決着の結婚式 3
「あなたなんて、大嫌い!」
ラジアンが茫然とした表情を作ったのは一瞬だけだった。
目の前のウエディングドレス姿の女が実はアリシアではなくユミリーナと知ると、彼はユミリーナが今まで見たことがないほどに冷たい目をして笑った。
「これはこれは姫。どうしてあなたがここにいらっしゃるんでしょうか」
「それはわたくしのセリフですわ!」
「おや、僕がどうしてここにいるのか、それは先ほどお話ししたかと思いますが?」
ラジアンに取り繕う気はないらしい。
ユミリーナがカッとなって手を振り上げたが、振り下ろす前にラジアンによって手首をつかまれてしまった。
「ただの夢見がちな姫かと思いましたが意外にも行動力がおありのようだ。だが、浅慮と言わざるを得ない。女の身で単身で乗り込んできて、一体どうなさりたかったのでしょうかね。まったくあなたは愚かだ。だから何度も毒で苦しむことになるんですよ」
冷たい微笑みとともに伝えられる刃のような言葉に、ユミリーナは唇をかむ。
「……全部、あなたが……」
「ええ。あなたの愚かな父上は、あなたが苦しむたびにアリシアを疑った。居場所のなくなった彼女を手に入れようとした矢先に忌々しい男が表れましたが、それはもういい。アリシアはどこです。あなたがその姿でここにいるということはアリシアも知っているんでしょう? 彼女をここへ連れてきてください」
「アリシアは来ないわ! あなたなんかに渡さない。それに、わたくしにこんな仕打ちをして、ただですむと思っているの? すぐに捕えて――」
「おや、証拠もなく他国の王子を捕える権利がおありだと? あなたがいくら発言したところで、僕に捨てられた逆恨みだとどうして言えましょうか」
証拠もなく他国の王子を断罪しようとすれば大きな外交問題になる。
わかっている。わかっているから――、この方法を選んだのだから。
ユミリーナがゆっくりと俯く。
ラジアンは彼女が諦めたと思ってニヤリと口端を持ち上げた――、その時だった。
突然馬車の扉が乱暴に開け放たれて、そこに現れた白のタキシード姿の男にラジアンは息を呑んだ。
フリーデリック――
あともう少しのところでアリシアをかっさらって行った、忌々しい男――
「ラジアン王子、捕縛させていただく」
フリーデリックは、鋭くラジアンを睨みつけた。
☆
アリシアに扮したユミリーナがラジアンの待つ馬車に乗り込むのを見届けて、フリーデリックは動いた。
ギーニアスの手引きで、あらかじめラジアンの馬車の御者には見方を潜り込ませてある。
ラジアンは今回目立たずにアリシアを攫って行こうと考えていたため、護衛は最低限。あらかじめ配置しておいた兵士たちの手によって、それらはすべて捕縛済みだ。
物音を立てずにゆっくりと馬車の周りを包囲して、フリーデリックはちらりと周囲に視線を投げた。
そこにはギーニアスとディアスの姿がある。
一国の王子を捕縛するのは簡単ではない。だが、ギーニアスが事前にラジアンが使った侍医からの証言を得、エルボリスの国王には許可を得ていた。あとは言い逃れできない状況で彼を捕えることができれば、――すべてが、終わる。
フリーデリックはギーニアスとディアスに目配せをして、馬車の扉を乱暴に開け放った。
「ラジアン王子、捕縛させていただく」
アリシアはこそこそと部屋を抜け出したあと、ラジアンの馬車が止められているあたりへ急いでいた。
すべての作戦が終わるまで、アリシアは部屋でおとなしくしているように言われていたが、ユミリーナ一人を危険にさらしておとなしくしておくことなんてできない。
フリーデリックのことは信頼しているけれど、それとこれとは別の話だ。
今回の件についてアリシアは当事者であり――もっと言えば、アリシアがうまく立ち回ることができていれば、ラジアンがこんな無茶なことをすることもなかったはずだから。
アリシアがラジアンの馬車が止められている場所にたどり着いたとき、アリシアは馬車のそばでユミリーナを盾にしているラジアンの姿を見た。
周囲をフリーデリックたちや兵士が取り囲んでいるが、ユミリーナの首に腕を回したラジアンは薄く笑っているようにも見える。
(……ユミリーナを盾にして逃げるつもり?)
この期に及んで、さらにユミリーナに危害を加えるつもりなのだろうか。
さんざん心をもてあそんで、毒で苦しめてきた、仮にも婚約者である女性に対して、どうしてそこまで非情なことができるのだろうか?
アリシアはきゅっと唇をかみしめて、近くにある小さな雑木林の中に身を隠した。
「いいのか? 大切な王女様が儚くなってしまうよ?」
ラジアンはユミリーナを背後から羽交い絞めにして、その首元に短剣を突きつけていた。
王女を盾に取られて、フリーデリックはギリギリと歯噛みする。
馬車は完全に包囲していて、ラジアンはどこにも逃げるところはないというのに――、あと少しの距離を縮めることができない。
「ラジアン、あがいたところで君は逃げられないよ」
ギーニアスが冷ややかに告げるが、ラジアンはそんな異母弟に一瞥を投げただけで答えなかった。
下手に動けばユミリーナが危ない。
フリーデリックが腰の剣に手をかけたままどうするべきか悩んでいたその時――、視界に何かが横切って思わず息を呑んだ。
(ア―――)
フリーデリックが顔を変えた瞬間、彼女はシッと口元に指を押し当てる動作をした。
フリーデリックは青くなったが、彼女から視線を逸らすと、何事もないふりを装って前を向く。
「王女を殺されたくなければ――」
フリーデリックたちが動けないのを確認したラジアンは、自身の優位を悟ってニヤリと笑った。
だが、その時。
「ユミリーナ!」
ディアスが叫んだ、その直後だった。
「いい加減になさいませ‼」
叫び声とともに、ガン! と大きな音が周囲に響き渡る。
フリーデリックは走り出し、よろめいたラジアンからユミリーナを助け出したが――、ラジアンを警戒して視線を下に向けて、唖然とした。
「……アリシア、やりすぎじゃないのか?」
意識を失ってその場に昏倒したラジアンの背後で、両手でフライパンの柄を握りしめていたアリシアが、笑った。
それはもう――、怖いくらいに、鮮やかに。







