決着の結婚式 2
結婚式、一月前――
「そんな……、いくらなんでも……」
フリーデリックの執務室に呼び出されたアリシアは、思わず言葉を失った。
アリシアが執務室を訪れたとき、執務室にはジョシュアとディアス、それから、見たことのない青年がいた。黒髪に青灰色の瞳をした彼を見たとき、誰かに似ている気がすると思ったが、エルボリスの第二王子のギーニアスだと紹介されて合点した。目元のあたりがラジアンに似ているのだ。
だが、雰囲気はラジアンとは全然違う。
腹の底が読めないラジアンとは異なり、人懐っこい印象だ。騎士団に所属しているというだけあって、背が高くてたくましい。男性にしては細いラジアンと並ぶと体格の差がわかるだろう。
アリシアが部屋に入ったとき、ギーニアスはアリシアの手の甲にキスを落として挨拶をしてくれたが、優雅さについてはさすが王子と言ったところだった。
そして、アリシアが席につくなり聞かされた話に、アリシアは絶句してしまったというわけだ。
「そんな……、だって」
「間違いはない。ギーニアス殿下が侍医にすべてを吐かせたし、ほかに証拠も見つかった」
フリーデリックがアリシアを落ち着かせるようにそっと背中を撫でる。
アリシアはギーニアスを見た。彼は困ったように眉尻を下げたが、首を横には振らなかった。
「でも……、ユミリーナは、ラジアン王子の婚約者なのに」
「それ自体、お前を手に入れるためだったんだ」
ディアスが忌々し気に吐き捨てる。
「ディアス……」
「悪かった。もっと早くに俺が帰って来ていればよかったんだ。そうしたらお前に、あんなつらい思いをさせなかったのに。……ユミリーナも、傷つかずにすんだんだ」
「ディアス、ユミリーナにも、もう……?」
「ああ。もう告げた。お前に毒を盛るように裏から指示をしていたのは、ラジアンだと。ユミリーナに毒を盛って、アリシアを追い詰め孤立させたのはお前の婚約者だと、伝えた」
アリシアはきゅっと唇をかんだ。
アリシアはいい。それが本当ならば、アリシアを何年も苦しめたのはラジアンということになるが、それでもいいのだ。なぜならアリシアはラジアンに何の感情も抱いていない。ただ腹が立つだけ。でも、ユミリーナは?
(……ラジアン王子のことを、本当に好きだったのに)
愛していた婚約者が、実は自分に毒を盛っていた犯人だと聞いて、ユミリーナはどう思っただろう。それが、ほかの女を手に入れるためだったと知って、どれほど傷ついたか。
アリシアがうつむくと、慰めるようにディアスが頭を撫でてくれる。昔から実の妹であるユミリーナと同じように可愛がってくれていたディアスの手は温かく、少しだけたどたどしい。
「ユミリーナは大丈夫だ。最初はショックで食事すらとれなかったが、ようやく落ち着いた。今は、お前に悪かったと伝えてほしいと言っていた。自分が気づいていればお前に苦しい思いをさせなかったのにと」
アリシアはふるふると首をふる。
「ユミリーナは悪くないですわ」
確かにつらかったが、もう過ぎたことだ。それに、ユミリーナは何も悪くない。彼女も被害者だ。毒を盛られて苦しんでいた分、アリシアよりもつらかったはずだ。
「それで、ラジアン王子は……」
「残念ながら、今手元にある証拠だけでは、ラジアンを拘束するのは充分じゃなくてね。ましてや、あれで頭も切れるんだ。こちらが下手に証拠をつかんでいるとばれては、対策を打ってくる可能性が高い。そうなればラジアンを拘束するどころか、こちらが不利になる可能性だってある。だから」
ギーニアスがぐしゃぐしゃと髪をかきむしりながらジョシュアを見た。
ジョシュアは眼鏡を押し上げながら、薄く微笑む。
「だから、言い逃れできない状況で捕らえるしかないんです。もちろん、協力してくれますよね?」
ジョシュアとの付き合いはそれほど長くはないが、どうしてだろう、彼の微笑みに嫌な予感を覚えたアリシアだった。
☆
(まさか、こんなことになるとは思わなかったわ……)
ステビアーナ城の一室で、アリシアははあっとため息をついた。
ジョシュアの作戦は、アリシアがラジアンになびいたふりをして手紙を送り、迎えに来たラジアンをアリシアが糾弾させて、罪を吐かせるというものだったはずだ。
だが、いつの間にか作戦がユミリーナにばれて、作戦変更。
決行はアリシアとフリーデリックの結婚式当日で――
(まさか、ユミリーナと入れ替わることになるなんて)
そう。アリシアは今、銀髪のウィッグをつけてユミリーナに扮していた。もちろん顔を隠していないので見られればアリシアだと気づかれるだろう。だが、この部屋にはアリシアのほかにジョシュアしかいない。フリーデリックは花婿なので花婿の控室、ディアスは外でこっそりと兵たちを指揮している。
ギーニアスも、エルボリスから信頼できる兵を集めてきていて、見つからないように身を潜めているらしい。
今回アリシアが出る幕はどこにもなく、万が一の時のためにジョシュアが護衛として付いているだけで、ただ部屋でおとなしくしておくように言われていた。
アリシアはぎゅっと自分の手を握りしめる。
もとはと言えば、ラジアンの相手をせず、彼に執着された自分のせいだ。悪徳令嬢フラグをへし折ろうとあがいた、自分のせいなのだ。それなのに、この部屋で、すべてが解決するまでただ待っているだけでいいのだろうか。
もし、アリシアのかわりにラジアンのもとに行ったユミリーナに何かあったら?
フリーデリックも、いなくなったアリシアを探すふりをして、ユミリーナに合流することになっているが、もしも作戦が失敗して彼に何かあったら?
アリシアはただここにいて、作戦の成功を祈っていることしかできないのだろうか。
今回のこの作戦はマデリーンに――国王に伝えると面倒くさいことになる上にまぜっかえされて失敗しそうだから内緒にしている――に伝えているので、万が一何かあっても王妃が動いてくれるはずだが、それでも。
「ジョシュア様。わたしはここでおとなしくしておきますから、あなたはリックとともにユミリーナのところへ行ってください」
「何言ってるのさ。君一人にしておけるはずないだろう?」
「ここへは誰も来ませんわ。さすがに城を襲うなんて、戦争をしているわけではないんですもの」
「でもさ」
「お願いですわ。ユミリーナと、リックが心配なの」
ジョシュアはしばらくうーんと唸っていたが、やがて大きく息を吐くと、わかったよと頷いた。
「君はここでおとなしくしていて。君になにかあったら俺がフリーデリックに殺されるからね」
大げさだなと思ったが、フリーデリックがすごい形相でジョシュアを攻めているところを想像して、少しだけおかしくなる。
「笑い事じゃないんだけどね」
ジョシュアはやれやれと肩を落としてから、もう一度「おとなしくしておくこと」とアリシアに念を押して部屋から出て行った。
アリシアはしばらく部屋の中でおとなしくしていたが、ジョシュアの足音が完全に聞こえなくなると、ゆっくりと立ち上がる。
(ごめんなさい。やっぱり、見ているだけなのは落ち着かないの)
アリシアは口の中で謝ってから、そっと部屋を抜け出した。







