優しく愚かなロゼリンド
夜闇よりなお深い漆黒の闇の中で途切れることなく泣き腫らす少女が膝をついて座り込んでいた。
そこには彼女以外に何も見当たらない。
闇よりなお深い闇の中、彼女だけが色を失わずに存在している。
彼女は小さな声でブツブツと何事かを呟いている。
その声は闇に紛れて聞こえないが、あえて説明するとすれば、彼女が何度も口にしている言葉は「ごめんなさい」という謝罪の言葉だ。
何度も繰り返し虚空を見つめながら何かに対して謝罪を繰り返している。
その姿は痛ましいようで、しかし、その美貌はある種の美しささえ身に纏っている。
これを写真に収めたのなら、見た人は思わずその美しさに溜息しか出せなくなることだろう。
誰も彼女のことを知らないが、彼女の名前だけは知られている。
【無間のロゼリンド】
この世界の人々は、彼女のことをそう呼び、伝承として語り継いでいる。
人々はその伝承を知るのみで、彼女がこの暗闇の中で今もなお苦しみ続けていることを知らない。
彼女の苦しみを知らない。彼女の苦しみを糧に生きていることを知らない。
人類は彼女を犠牲することで辛うじて生き延びているに過ぎなかった。
ゲームの設定として彼女の所属を示すのなら、八つの鍵の一つ、世界を次へと進める扉でもあり、世界の謎の根幹でもある一柱。リミテッドモンスターの一角である。
けれど、そうである前に、彼女はこの世界を生きる者の一部でしかない。
役割を与えられど、この世界で生きていくことを認められた一個の命に過ぎない。
与えられた役目は所詮は役割でしかない。彼女は放棄しても良かったのだ。
役目を与えられど、最後にその道を選んだのは彼女だ。そこには、彼女の意思以外の干渉は一切存在していない。
彼女は選ばなくても良かったことなど、知るはずもない。
苦しみたいなどと思ってもみないことだ。
誰だって幸せに生きたいし、彼女も幸せになりたかった。
だけど、彼女は知ってしまったのだ。やがて世界を襲う悲劇の未来を。必定の終末を。
そして、彼女だけがその結末に抗うことを決意した。彼女以外にも、未来を知った人はいた。しかし、誰も運命に抗することは選ばなかった。
それを選べば戻れないことも、永遠を彷徨うだろうことも、未来の記憶がそれを教えていた。
それでも彼女がそれを選んだのは、決して誰かのためではなかった。
彼女には失うものなど最初から何もなかったのだ。
何もないからこそ、自らのなすべき使命があるのだと信じたかった。
何もないからこそ誰かの役に立ちたかった。
彼女にあった動機は認められたいという欲求でしかなかった。
しかし、世界の運命に挟み込まれた栞は、栞という役割から外れることはできず、世界の終わりを回避することもできない。
彼女が茨の道を踏みしめたところで何も変わらなかったのだ。
世界の結末は避けられない。彼女は見ていることしかできない。
彼女がごめんなさいと謝り続けるのはそのためだった。
謝ることで少しだけ心が救われるような気がしたのだ。
しかし、その謝罪の言葉は誰にも届くことはない。
この暗闇がそれを象徴している。
暗闇は彼女が無限と交わした契約であり、彼女を微睡へと誘う鎖だ。
それは彼女が見る夢であり、未来の悲劇を映している。
けれど、彼女がいる限り、その悪夢は決して訪れることがないだろう。
それが彼女自身が定めた無限の代償であり、恩恵だった。
暗闇に一人、幾星霜の時を過ごした。
尽きることのない孤独と、約束された結末。
そして、今一筋の光が闇の中を通り過ぎたのを彼女は確かに見た。
それは誰が見せた夢か幻か、再び彼女の世界は闇に覆われたが、彼女の瞳に希望が燦然と輝きを宿した。
「ありがとう」
きっと何かが変わり始めたのだと、そう思うと、自然と彼女の言葉から感謝が溢れだしていた。
微睡みの終わりは未だ程遠い。