聞け! マル! これを!」


メリッサは、電子版の見えるスケルトンの電話機をマルに渡す。


「なんで僕の名前を? まだ言っていないのに」


「マサノブに聞いた。さあ、早くそれを耳に当てて」


 マルは戸惑いながらも、電話機を耳に当てる。


「…………もしもし? 誰ですか?」


「ああ! やっと繋がった! マル、俺だ! マサノブだ」


マルは衝撃で電話機を地面に落とした。


「な、なに? これは………………だってマサノブは、僕の目の前で死んだのに………」


「それはマサノブだ。ただし、違う世界のな」


メリッサは電話機を拾い上げて言った。


「それってどういう………?」


「いいから、それを耳に当てろ。早くしないと時間がなくなる」


「あ、うん……………」


マルはもう一度、耳に電話機を当てる。


「もしもし……? マサノブ?」


「ああ、俺だ。ごめんな、突然ビックリしたよな」


「なんで? なんでマサノブが? たった今、僕の目の前で死んだのに!」


「確かにそっちの世界の俺は、そこで死んだのだろう。でもこっちの世界の俺は生きている。そっちの世界に『穴』はないが、こっちの世界には『穴』がある。これがどういうことか分かるか? マル」


マルはパンパンになった頭を回転させたが、分からなかった。


「ごめん、分からない……」


「いや、いいんだ。意地悪な質問をしちゃったこっちこそ悪い。まあ、つまるところ『穴』のある世界と『穴』のない世界は干渉し合わない。だから、そっちの『穴』のない世界の俺が死んでも、今俺がいる『穴』のある世界には影響がなく死ぬこともない」


マルはマサノブの話を聞きながら頭を整理した。

この電話に出ているマサノブは、ここに居たマサノブとは別人なのだろうか?

マルは頭を唸らせる。


「今、こうやって話しているマサノブはここにいる……………ああ、いや『穴』のない世界のマサノブとは別人なの?」


数秒、沈黙が続きマサノブが答える。


「別人ともいえるし、同じ人ともいえる。記憶的な問題では、全く同じ人物なのだろうが、その時代で違った行動をすれば、別人とも言えるんじゃないかと思う。例えば、今マルがいる世界の俺が死んだとしたら、マルの記憶の中には死んだ俺と生きてる俺がいる。それはつまり、別人と言っても過言ではないかと考えている」


確かに、マルの記憶の中では生きているマサノブと死んでいるマサノブの二人がいる。

 でも、それを別人だと判断できるのは、観測する人間がいてこそなのではないだろうか? 

マルは前に、マサノブに説明してもらったシュレーディンガーの猫説を思い出した。


「でも、それって観測する人間がいてこそじゃない? 前にマサノブに説明してもらったシュレーディンガーの猫みたいな感じの」


シュレーディンガーの猫。

猫を箱に入れる実験で、中に致死率の高いガスを注入して数分待つ。

箱を開けると猫は死んでいるが、箱を開けなければ猫は死なない。

観測しなければこの二つの出来事が、同時に起こっているということになる。箱を開ければ事象は決定するが、箱を開けなければ事象は決定しない。全ては観測する人間にかかっている。 


確かそんな物理学の実験だったとマルは記憶していた。


「ああ、確かそんな話もしたか。シュレーディンガーの猫……………マルはいいところ突くな。確かに、観測する人間次第で事象は変わる。なら観測者のマル、お前は俺が別人だと思うか? それとも同じ人物だと思うか?」


「それは…………………まだ分からないけど、僕はいま話しているマサノブが、マサノブだと信じたい」


「その答えで十分だ。っと……そろそろ時間がなくなってきたな。早く本題に入ろう」


 ピピピという電子音が、電話口から聞こえた。


「マル、不思議に思ったことはないか。先回りしたかのように、まるで未来が見えているかのように、俺がメモを残していることを。あれは未来を先に知っていたからこそ、記すことができた。最初から説明すると、この世界で俺は殺されることはなかった。アリサの暗殺には失敗したものの、命からがらのアリサは俺が作ったタイムマシンを奪取した。そのデータを基に二〇八〇年に戻ったアリサは改良したタイムマシンを完成させた。タイムマシンを奪われた俺は、当初は何もできなかったが、今こうやってマルと話しているこの『時空間タイムテレフォン』を開発した。これで『穴』のない世界とも連絡が取れるようになり、いまマルのいる世界の俺にも『穴』のない世界と『穴』のある世界は干渉し合わないことを伝えた」

