四 『邂逅の儀』
「ああ、給仕姿のエトワール様もとても素晴らしかったですけれど、こちらもとってもお似合いですわエトワール様。いいえ、巫女様」
私は最初に目が覚めた部屋――。巫女の部屋でアルデンスに着替えを手伝ってもらっていた。
これからこの神殿でとある儀式を行うとのことで、私には巫女の正装をしてほしいと言った彼らの言葉に従っていたのだ。
私がプロムシライの信徒に拾われてから、もう数日が過ぎていた。
ここでの生活は、なんというべきか。至れり尽くせり、の一言だった。
私が提案すれば運動ができる場所へ案内もしてくれたし、巫女様にと用意されている料理も農民や奴隷時代と比べ物にならないほど豪華なものを用意される。
疲労が溜まったところを欠片でも見せれば、あっという間にベッドメイクされ、ねぎらいの言葉を駆けられてしまう。
文句など言えば、私はきっとすべての人たちに殺されてしまうだろう。
しかし……。
私は、いまだに巫女という立場に就くことに対して、違和感を拭うことが出来ずにいた。
巫女になってから今日まで、神官たちへの挨拶や例のテラスで信徒たちに手を振ったり、祈りのまねごとをしながら座っていることばかりで、自分が巫女だという実感は何もなかったからだ。
どうして、この人たちが私を選んだのだろうと思うと、不信感を募らせずにはいられないというのも事実だった。
それに、多少なりとも嫌な顔をされるかと思えば、神官長と紹介された老人にも、側近であると言われた他の巫女付きの神官にも嫌な顔をされるどころか、まるで待ち望んでいたとでも言わんばかりの歓声と宴で歓迎をされてしまったのだ。
食事も味のしないスープなんてものは無く、近くの牧場で取れた肉を焼いたものや、きちんと煮込まれた野菜のスープが出されてしまった時は何かの間違いじゃないかとも思うほどだった。
マナーなんて言うまでもなく、皿から直接飲もうとしたときも、スプーンの使い方を教えてくれた神官たちは嫌な顔一つしなかったのも不気味でしようがなかった。
何日経とうと、彼らの態度に慣れることは出来なさそうだった。
向こうはそんなことは気にしてないようではあったが。
「これでよし、ですわ。胸元と腰下周りはきつくありませんか?」
そんなことを考えていたら、アルデンスさんに手伝ってもらっていた着替えが終わったようだった。
体を左右に回してみたり腕を広げてみるが、動くということに関してはなにも問題がなさそうだった。……ある一点を除いては。
巫女の衣装。ということだったのだが、布地が体の前後を覆っていて、局所がめくれないように鉄のバックルと革製のベルトで止められているだけ。
城を出るときに持ってきた下着は付けてはいるが、それを覗いたら一糸まとわぬ姿、と言っても過言ではなかった。
これではまだ全身を隠せていた奴隷時代のボロ布のほうがましだった気さえする。
そして当面の問題は胸元がやけに開いていて、ベルトのおかげで見える心配はないこそないものの、これでは自分のつつましさのおかげでいたたまれない気持ちになる。
少なくとも外に出ることはしたくなかった。
「え、ええはい。胸元は特にすっきりとしています……」
「あら、申し訳ありませんわ。先代しか合わせる御方が居らっしゃらなかったので……次までにエトワール様に合うように仕立てさせていただきますね」
「着替えの準備は終わったか、アルデンス」
妙な敗北感にさいなまれていると、アルデンスさんの着付けが終わったのを見計らったかのようにドアが叩かれ、ドア越しにハイドさんの声が聞こえてくる。
「ええ、ええ! とてもお綺麗ですわ。許されるのならぬいぐるみにして飾りたいほどです、巫女様!」
「な、なんだか物騒なぬいぐるみになりそうですね、アルデンスさん」
「そうですか? 切り取った布を縫い合わせて中に綿を詰めるだけでも十分可愛らしいものになるものですよ」
「それは本当に普通の布と綿なんですよね」
「ええ、もちろんですわ。それ以外に何かありましたか?」
何故だろうか。ここ数日で思ったことなのだが、アルデンスさんはどこかタルボットやクリヴァールに近い気配を感じる機会が少なからずあるのだ。
