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二 『脱出』 - 2



 見えこそしないものの、いつも連れて行かれた道は覚えている。

 このまま壁伝いに行けば体を洗われた水場があったはずで、あそこはたしかメイドの洗濯場でもあったはずだ。

 口の中に広がる血の味を無視して、いつもは連れていかれる廊下を全速力で駆けこむと、幸い誰にも会うことなく目的の場所につくことができた。

 慌てて中に入って震える手で鍵を閉めると、部屋の前を誰かが走り抜ける足音が通っていく。「魔物が出たぞ!」や「被害は!」と叫ぶ声が聞こえてくる。

 よかった、この騒ぎならこの部屋に鍵がかかっていてもメイドの誰かが逃げ込んだと思ってくれるかもしれない。

 息を整えながら、どうすべきかを考える。

 誰かは知らないが、あれが生きるための唯一の道だというのであれば従わない理由はない。

 しばし考えて、あたりを見渡し、幾つか籠らしきものを見つけて手を突っ込んだ。ここが洗濯室ならきっと……。


「あった、よかった……」


 籠の中から服を掴んで持ち上げると、洗濯したばかりであろうハウスメイドの服をこれを着ればある程度はばれずに移動することが出来るかもしれない。そう思い、それを拝借することにした。

 いつもの要領で慎重に服を着替え、少し悩んでここに私が居たことがばれたら、関係ないメイドが襲われてしまうかもしれないと、元のぼろきれは綺麗に見えるように畳んで持っていくことにした。

 何度か失敗しながらも畳み終えると、廊下の前の騒がしさが納まり、人気のない廊下へと戻っていた。

 そろそろ私が逃げ出したことに気が付く兵士が居てもおかしくはない。


「急がないと……」


 そっと鍵を開けて廊下を覗く。廊下には兵士の姿はなく、歩いている人影も見つけることはできなかった。

 今出なければ、きっと出る機会を逃してしまう。

 元々着ていたボロボロの服を抱え、シャルロット様の部屋に向かう道を歩く。

 どうしてだろうか。普段は明かりの元で歩いているからか、暗がりの廊下にペタペタとはだしで歩く音が響き渡り、誰もいない事で不気味さに拍車がかかっていた。

 じっとりと服の下で汗が出るのを感じながら暗い廊下を歩いて行き、昨日歩いた通りの道をなんとか思い出しながらシャルロット様の部屋にたどり着くと、ほっと安堵の吐息が勝手に漏れた。

「よかった。これでシャルロット様にお会いできるはず」

 少し緊張しながらも、このような夜更けにお邪魔することになるとは思わなかったシャルロット様の部屋をノックする。


「シャルロット様、大変です。起きていらっしゃいますか」


 シンと私の声だけが廊下を伝い、部屋の中からは一切の物音もしなかった。

 しばらく待っても返事がなく、不思議に思いながらもローズウッドのドアを開けて中を覗いてみる。


「シャルロット様……?」


 ドアを開くと、蝋燭が付いていない室内が広がり、昨日見たまま、シャルロット様が良くお座りになるふかふかのソファに、お茶を楽しむためのテーブル一式。全身が映る姿見、そしてルビーの置かれた暖炉があった。

 周りをうかがいながらもシャルロット様の部屋へと足を踏み入れ、ドアを閉めるともう何も見えなくなってしまった。


「暗くて……見えない?」


 明らかにおかしい状況に首をかしげてしまう。

 この部屋は、城主でもあるタルボットの一人娘であるシャルロット様のお部屋のはずだ。

 今思えば見張りが居ないというのもおかしいし、このように真っ暗闇の部屋というのも身分を考えれば首をかしげざるを得ない。

 真っ暗な部屋の中をもう一度見まわしてみる。暖炉にソファ。暖炉の上にあるルビーも間違いなくそこにあった。なんど見ても、ここはシャルロット様が自分の部屋と呼んでいた場所に相違ないはずだった。

 しかし、明らかに暗く、蝋燭をたてる場所も無い。かすかに廊下から漏れてくる光こそ入って来るもののそれ以外の光源は部屋に入ってきていない。

 そう、まるで囚人をとらえる牢のように。

 これでは……これではまるで……。



「おい、あの部屋は見たか?」



 兵士らしき男の声がドア越しに聞こえ背中がびくついた。

 物音を立てないようにドアに寄ってそっと耳をつけてみると、ドアの向こう側から誰かの話し声が聞こえてくる。


「いや……。その部屋はシャルロット様が使っている部屋だからな。簡単に手を出すわけにはいかん」

「シャルロット様の部屋だって? それなら余計に確認しないと。今は非常時だぞ。これでシャルロット様になにかあったら、俺達の首が物理的に飛んじまう」

「しかし……。いや、そうだな。確認しよう」


 いけない、このままではこの部屋に入ってきてしまう。

 慌ててソファの後ろに隠れて、身を縮こませ、抱えていたぼろきれをぎゅっと抱きしめた。

 心臓がうるさい音とたててそこに居るということを主張してくる。その音がばれませんようにとひたすらに信仰しても居ない神様に祈った。

 やがて、ぎいぃ、という音と主に廊下の光がこちらに漏れてきて――。


「おい、そこで何をやっている!」


 見つかってしまった。

 心臓が早鐘のようになり、口から勢いよく飛び出していきそうなほどだった。飛び出ないようにと口元を手で覆っていると、一向に誰も入ってくる様子はなく聞き耳を立てる。


「はっ、申し訳ありません。クリヴァール様。地下に居た魔物の件で警戒を……」

「その部屋はいい。シャルロットはもう奥の部屋に避難させている。お前たちは城の入口へ回れ。こんな城内に魔物が出るなどあるわけがない。もし城から逃げ出そうとするやつがいればそっちの方が怪しいからな」


 クリヴァールの命令する声と、慌ただしく駆けていく足音。そしてドアが閉められる音が聞こえてきて、ようやく息を吐き出すと、肺が空気を求めて何度も深呼吸をした。

 安心することはできたが、今の話を聞く限り、入り口に兵士が待っているこの状況では城を出ることは難しいだろう。

 どうにかしてこの城を出る方法ないだろうか。

 そう考えて部屋の中を見回していくと、ルビーの乗った暖炉が目に入った。



 ――そうだ! 秘密の出口を使えば出られるかもしれない!



 昨日、シャルロット様に教えてもらった秘密の出口。今自分が誰にも気が付かれないように城の外に出られる可能性があるとしたらここしかない。

 ふと暖炉の形状を思い出して、怖かったが中に首を突っ込んだ。

 まだ幼いシャルロット様でもでも十分手の届く位置、外からは見えないような内側に思った通り秘密の抜け道の鎖で吊るされた仕掛けを見つけることができた。

 それを引くとシャルロット様に見せてもらった様に秘密の抜け道が、思っていたよりも大きな音を立てながらぽっかりと口を開けていた。




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