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エピローグ

「結婚式だというのに、最後までばたばたしてしまったな」


 夜――


 アリシアはフリーデリックと並んでソファに座り、ハーブティーを飲みながら酔いを醒ましていた。

 本日はじめて入る夫婦の寝室である。

 ちらりと視界に入るベッドの上には、温室で育てられた薔薇の花が散らしてあって恥ずかしい。


 結婚式の参列者たちは、まだ階下で宴会中だ。

 フリーデリックとアリシアも参加していたのだが、新婚は早く二人きりになれと半ば強引に追い出されてしまった。

 もう何か月も一緒に暮らしているけれど、これからは同じ部屋で眠るのだと思うとくすぐったい。


「しかし、君の行動力には驚かされたよ」


 フリーデリックが思い出したようにくすくすと笑いだして、アリシアは顔を赤くした。


 結婚式の前――


 ユミリーナがアリシアに紛してラジアンのもとに向かったあの時。

 アリシアがとった行動は、決して褒められたものではなかっただろう。

 ジョシュアを部屋から追い出すことに成功したアリシアは、そーっと部屋から抜け出して、向かったのは城にある第二キッチンだった。

 広い第一キッチンでは結婚式の料理の用意で大忙しだが、そのせいで第二キッチンには誰もいないことをアリシアは知っていたのだ。


 ユミリーナばかりに怖い思いはさせられないし、ただ黙って何もかもが終わるのを待っているのはどうしても納得がいかないし心配で仕方がなかったアリシアは、こっそり様子を見に行くことにしたのだ。

 けれども、暢気に丸腰で向かってあっさり捕まりでもしたら足手まといだし、かといって剣は使えない。どうしようかと考えたときに、アリシアでも使えて意外と威力のありそうなものを思い出した。


 そう――、フライパンである。


 そこそこ重たいし、振り下ろせば多分相当なダメージを与えられるであろう存在。

 これならアリシアでも安全に使えるし、持ち歩いていても多分武器だとは思われない。

 アリシアは第二キッチンから手ごろなフライパンを一つ拝借すると、こそこそと城から抜け出した。途中、使用人の何人かとはすれ違ってしまったが、頼まれてフライパンを運んでいると言えば、意外にもあっさりと頷かれた。主役はできればおとなしくしていてくださいねと笑われてはしまったが。

 普段からアリシアがちょこちょこと城の中を動き回っていろいろ手伝っているせいか、使用人たちはアリシアの行動を咎めない。おかげですんなり城から抜け出すことに成功したアリシアは、ラジアンの手紙で知らされていた場所まで向かい――そこで、ユミリーナの首元に短剣を突きつけているラジアンの姿を見たのだ。


 そのあとは、フリーデリックも知っての通り、彼の背後に回って、今までの恨みも込めて一発お見舞いしてやったのである。

 予想外だったのは、アリシアが思っていた以上にフライパンの威力があったことだ。

 ラジアンが昏倒してぴくりとも動かなくなった時は、殺してしまったのかと思ってちょっぴり焦ってしまったほどだった。


「君のあのスッキリした笑顔は一生忘れないだろうな」


 フリーデリックにしみじみと言われた、アリシアはさらに赤くなった。


「だって……、なんだかいろいろ思い出してしまって」


 アリシア自身のこともそうだが、ユミリーナを苦しめ気づつけたことも許せなかった。

 ユミリーナ自身も、あのあと、地面に転がってしまったラジアンを見下ろして、「わたくしも殴りたかったですわ」と悔しそうに言っていたのを思い出す。

 ラジアンはそのあと捕えられて、フリーデリックとアリシアの結婚式は予定通り執り行われたが――


「まさか陛下が頭を下げるなんて」


 結婚式を終えて、パーティー用のドレスに着替えるために控室に下がったアリシアのもとにやってきたのは、国王ブライアンだった。

 ブライアンはなぜか頬に引っかき傷があって、それをさすりながら現れると、アリシアを見て頭を下げて今までのことを詫びたのだ。

 王妃マデリーンに言わされたのかとも思ったが、どうやらそうではなく自主的に来たらしい。さすがに今回のことは堪えたようだ。


 ちなみに、頬のひっかき傷はマデリーンによるものだと教えてくれたのはユミリーナだった。

 マデリーンはラジアンにひどく腹を立てて、国に連れ帰られる前に一発殴らせろと騒ぎ出したらしい。だが、いくらラジアンに恨みがあると言っても、さすがに隣国の王子を好き勝手に殴らせるわけにもいかず、国王として止めに入ったブライアンが、邪魔をするなとかわりに引っかかれたらしかった。


「すべて終わってしまえばあっけなかったというか……、むしろ今までどうしてラジアン王子を疑わなかったのかしらって不思議に思いますわ」

「まあそれは……、さすがに自分の婚約者に毒を盛るとは思わないだろう」

「まったく」


 アリシアは頷いて、コトリとティーカップをおく。


「でも、これでようやく安心できますわ」


 思えば長かった。

 すべてを諦めたあの日、絶望の淵にいたアリシアだったのに、気がつけばこんなに幸せになっている。

 これもすべて、隣で微笑んでいるフリーデリックの――、夫のおかげだ。


 最初はどうしてこんな男と、と思っていた。

 絶対に結婚するものかと思っていた。

 まさか、好きになるなんて思っていなかったけれど。


 フリーデリックが少し赤い顔でアリシアの手を握る。


「その……、もう、休まないか?」


 相変わらず照れ屋で、誰よりも優しい彼となら、きっとこれからの人生に何があっても大丈夫――、そんな気がする。

 手を握り返して、アリシアが頷くと、フリーデリックがそっとアリシアを抱きかかえた。

 突然横抱きにして驚いたけれど、それは一瞬で――、アリシアはフリーデリックの首に腕を回すと、その頬に唇を寄せる。


「これからもよろしくお願いいたしますわ、旦那様」


 アリシアが微笑むと、フリーデリックは耳まで真っ赤になって、それから、そわそわと視線を彷徨わせた後で、アリシアの唇にそっと触れるだけのキスを落とす。


「俺はもう騎士団長ではないけれど、君を一生守る騎士でいると誓う」


 その少し硬い口調がおかしくて、アリシアは声を出して笑ってしまった。



(ああ、幸せね……)



 悪徳令嬢と呼ばれた自分の人生も、それほど捨てたものではなかったのかもしれない――、アリシアはフリーデリックの腕の中で、そっと目を閉じた。


お読みいただきありがとうございました!

これにて完結となります。

面白いと思っていただけたら下記☆☆☆☆☆にて評価いただけると幸いです(*^^*)

よろしくお願いいたします。

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