本当に皮の人形でも作られてしまいかねない。
アルデンスさんの興奮したような声を聞き流しながらも、改めて自分の格好を見下ろしす。
こんな格好ではアルデンスさんならまだしも、異性であるハイドさんに見られると思うと恥ずかしさしかない。
どうしても他人の目が気になってしまって、ちらりとハイドさんを見る。
しかし、さすがは元騎士といったところか。ちらりと私の身なりを確認しただけで動揺したところも見せずに「お似合いです」とだけ返してきた。
自分が異性に慣れていないので、紳士ともいえるハイドさんの対応をされると逆にドギマギとしてしまいそうになる。
これでは恥ずかしがっている自分が間違っているようだ。
気恥ずかしさから目をそらしたくて、今日やることの予定を確認することにした。
「あ、あの、今日やるという儀式は何をするのでしょうか」
私がそう聞くとアルデンスさんが「あら!」と言って手を叩いた。
「巫女様もついに私たちのことに興味を持っていただけましたか?」
「え、ええまあ。そんなところ、です」
嬉しそうに言われてしまって、本当は恥ずかしさを少しでも隠したいからなんておくびにもだせなかった。
つっかえながらも答えるといつもの表情のままアルデンスさんは頷いた。
「ふふ、では僭越ながら、このアルデンスめが……。おほん、今日予定している儀式は邂逅の儀と申しまして、巫女様が担う重要な行事の一つとなっていますわ」
「かいこう、ですか?」
聞いたことのない言葉だった。ハイドさんを見るとうんうんと頷いているところを見ると、どうやらその通りの説明らしい。
学がない私のことを気遣ってくれたのか、アルデンスさんは説明を続けてくれた。
「はい。プロムシライ様は生と死を左右する忘却を司っておられる神であり、同時に現世への思いを忘れられないアンデッドを司る神でもあります。ここまではよろしいでしょうか」
この神殿に来て何度もしてもらった説明にうんうんと頷いた。
それはこのコアコセリフ国に限った話ではなく、山の向こうの宗教国と呼ばれるエルタニア教国やその隣国のタルカス帝国でも認知されているとすでに教えられた。
アンデッドの神として忌み嫌われる神としてではあるが、有名であるのは間違いない。
「さすが巫女様。覚えてるのが早いですわ。このアルデンス感激してしまいます」
「や、やめてください。子供じゃないんですよ?」
「ふふっ、それでは邂逅の儀についてなのですが、今回の儀式はそんな思いを置いて逝かざるを得なかったアンデットたちの願いを巫女様が直接聞き、成就ないし記録をする手続きを行う儀式です」
「それがかいこう、なのですか?」
「いえ、邂逅は……、ん、要は願いを忘れられないアンデットたちと直接会話をして、願いを聞いてあげる儀式となっておりますわ」
「アルデンス、神聖な儀式の説明をそのような言葉で表現するのはいただけないぞ」
「だめですわハイド。どのような言葉で着飾っても相手に伝わらなければ意味がありませんもの。巫女様には申し訳ありませんが、難しい言葉を使うよりも彼女にとって分かりやすい言葉を使うべきですわ」
「それはそうだが。それならば巫女様の教育を――」
「いえ、それでは今日の儀式が滞って――」
説明を必死に聞いていると、突然目の前でアルデンスさんとハイドさんが喧嘩を始めてしまった。
止めようにも、ヒートアップしすぎて私の事も見えていないので、たぶん止められない。
加熱する二人をよそに説明された内容を噛み砕きながら考えることにした。
――邂逅の儀。死者の願いを聞く、ですか。
それを邂逅の儀式というのは初めて知った。それが邂逅というのであれば、私はきっとたくさんの人々と邂逅していたのかもしれない。
なんとなく、彼らの言っている邂逅とは違う気がするのだけど……。
「……様。巫女様?」
ぼうっと考え事をしていると、いつのまにかハイドさんとアルデンスさんのやり取りは終わっていたらしく、アルデンスさんが私に話しかけていたようだった。
「は、はい? なんでしょう、アルデンスさん」
