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二 『脱出』


 体が揺さぶられて目が覚めた。

 誰だろう。そう思って目を開けると、誰の姿もなくただいつもの光景が目の前に広がっているだけだった。

 目だけを動かして周りを確認するが、あいかわらず異臭を放つ地下牢で、視界の端に映る自分の体にはいつものようにぼろきれを纏っているだけだった。


 ――また、誰かに起こされたのですか。でも、いったい何が起きて……。


 ゆすられていた感覚がなくなり、牢屋の前にはいつの間にか昨日と同じように兵士が何人かそこに立っていた。

 兵士が立っている、ということは今日も牢屋の外に出られるのだろうか。連日のように外に連れ出されるのはとても珍しいのに。

 例えそれがタルボットたちの慰めだとしても。

 昨日起き上がったおかげですんなりと起き上がることに成功し兵士の顔を見上げる。その中には昨日、私の事を知らなかった兵士の顔もあった。


「またシャルロット様がお呼びに……? それとも、タルボット……様ですか」


 何の答えもなく、錆びた錠前に鍵を差し込む音だけが響き、いつもと違う兵士たちの反応に嫌な予感を覚えた。

 兵士が鍵を開け終わり、腕の枷を使って無理やり起こされてしまう。訳も分からない間に牢屋から引き出されてしまう。


「ま、待って。何があったんですか?」


 今までなかったことに戸惑っていると、耐えられなくなったかのように昨日の兵士がケタケタと笑い始めた。


「なにかおかしいですか」

「いやなに。これからお前に起こることを考えると滑稽でさ。そう思わないか、兄弟」


 昨日の兵士が笑いながら隣の兵士に言うと「悪趣味だぞ……」とだけ返されて憤慨したように私に顔を向けた。


「いいか、よーく聞けよ。ついにタルボット様がお前をいらないと思ったらしい。ついにお前が望んでたこの世からおさらばってわけだ」

「私が望んでた……?」

「頭が悪いな。簡単に言えば、タルボット様はお前を処分するってことさ」


 処分、される。それは、もしかして……。

 徐々に言葉の意味と悪い想像が一気に流れ込んできて、目の前が真っ暗になっていく。

 それはつまり、考えるまでもなく、自分は殺されてしまうということだ。このまま死ぬということは、シャルロット様との約束も守れず彼女を傷つけてしまうことに他ならない。

 彼女との約束を果たせないまま死んでしまうという最悪の想像をし、一瞬で頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「あ、ああ……。ああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 あたりに悲鳴のような金切り声が上がり、のどが焼けるように痛くなる。痛くなって初めて、その声が自分の叫び声だったのだと自覚した。

 こんなところで死ぬわけにはいかない。必死になって藻掻いて、目の前に広がっていた兵士の壁に突っ込む。

 しかし、あっという間に硬い床に放り出され、背中と肩に激痛が走り、目の前には私のお腹の上に馬乗りになった兵士が息が上がっていて恨みのこもった目で私を見下ろしていて、ヒッと息がのどに詰まる。


「おい、黙れ。良く聞けよ! これで最後だとしてももううんざりだ! くそっ、何がシャルロット様のお気に入りだ、すぐに殺される奴隷のくせにたてつきやがって!」


 さすがに兵士の一人が見かねたのか、抑えつけてる兵士の肩を掴んで私からその兵士を引きはがそうとしているのが見えた。

 もみ合って鎧が擦れている金属音の合間に、かたかたと兵士の背後で何かが動く音が聞こえてきた。


「おい、まて。いい加減にしろよ! 奴隷とはいえ人間だぞ! タルボットが殺すことにしたとは言え、お前の態度は目に余るぞ!」

「知るもんか! いいか、こっちはタルボット様とクリヴァール様の命令でここに来てるんだ。お前のヒステリーに付き合ってる暇なんて――」

「おい!」


 兵士の怒鳴り声に、反射で腕の枷を盾にするように上げた。腕に鋭い衝撃が走り、皮膚が持っていかれるような痛みがして、周りの兵士たちの怒鳴り声が急に静かになってしまう。