マルはピンと来た。マサノブが死ぬ直前に『穴』に関して何か言おうとしていたが、それはこのことだったのか。


「まあ、試用段階だったから、伝えられたのはそれだけだが……………だが、改良して今は話せる時間も大幅に伸びた。安心していい。と言ってもあと三分だが……………」


マサノブの生唾を飲む音が聞こえた。

あと三分で伝えられるだけの情報を伝えようとしているのだろう。

マルは口を挟まず、耳を澄ませて聞く。


「で、その後にタイムマシンも何とか完成させた。それでメリッサにも協力をしてもらったわけだ。自称、歴史を変えるモノという人物は俺だ。メモも、マルが来る五分前にタイムマシンを設定して跳んで書いた。何度か跳んでみて分かったことなんだが、タイムマシンは『穴』のある世界、ない世界、関係なく跳べるみたいだ」


ずっと傍で、誰かが僕のことを支えてくれているような、不思議な感覚の正体はこれだったのか。


「じゃあ、今からここに跳ぶことも出来るんじゃあ……?」


「……………それは無理だ」


少しの間があって、マサノブは答える。


「なんで?」


「……………タイムマシンを使って未来を見てきた。俺は二〇七〇年に冷凍保存=コールドスリーブさせられているんだ。二〇七〇年に跳ばなければいい話なんだが、俺が歴史を変えるモノとしてメリッサの前に現れ助言をした際、姿をアリサに見られてしまいタイムマシンには、トッキングスキャナーが取り付けられている。それを知ったのは今さっきだ。タイムマシンの点検をしていたら、見たこともない機器が取り付けられていた。解析をしたらタイムマシンがどの時代に跳んだが分かる機器みたいだ。取り外すことも試みたが、それをするとタイムマシン自体が使用できなくなってしまう。俺はこの機器の存在に気付かずにユートピアに捕らえられ、五十年間コールドスリーブをさせられる。それを昨日、時空間タイムテレフォンで未来の俺が連絡をしてきて知った。あちこち跳び過ぎて、このマシンにもガタが来ている。跳べるのはあと残り一回だけだが、もし跳んだら、居場所がバレて捕まってしまう」


  マサノブは敢えて抑揚のない喋り方をしようと努めていたのかもしれないが、マサノブの声は震えていた。


「バレない方法はないの?」


「ない。色々考えたが、ない」


間髪入れずにマサノブは答えた。


「だから、ここでお別れだな、マル。ユートピアの人間としては俺を長生きさせて知識を永久的に生き長らえらせるってことらしいが……………分からんな」


マサノブは溜息をついた。


「マサノブは、これからどうするの?」


「さあ、どうしようかな。燃料はあと一回。周りは何もなく人もいないし村もない、食料もない……………あの時アリサに、タイムマシンを奪われなければ、こんなことにはならなかったんじゃないのかなと……俺にしては珍しく後悔しているよ」


 マサノブは、自嘲気味に笑った。

マサノブはいま、折れかかっている。

マサノブには色々助けてもらった。

今度は自分の番だ。


「マサノブ、僕が、二〇八〇年にコールドスリーブさせられているマサノブを助けにいくよ」


「ユートピアの警備は厳重なんだぞ? 中に入れるわけが………」


「こっちには、メリッサがいる。大丈夫。きっと」


マサノブの問いを遮り、マルは答える。

自信はなかったけれど、自信があるようにハキハキした口調でいった。


「………………すまん、恩にきる! そうなると、俺はパラドクスが起こらないように跳んで、一度はユートピアに捕まる必要があるんだな。……………必ず、助けに来てくれマル」