「大丈夫ですか? お加減がすぐれないようでしたらお部屋にお戻りいただいても……」
「いえ! ただぼうっとしていただけなので、大丈夫です」
「そうですか……では、今回のご説明をいたしますわ。場所はまだご案内できていない神殿の更に奥にある祈りの間へと足をお運びいただきます。儀式の際、危険も伴う可能性もありますのでハイドも控えることをお許しください」
「ハイドさんと、ですか?」
「この老体ではご不満でしょうか、巫女様」
「い、いえ。そうではなくて……」
ただ単に恥ずかしいだけ。
それをどうやって伝えるべきか、悩んでしまう。
ここ数日。彼らは私の他愛のない言動一つで一喜一憂する姿はもう慣れてしまうほど見てきている。私が恥ずかしいと言えば、少ない女性神官がすっ飛んできて、私に跪くかもしれない。
私程度にそこまでしてもらう義理はないし、なにより気が引けてしまう。
だから、恥ずかしいと伝えるにも言動を考えなければ。
慣れない思案をしていると――ハイドさんの癖なのだろうか――、ずいっと近づいてきて、真剣な面持ちで顔を近づけてくる。
「昔の場所ではどうだったかはわかりませんが、ここでは遠慮などなされないでください。我々としても貴方にすがるしかない。小さいことで貴方の気分を害するわけにはいかないのです!」
「あ、あのですからその……」
「巫女様!」
だから近い、近いのです。ハイドさん。
ずんずんと音が鳴りそうな勢いでハイドさんが私の方へと近寄ってきて、後ずさりを強いられてしまう。
断れず部屋の壁まで追い込まれていると、間にアルデンスさんが入って「駄目ですよ、ハイド」と言って止めてくれた。
「お役に立ちたいという騎士の本能は分かりますが抑えてくださいハイド」
「む、しかしだなアルデンス」
「分かります。とても分かります。あなたの気持ちは痛いほど伝わってきます。ですが、まずは落ち着いてください。巫女様もハイドの圧で言葉に詰まっておいでですわ」
「う、うむ……」
アルデンスさんのおかげでハイドさんは身を引いてくれて、ようやく一息つくことが出来た。
服がずれてつつましい胸が晒されていないかをチェックしていると、くすくすとアルデンスさんの笑う声が聞こえる。
「申し訳ありません巫女様。私も女の身である故、お気持ちはお察しいたします。ですが、この任はハイドが適任なのです」
「適任。はい、一番合っている、ということですね?」
「ええ。それに邂逅――直接会ってお話をすると言ってもそこに居るのは死者と巫女様。いくら心を通わせたところで危ないことになる場合もありますの」
「それは……はい。死者は生者に引き寄せられるもの。心得ています」
「はい。ですから巫女付きの神官の中でも、一番腕の立つ彼にお願いした方がなにかと不都合が無いのです。……ご理解いただけましたでしょうか、巫女様」
どこか申し訳なさそうに手を合わせたアルデンスさんから目をそらし、少しだけ考える。
危険な事。自覚はなかったが、確かにそれが危険だというのなら、元騎士であるハイドさんを連れていくのは一番良いことなのかもしれない。
しかし、儀式のたびにこんな格好をして異性の前に出るのは気が気ではないじゃないか。
いくら相手が紳士たる元騎士であったとしても、だ。
「で、ではこれから何度か邂逅の儀があるというのであれば、数回だけハイドさんを連れて行きます。その後は……。その、私の判断でも良いでしょうか。危険が無ければ、私はハイドさんではなく別の方を連れて行きたいです」
「それはご命令でしょうか」
からかうように笑うアルデンスさんを見て、見透かされているなとつくづく思ってしまう。きっと自分が命令を出すのに慣れてないということにとっくに気が付いているのだろう。
「はい、巫女としての命令です。そ、その。駄目でしょうか」
「ふふ、ご随意に」
恭しく礼をするアルデンスさんから視線を外してハイドさんに視線を合わせると、彼も頷いて部屋のドアを開けると「こちらです」と案内を始めてくれる。
少々の不安と、なにをするのだろうという好奇心に襲われながら、彼らの案内の通り、祈りの間へ歩みを進めるのだった。




