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結婚はお断りです! 3

 ずっと使われていない城だったので、中はさぞ埃っぽく、老朽化が進んでいると思っていた。

 城に通されたアリシアは、思っていたよりもずっときれいに整えられている城の中に驚いた。さらには、城の中にはほかにも使用人らしき人が何人もおり、頭を下げられるたびにアリシアは戸惑う。

 打ち捨てられた城だと思っていたのに、違ったのだろうか。

 ジーンのうしろをフリーデリックが、その後ろをアリシアが続く。

 フリーデリックは城の中に入ったことがあるのか、特に驚きは見せなかった。


 やがて通された部屋は、リビングとして使われていたのか、ソファやテーブルなどの調度品がそろい、高い天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。

 使用人の手によってお茶が用意されると、席についたアリシアは困惑した表情をジーンへ向けた。


「どうして城の中に人がいるのか――、そんな顔をなさっていますわね」


 ジーンが紅茶に蜂蜜を落としながら言った。

 アリシアが頷くと、ジーンの視線がフリーデリックに移る。


「陛下と……、取引したんだ」

「取引?」


 国王と「取引」という言葉に、アリシアは怪訝そうな顔をした。

 フリーデリックはアリシアの顔を見て、気まずそうに視線を下に落とす。


「……陛下はこの地を、いつまでも城主不在のまま置いておくのはいかがなものかとずっと考えられていた。今はそんなそぶりがないとはいえ、もしも海を渡って北の国が攻めてきたら――、そのとき、この地の城主が不在では、我が国は後手に回ることになる。だから……」


 北の国とリニア王国は昔から折り合いが悪いことはアリシアも知っていた。しかし、戦争があったのは半世紀も前のことで、今はお互い睨みを利かせながらも関係は安定しているように思う。

 しかし、疑り深い――いや、慎重なリニア王国の国王は、北からの侵略に怯え、この地を誰かに守らせたいと考えていたらしかった。

 だが、それがどうして「取引」になるのかアリシアにはわからない。

 じっとフリーデリックを見つめると、彼はますます気まずそうな表情を浮かべた。


「この地を俺に任せたいという話は、結構前から上がっていた。俺は三男だし、家を継ぐことはない。ちょうどいいと思われたのか、褒章のつもりだったのかはわからないが、陛下はこの地の辺境伯としての地位を与えたいとおっしゃっていた。しかし俺は、騎士団から離れるつもりはなく、断り続けていたんだ。だが、今回、アリシア……嬢の処刑が決まって、その……」


 アリシアが呼び捨てにするなと言ったからか、ぎこちなく「嬢」と最後につけたフリーデリックの視線が泳ぐ。

 まるで母親に叱られることを恐れる子供のような表情を浮かべて、ちらちらとアリシアの顔を仰ぎ見るフリーデリックに、ジーンが「はー」とため息をついた。


「なんですか、大きな図体をして、男らしくもない」


 フリーデリックは「う……」と言葉に詰まり、そのあと、ぼそぼそと続けた。


「陛下に……、この城の主になり、辺境伯となるかわりに、君の処刑を取り下げてもらった……」

「――は?」


 アリシアは目を丸くした。


「まだあるでしょう! もっと大事なことが」


 ジーンが再びフリーデリックをたしなめて、彼はさらに声を小さくして続ける。


「……じょ、条件がもう一つあって――」


 アリシアは嫌な予感がした。あの国王が憎きアリシアの処刑を簡単に取り下げるはずがない。処刑が決まった三週間前、小躍りしそうなほど嬉々としてアリシアにしつこく処刑内容を説明したのだから。

 アリシアが固唾を飲む中、フリーデリックが紅茶で口の中を湿らせてから、言った。


「君の処刑を取り下げる条件はもう一つ。……君が俺と結婚して、生涯俺の監視下に置かれることだ」

「―――、はぁ……」


 アリシアは大きくため息を吐き出した。


「なるほど、だからあの求婚ですの」


 どうしてフリーデリックがこの条件を呑んだのかはわからないし、どうしてアリシアの処刑を取り下げようとしたのかもわからない。だが、突然求婚してきたからくりが読めて、アリシアは少しだけスッキリした。


「あなたには申し訳ありませんが、そこまでしていただかなくても結構ですわ。結婚はお好きな方となさいませ。わたしは処刑される覚悟をしてこの地に来ました。死ぬことはもう怖くありませんわ」


 むしろ、さっさとこの人生におさらばしたい。悪徳令嬢と蔑まれ罵られるのは、もう疲れた。余計なお世話というやつだ。

 城は、新しい城主を迎え入れるためにきれいにされたのだろう。だが、アリシアはここに城主夫人として幽閉されるつもりはない。

 アリシアは目の前の紅茶に口をつける。上質な紅茶だった。香り高く、蜂蜜を入れなくてもほんのりとした甘みがあり渋みが少ない。

 これを飲んだら出て行こう。そう思ったのに、ふと真剣な表情になったフリーデリックがアリシアに向きなおった。


「俺が好きなのは君だ!」

「ぐっ」


 アリシアはうっかり口の中の紅茶を吹き出しかけた。直前で口を閉ざし、無理やり飲み込んだので何とか失態は避けられたが、一部が気管に入り込んでしまい激しくむせてしまう。

 ごほごほと咳をくり返していると、フリーデリックが遠慮がちにアリシアの背を撫でた。


「だ、大丈夫か……?」

「大丈夫じゃ、ありませんわ……! 意味がわかりません!」

「嘘じゃない」

「信じられませんわ」

「君が好きなんだ」


 再び崖の上と同じような押し問答がはじまりそうになると、ジーンがこほんと咳払いをして割って入った。


「ほらほら、お二人とも落ち着いてくださいませ」


 アリシアは再びティーカップに口を寄せた。


「君は俺が嫌いかもしれないが……」

「嫌いです」

「………」


 フリーデリックがしょんぼりとうなだれた。立派な体躯をした大の男が、まるで子供のような顔をする。アリシアは冷たくしすぎたかと後悔したが、ここで甘い顔はできない。彼が今までアリシアにしてきたことを水に流すことはできないからだ。


「……嫌いでも、いい。でも、俺と結婚してくれ。形だけでいい」

「いやです」

「しかし、君と結婚しないと……、俺は、君を処刑しなくてはいけなくなる」


 処刑すればいいじゃないか――、とアリシアには言えなかった。フリーデリックの顔が泣きそうなほどに歪んでいたからである。


(……この人、本当にわたしが好きなの?)


 信じられなかった。しかし、表情からその気持ちが伝わってくるようで、アリシアは閉口する。

 だが、結婚には頷けなくて、アリシアが押し黙っていると、茶請けのマドレーヌを口に入れながら、ジーンが言った。


「今日のところは、もうこのくらいになさいませ。お嬢様も混乱しているようですし」

「だが、ジーン」

「まだ一か月も時間があるでしょう? その間に、ゆっくりお話しなさればいいではないですか」

「……一か月?」


 アリシアが首を傾げると、ジーンはにっこりと微笑んだ。


「はい。抜かりはございません。結婚式は、一か月後に手配してありますわ!」


 ――アリシアは、あんぐりと口を開けた。


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