「うん、必ず! 必ず! 助けに行く」


マルは嬉しかった。

マサノブが初めて助けを求めてくれたことが。


「そろそろ通話が切れる。また会おうなマル」


「うん、絶対に!」


ツー、ツーと通話は切れた。

その断線音を聞きながら、マルは電話機をギュッと握りしめ、メリッサに向かって「行くか、二〇七〇年へ」と言った。


「ああ、行こう。さあ、後ろに乗って」


  メリッサはタイムマシンを起動させる準備を始める。マルはメリッサの後ろの席に座る。


「ここが将来、お前達の秘密基地になることを俺は知っている。俺を信じて今すぐ跳べ!と過去のお前にそう言ったんだ」


 メリッサは唐突に語り出す。


「それって二〇一〇年、過去の僕にいった記憶に残る方法ってやつ?」


「ああ、そうだ。あの時にそのことをいうと、何で知っている? と突っ込まれそうだったから言わなかった。マサノブからもし何か疑われた時には、このことを伝えれば信じてくれると聞いていた」


メリッサは後ろを振り返ることなく、機械を弄りながら答えた。


「そっか………マサノブ、あの場所を覚えていてくれたんだ……………」


「悪かった…………ずっと、言えなくて」


メリッサは、チューブを押し出すような声を絞り出した。


「いや、いいよ。メリッサがくれたヒントは、この世界に来て何となく分かったから。メリッサ、君は二〇六〇年に秘密基地でマサノブが世話をしていた赤ちゃん……それが真下悠城だろ?」


「ご明察! まあ、あれだけヒントあげれば分かるか」


「何となく聞き覚えがある名前ではあったけど、思い出せなくて………でも、駄菓子屋の表札に真下って書いてあったから思い出した」


 駄菓子屋で「真下」と書かれた表札を見て、マルはマサノブがベビーシッターをお隣の真下って人から、ちょっとの間だけ頼まれていたことを思い出した。


「俺はマサノブさんのことを両親から聞いていた。変わった発明家だったけれど、世界を変えることができるのはああいう人かもしれないって。小さかったからあまり覚えてはいないけど、俺にとってマサノブさんは尊敬に値する人物だ。だからこそ、マサノブさんが協力を願い出た時は天にも昇る気持ちだったな……」


 メリッサは作業する手を止め、昔を懐かしむように目を細めた。


 マサノブはじつに様々な人々に影響を与えているんだなと、マルは肌で感じていた。


「アリサにタイムマシンを奪われさえしなければ、マサノブはもっと沢山の人達に認められ、いままで苦労してきたものが報われていた。いや、これからそうなる。 僕は、マサノブを助けて、マサノブの未来を取り戻したい!! 悠城、手を貸してくれ!」


 メリッサ、いや悠城はゆっくりと頷いた。


「タイムマシン! 起動準備完了。時刻は二〇七〇年七月二十二日!」


悠城が指令を出すと、モーターが旋回し始める。

安全バーが自動的に下げられる。


「そういえば、この時代に来る時にちゃんと時刻を設定したんだけど、機械の故障で違う時間に来てしまった。悠城は何か知ってる?」


モーター音に負けないぐらい大きな声を張り上げた。時刻は間違いなく自分で設定したはずなのに、違う時間に跳んでいだ。

マルはずっと機械の故障であると思っていたが、悠城からの返答は予想外のものだった。


「あれは、俺がやったんだよ。お前が目をつぶっている間にちょいちょいっとね。だから故障なんかじゃないさ。マサノブさんが作ったタイムマシンは完璧だよ」


「なんで、あの時間に設定したんだ?」


「マサノブさんが言うのには、七月二十二日よりも、その時のほうがアリサとの関係が良好だったかららしい。マサノブさんのことだから、マルが撃つことも想定内だったんじゃないかな。これは俺の考えだけど」


「なんで、そんなことを!?」


「さあ、それは会って直接本人に聞けばいいじゃないか。そろそろ跳ぶぞ、Gが来るぞ! 歯を食いしばれ!」


またこの感覚。何度味わっても慣れない。

 マルは跡が残るぐらい安全バーを思いっ切り握りしめて耐えた。


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