結婚はお断りです! 4
意味がわからない。
本当に、意味がわからない!
アリシアは城で与えられた部屋のベッドの上で、枕を抱えてごろごろと寝返りを打った。
アリシアは結婚を了承していないというのに、すでに結婚式は一か月後に手配されていた。
ジーンが暴露したあと、アリシアは怒り心頭でフリーデリックを締め上げたが、鍛え抜かれた騎士団長には何のダメージも与えられなかったことだろう。
むしろ、ジーンに「男なら一か月で口説き落として見なさい!」とハッパをかけられたフリーデリックが開き直り、「このひと月の間に、君を頷かせて見せる!」と息巻いたのだから頭を抱える。
(まったく、冗談じゃないわ!)
正直言って、この結婚に妥協したところで、アリシアの悪徳令嬢というレッテルがはがされるとは思えない。
結婚とは聞こえはいいが、実質この城の中での幽閉生活だ。死と幽閉とどちらがいいかと言われれば悩みものだが、しかしアリシアはフリーデリックと結婚するつもりは毛頭ない。
あれだけ人を追い回しておいて、手のひらを返したように求婚してくるなんて、厚顔もいいところだ。
ごろん、と寝返りを打つ。
部屋の中は広く、調度品はすべて新しかった。
ベッドにかかる天蓋は真っ白なレースで、カーテンも白。モスグリーンのソファの上にはやはり白いクッションが並び、ドレッサーも壁も本棚も、全部白。ところどころグリーン系で色味が添えられている以外は、ここまで白に統一するかとあきれるほど真っ白だった。
どこかで、アリシアは白が好きだと聞いたのだろうか。まさか、そんなはずはないか。
白いシーツの上で、アリシアは転がる。
もしも――、アリシアに悪徳令嬢というレッテルがなく、フリーデリックに追い回されていなかったのなら、求婚は断らなかったかもしれない。
小説と現実では違うのかもしれないが、小説の中で描かれていた彼は、男らしくてでも少し小心者で、とても優しかった。
王女ユミリーナへの恋心を胸に秘めて、遠くから見守るその姿に心打たれたのだ。
(そう! そうよ! フリーデリックはユミリーナが好きなんじゃない!)
アリシアはハッとした。
フリーデリックが愛しているのはアリシアではなくユミリーナ。そもそも、この時点でアリシアに求婚してきた意味がわからない。彼がアリシアを好きなはずはないのだ。
アリシアはバッと上体を起こした。
「わかった! ユミリーナを守るために求婚してきたのだわ!」
アリシアは処刑されるはずだったが、アリシアを魔女呼ばわりしている一部の人間が、処刑されたあとのアリシアの呪いがユミリーナに降りかかるのではないかと噂していたことを知っていた。
きっと、その眉唾物の噂を信じて、アリシアを処刑せずにユミリーナから遠ざける方法を考えたに違いない。
アリシアを結婚と言う枷で縛り、この地に幽閉して監視下におけば、ユミリーナに危害は加えられないと踏んだのだろう。
切ない恋心を抱えてユミリーナを守ろうとする健気なフリーデリックの考えそうなことだ。
(なんて自己犠牲的……、でも、これしか考えられないわ)
だとすれば、フリーデリックと絶対に結婚してはいけない。
アリシアも不幸だが、フリーデリックもとても不幸だ。アリシアがいなければ、ユミリーナへの失恋の痛手はじきに癒え、素敵な女性に巡り合う未来もあるだろう。
しかし、アリシアに縛られてしまっては、そんな未来もやってこない。
アリシアは枕を抱えたまま考え込んだ。
結婚式は一か月後に決定している。どうすればいいのか。
(……一か月、か)
逆を言えば、アリシアにも一か月ある。
悪徳令嬢と呼ばれ、ずっと息を殺して生きてきた。それでも追いかけられ捕えられて、そのたびに証拠がないと釈放されたけれど、世間の目は冷たかった。
悪徳令嬢と呼ばれてから、誰もアリシアに優しい言葉をかけてくれたことはない。
(ジーン……、優しかったな。使用人のみんなも)
久しぶりに優しい笑顔を向けられた。
避け続けられたアリシアは、もう少しだけ誰かに優しくされたいと思ってしまう。
「一か月……、自由にしていいのかしら」
フリーデリックは、この領地から出なければ自由にしていいと言っていた。城の中でも、近くの町に出かけてもいいらしい。
アリシアには、その自由という言葉がまぶしかった。
(一か月、一か月だけ……。もう少し生きてもいいかな?)
そして、一か月後の結婚式まで断り続けて、結婚式直前で崖から飛び降りよう。崖の下は波が強かったし、きっと遺体は上がらない。誰の手を煩わせることもないはずだ。
これは非常にいい考えのように思えた。
アリシアには一か月の自由が与えられて、フリーデリックの未来を縛ることもない。
(我ながらいい考えだわ!)
アリシアはすっきりすると、枕を抱えて眠りについたのだった。
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