 いつまでも襲ってこない衝撃に恐怖していると、ガシャリという金属が擦れながら落ちる石の音が響き、肩の痛みの代わりに体全体に重くなる。

 恐る恐る目を開けると、開ききった人間の目――先ほどまで私に馬乗りになっていた兵士の瞳孔があり、口もぽっかりと空きあたりにはいつもタルボットたちに流させられる血の匂いが漂っていた。 


 ぞくり、と背筋に寒気が走る。


 不思議と固まってしまった周りの兵士の目を盗んでゆっくりと兵士の体の下から這い出すと、のしかかっていた兵士の背中にはおそらく自分の物であろう剣が刺さり、驚愕の表情をたたえたまま倒れ伏しているのが見えた。

 いったい、何が起こったというのでしょうか。

 周りの兵士たちの視線が一か所に集まっていることに気が付いて彼らの視線を追う。

 先ほどまで兵士が立っていた場所の奥。湿気に満ちた牢屋の奥の暗がりから、からん、ころん。からん、かしゃり、と何か軽いものが動く音が響いてくる。

 目を凝らすと暗がりから、ボロボロの衣服のようなものをまとった骸骨の怪物――スケルトンと呼ばれる死者の魂が宿ったアンデッドの姿が複数体起き上がってくるのが見えた。

 それが何かに突き動かされたように地面に足を付きながら私たちの方へと進行し、


「す、スケルトンだああ!」


 兵士の一人が叫び、周りに混乱が広がっていくのが聞こえた。


 逃げ出そうとする兵士に勇敢に剣を構える兵士が居る中、私は呆然とその光景を見守ってしまう。

 と――。


「おい、お前ら。逃げろ!」


 声を張り上げた兵士を見ると、先ほど私の事を助けてくれた兵士だった。

 周りの兵士に行っても居たが、剣を暗闇に構えながらもこちらに視線を送っていて、しっかりと私の事を見つめていた。

 間違いない。彼は私に言ったようだった。


「いいから走れ! 魔物に殺されるぞ!」


 その声に、我に返った。



 ――そ、そうだ! 逃げなければ!



 怯えて対応する兵士たちの間をすり抜けて、私は館の中へと走り出した。

 兵士たちの怒号が聞こえてくる。体がその怒号におびえて足をさらに速く動かしていた。

 このまま捕まってしまえば、きっと私は殺されてしまう。それどころか、今襲って来た殺意があるスケルトンに襲われて、殺されてしまうかもしれない。

 どうあがいても、このままでは死んでしまう。

 そんなことを考えていると、足がもつれてしまい、慌てて壁を支えにしてなんとか走り続けることが出来た。

「はっ、はぁはぁ!」

 余りの恐怖に叫びだしそうになってしまうが、息が上がってしまって恐怖を緩和させるための叫び声も出すことが出来なかった。

 私は……私はこのまま――。



『城の外に逃げなさい』



 ふと、頭の中に誰かの声が聞こえてきた。

 慌てて牢屋の中を横目で見ていくが、中には人の姿どころか、いつもいる人たちの姿すらも見えず、不安に襲われる。


「だ、誰! 誰なんですか!」



『死者の巫女よ、逃げなさい。それが今あなたがしなければならない事なのです』



 誰かと聞いた声は届かなかったのか、今一度、謎の声に誘導される。

 ついに頭がおかしくなってしまったのかと混乱し、ついで響いてくる声に頭の中を圧迫されて割れそうな痛みで足を止めそうになってしまう。



『止まっては行けません。走りなさい、エトワール』



 名前を呼ばれてハッとする。

 そうだ、今足を止めれば、シャルロット様にお会いする前に死んでしまう。慌てて止まりそうになった足を喝を入れ、足を動かし続けた。



『そうです。シャルロットの部屋にある例の隠し通路を通って城の外へと逃げ延びてみせなさい。それがあなたの唯一の希望なのです』



 頭が割れそうな声に耐えながらも、必死に冷たい意志の床を蹴って牢屋の壁を進んでいく。

 すぐに上に上るための石段が見え、動物のように手を付きながらも上りきると、牢屋と同じような日の落ちた暗がりの続く廊下が伸びていた。




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