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結婚はお断りです! 2

「あなたとの結婚なんて、死んでもお断りですわ……!」


 アリシアはフリーデリックを睨みつけてそう叫んだ。


「さあ、さっさとわたしを磔にしなさいな! さあ……!」


 アリシアは鉄の十字架に細い指を突きつけて、フリーデリックに向かって怒鳴った。


「この期に及んで馬鹿にするなんて、いくら何でも許せませんわ! くだらないことを言ってわたしの反応を見たかったんですの!? 馬鹿にしないで! さあ、早く処刑しなさい! 今すぐに!」


 怒り狂うアリシアを前に、フリーデリックは悲しそうに瞳を揺らす。だが、アリシアはそんな演技に騙されるつもりはなかった。


「いいですわ、あなたがしないと言うのであれば、わたしは自分で死にます」


 アリシアはくるりとフリーデリックに背を向ける。

 高い十字架に自らよじ登るのは不可能だ。だが、目の前には崖がある。高い崖から海に落ちれば、簡単に死ぬことができるだろう。むしろ舌をかんで死ぬよりも楽な死に方だ。

 アリシアはずんずんと岬の先の方に向けて歩いていく。


「アリシア……!」


 アリシアが何をしようとしているのかに気がついたフリーデリックが慌ててアリシアに手を伸ばして拘束した。


「気安く呼び捨てにしないで!」


 アリシアはフリーデリックの腕から逃れようと暴れたが、鍛え抜かれた彼の腕はびくともしない。

 悔しくなって唇をかみしめていると、逃がすまいとでもいうのか、フリーデリックの腕の力が強くなる。


「俺は……、君を馬鹿になんてしていない」

「じゃあなんですの? 助かると期待させて、そのあと絶望にでも叩き落したかったと? 残念ですわね。絶望するような心なんて、とうの昔に失っているんですのよ! わたしにもう心なんてないの!」


 アリシアにあったのは、もう、諦めだけだった。絶望なんてしない。期待なんてしない。残念だったわね、おあいにく様!


「しかし、今君は怒っている」

「あなたが怒らせたんですわ!」

「怒っているのだから、君に心はあるのだろう?」

「揚げ足なんて取らなくて結構!」

「揚げ足じゃない。君が、自分の心はないと言うから……」

「わたしの心が何ですの! あろうがなかろうが、あなたには関係ないでしょう!」

「俺は君が好きだ」

「―――」


 アリシアは大きく息を呑む。


「君が好きだ。本当だ。嘘じゃない。本当に結婚したいから、求婚した」


 ゆっくりと腕の力を緩めたフリーデリックがアリシアの顔を覗き込む。


「君が好きだ。今まで、君を追い回して、ひどいことをして、本当にすまなかったと思っている。だが、この気持ちは本当だ。本当に、君のことが――」

「ふざけないで!」


 アリシアはフリーデリックの腕を振りほどいた。力が緩んでいたからか、今度は簡単に振りほどける。


「ふざけてなどいない」


 至極真面目な顔で言うフリーデリックが憎たらしかった。

 風が吹く。

 アリシアの豊かな金髪が、ふわりと宙を舞った。

 ドレスの裾がはためいて、日差しを浴びて立つアリシアの顔は怒りに染まっている。

 しかし、フリーデリックは、まるで女神を見たかのような恍惚とした表情を浮かべた。


「結婚してくれ」


 なおも言うフリーデリックに、アリシアの怒りは爆発寸前だった。

 このまま崖から飛び降りてしまいたい。けれども、フリーデリックはそれを簡単に阻止してしまうだろう。

 では、どうすればいいというのか。

 このままずっと、ここで押し問答を続けていろと言うのか。

 アリシアの肩が怒りで震える。

 好きだというのに、今まで一度もアリシアをかばいもしなかったくせに。蔑んだ目で見て、罵声を浴びせかけ、抵抗していないのに力いっぱい引きずったくせに。

 どの口が「好き」だと?


 許せない――


「あなたなんて嫌い」


 アリシアはフリーデリックを睨みつけて、低く告げる。


「嫌い。大嫌い。結婚してくれなんて、よくそんなことが言えますわね。あなたのその言葉の、何を信じろと言うのですの?」

「嘘じゃない。信じられないと言うのならばそれでもいい。でも、嘘じゃない。本当だ」


 アリシアの言葉に傷ついた表情を浮かべながら、フリーデリックは静かに返す。

「好きだ」「信じられない」そんな応酬をくり返していると、突然、パンパンと乾いた音が聞こえて二人は振り向いた。


「はいはい、もうそのくらいになさいませ」


 どうやら、音は手を叩いた音のようだった。

 こちらへ向かってゆっくりと歩いてくる五十手前ほどの女性が、目尻に皺を寄せて、にこにこと人のよさそうな笑顔を浮かべていた。


「まったく、聞いていれば好きだ好きだと馬鹿の一つ覚えみたいに。そんな言葉で気持ちが伝わるはずもないでしょうに。お伝えするなら、お嬢様のどんなところがどういう風に好きなのか、きちんとご説明しませんと。本当に、そう言うところは子供のままなのですから、仕方がありませんわね」

「ジーン」


 フリーデリックが苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。

 ジーンと呼ばれた女性は、にっこりとアリシアに微笑みを向ける。

「はじめまして、お嬢様。フリーデリック様の乳母を務めておりましたジーンと申します」


 丁寧に頭を下げられて、アリシアの中の怒りが急速にしぼんでいく。アリシアも慌てて裾を持ち上げて挨拶をすれば、ジーンはおっとりと頬に手を当てた。


「お二人とも、お話に夢中になるのはよろしいですが、風が強いので一度中に入られてはいかがでしょう?」

「……中?」


 アリシアは細い首を傾げた。

 ジーンは頷いて、奥に見える古城を指す。


「中、ですわ」


 人の気配の全くしない古びた城を見やって、アリシアはパチパチと目を(しばたた)いた。


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