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神威採石場


 ポシェットに残っていた小銭で何とか片道切符だけは買えたマル。

時刻は昼の二時、電車の中はガラガラだった。マルは端っこの空いている席に座った。

電車に揺られながら、「帰りどうしようか…………」と考える。

 窓の外の景色が流れていく。 

映像のように、決して戻らない時間のように。

マルは暫くの間、外の景色をボーッと眺めていた。


「こんな風にゆっくり座って、景色を眺めるなんて久しぶりだ」


時間の概念が時おり分からなくなる。

 これも時間跳躍の弊害か………。

自分は、時間の輪からはみ出しつつあるのかもしれない、と感じたマルだった。

急激に瞼が重くなってきた。重力に逆らうことは出来ず、マルの視界は真っ黒になった。



「終点、神威駅~神威駅でございます。お忘れ物なさいませんようご注意ください。本日は、東陽電車をご利用いただきまして、ありがとうございました」


 心地良いアナウンスの声で目が覚めるマル。


「んん? 着いた…………のか?」


 大きく欠伸をして目を擦る。


「んー、よく寝た。さて、と採石場に向かうか。ここから徒歩十分で行けるみたいだけど……………」


電車から降り、駅の案内図を見るマル。

現在地の赤い点から少し歩いたところに、神威神社と書かれていた。


「………うん、ここで合っているみたいだ」


マルは切符を入れて改札口を出た。

そのまま道なりに歩いていく。

五分ほどしても車が通ることはなく、人の姿も見えない。

 まるで秘境駅だなと思いながら進んでいくマル。

獣道と砂利道しかない道を超えた先に、神威採石場と書かれた看板があり、そこを真っ直ぐ進むと採石場に着いた。

 トラック三台と、ショベルカー二台。

蛇のように長い鉄の足場が採石場の中央に設置されている。

マルは瞬間的に、アメリカにある歴代大統領の顔が掘られたラシュモア山に少し似ているなと思った。

人の気配はないようだが、採石場の中央にある警備室に灯りが点いていた。


「あそこにマサノブとアリサがいる……………!!」


 マルは足早に走って行く。

階段を一気に駆け上がる。

警備室前の窓をかがんで覗く。

アリサとマサノブが親しげに話していた。

マルは二人のその姿を見て嫉妬した。

怒りが湧いた。なんで自分を殺す奴とそんなに楽しそうに笑っているんだ、本来ならその場所は自分のものなのに………………。

蓋をしていた感情が溢れ出る。

マルは、スプレッサー付きの拳銃を持っていることを思い出した。


「これでアリサを撃てば、マサノブは助かる……………!!」


でも、もしここでアリサを殺したら未来のアリサはどうなるのだろう? 二〇一〇年での出来事は自分の頭の中だけの物語になるのか?


「パラドックスっていうのは、ややこしいな…………」


  マルはバリバリと激しく頭を掻いた。


「でも、僕はもう戻れない。人を殺してしまったんだ。もう元には戻れない。ここでアリサを殺しても何も変わらないさ、きっと」


マルは警備室の中へ飛び出し、アリサに拳銃を向けた。


「な、なに!?」


「えっ、マル………なのか!?」


  二人は驚いて、マルの方を見る。

この時代のアリサはマルとは初対面なので、マルが誰なのか分かっていない。マサノブは『穴』の中に入る前と同じ服装で、白衣を着ていた。

口の周りには無精ひげが生えていた。


「マル、お前、いったい何でここに来た? いや、それよりも銃を下ろせ」


「マサノブは分かってない……………分かってないんだ! 最初からこうするべきだったんだ」


マルにとっては久しぶりの再会であったが、目の前にいるアリサに対する憎しみが湧き上がり、目の前が見えていなかった。

 アリサは手を上げて大人しくしているが、マルはいつこの女が豹変するのか分からないので、早く撃って身も心もスッキリしたかった。


「こいつが……………こいつさえいなければ!!」


 マルは感情のままに、拳銃の引き金を引いていた。


「駄目だ!! マル!」


アリサに向かって撃った銃弾はアリサに当たることはなく、マサノブがアリサをかばったため、マサノブの白衣が真っ赤な血に染まっていた。


「えっ……………!」


マルは一瞬、状況を理解できなかった。

マサノブは、この時はまだ『真実』を話していない。警備室で二人、親しげに話しているさまを見ていたのに、自分はアリサがマサノブを殺そうとしていると決めつけていた。

 よく考えれば分かることだったのに、マルはその選択肢に鍵をかけてしまっていた。

 二人は本当に愛し合っていたのだ。

だからマサノブはアリサを庇った。


「噓だ噓だ噓だ噓だ! 僕じゃない僕じゃない僕じゃない!」


 だが、それを理解しても時、すでに遅かった。

マルは半狂乱になって叫ぶ。持っていた銃を所構わず撃つ。

その流れ弾が偶然、立ち去ろうとしていたアリサの頭蓋に当たり、アリサは人形のように動かなくなった。


「こんなことを望んだんじゃない……………こんな……」


マルはガクッと膝を付く。涙が止まらずに流れ出てくる。


「うぅ……………マル……………」


「マサノブ!?」


 僅かだが、マサノブの息はまだあった。

マルはマサノブの頭を持って支える。


「マル……………大丈夫だ……………きっとまた会える……………ここは『穴』のない世界だから……………俺達は…………………………」


ガクン、と首が落ちた。命が潰えた。

ここにあるのはマサノブと、アリサの空の入れ物だけだった。

マサノブは何を言おうとしたのだろうか。


「いや、そんなこと考えても無駄か…………マサノブもアリサも死んでしまった。僕がこの時代に来た意味なんてなかったんだ……………」


 マルは自身のこめかみに拳銃を当てる。


「全部、無駄だったんだ……………」


嗚咽を堪えながらマルは引き金を引こうとする。その寸前、大きな衝突音が聞こえた。


「なんの音だ……………?」


その音のする方向に向かってマルは歩いて行く。

警備室の扉を開けると採石場のど真ん中にジェットコースターが出現していた。

そのジェットコースターは席が五連繋がっており、後ろの三席には青色と赤色の配線剝き出しのコード、大型ファンが置かれていた。

ファンの形に見覚えがあった。

あれはマサノブが作ったタイムマシンで、時間跳躍に必要な機器だ。

 マルの足は無意識に、ジェットコースターの元へと近寄っていく。

ジェットコースターの最前列の席には、メリッサが座っていた。


「よお、久しぶりだな。いや、お前からするとさっきぶりなのか? 時間跳躍ってのは時間の感覚がなくなるのがネックだな」


「なんで、ここに………………」


「心配になって戻って来たんだ。俺は二〇八〇年に戻って、アリサがコードを打つ寸前で止めた。人類選民計画のことを、ネットを通じて全ての人類に暴露した。その結果、ユートピアは倒産して世界は救われた。俺は倒産した後のユートピアの事後処理をやっていた。そうやって月日が流れて、ふとお前のことが気になったんだ。アリサが作ったタイムマシンはもう一台、ユートピアの地下施設に隠されていた。それを使って俺はこの時代に来たんだ」


「……………今頃来ても遅いよ。マサノブは死んだ、いや、僕が殺したんだ……………」


「なにがあった?」


メリッサはジェットコースターから降り、マルに問うた。


「撃ったんだ。僕がマサノブを……………殺してしまったんだ!!」


 マルは、手で口を覆いながら 咽び泣く。


「そうか………でも大丈夫。マサノブは、生きている」


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