もう一度、最初から 3
ラジアン・リングフォード・エルボリス王太子は、アリシアがフリーデリックとともに大広間から出て行く姿を思い出していた。
パーティーもそろそろ終わるだろうという時分である。
ユミリーナの体調はだいぶ回復したようで、ラジアンの隣の椅子に腰を下ろしたまま、穏やかな笑顔を浮かべて。大広間で踊る人々を見つめていた。
(それにしても――、相変わらず綺麗な姫だった)
ラジアンが思い出すのは、すっきりとしたラベンダー色のドレスに身を包んだアリシアの姿だ。
はじめてアリシアを見たのは、公爵邸の彼女の自室のベッドの上。体調が悪いという彼女の見舞いに行くというユミリーナに誘われて、出向いた時のことだった。
父王からそろそろ婚約者を決めるように言われていた矢先に出会った美しい公爵令嬢。
柔らかく波打つ金髪も、アーモンド形のアメジストのような紫色の瞳も、白い肌も、少し意志の強そうな眉も、薔薇色の唇も――、すべてがラジアンの好みだった。
自国の姫を娶ると外戚が口出ししてきて面倒なので、できれば王妃は他国の適当な令嬢をむかえよう。エルボリスは一夫多妻制の国のため、気に行った女性は第二妃以下に迎えればいいだろうと考えていたラジアンにとって、アリシアとの出会いは衝撃だった。
アリシアは王族に連なる公爵令嬢。異国の姫であり、正妃に迎えても問題のない身分であり、なおかつ自分の好みのど真ん中。
これほど最高の女性はいないだろうと、ラジアンは舞い上がった。
好きでもない女を正妃として、それなりに気を遣って丁重に扱わなければならない未来を憂鬱としていたラジアンにしてみれば、奇跡のような出会いだ。
ラジアンは、自他ともに認めるほど見目の麗しい王子だ。
ハッと目を引く鮮やかな金髪に、すらりと高い身長。切れ長な瞳は知性的で、すっと高い鼻に、薄い唇。物語の王子様がそのまま現実にあらわれたようだ――という誉め言葉は、幼いころより聞いてきた。
その容姿に王子と言う身分まで持っているラジアンは、当然のことながらどこにいっても女性にもてる。
だから――、まさか、アリシアがラジアンに熱をあげないとは、思ってもみなかったのだ。
ラジアンは次の日、真っ赤な薔薇の花束を持って再度、アリシアの見舞いに行った。
頬を染めて喜んでくれると思っていたのに――、なぜかアリシアは迷惑そうな表情を浮かべて、愛想笑いで花束を受け取ると、気分が優れないとラジアンをさっさと追い返した。
しかし、ラジアンは自分が迷惑がられていると思うほど殊勝な性格をしていない。
アリシアの言葉の通り、気分が優れなかったのだから仕方がないと受け止めた彼は、アリシアの回復を待って、頻繁に公爵邸を訪れた。
ある時は宝石を持って、ある時はドレスを持って、またある時はユミリーナから聞きだしたアリシアの好きな菓子を持って、ラジアンは何度もアリシアに会いに行ったのだ。
だが、そのたびにアリシアは困ったような顔をする。
謙虚な姫なのだと都合よく解釈し続けたラジアンも――、さすがに一向に笑顔を見せないアリシアに苛立って来た。
彼女はいったいどういうつもりなのだろう。わざわざ王太子である自分が出向いているというのに、頬すら染めないなんてどういうことだ。
そろそろ、感動して瞳を潤ませてもいいころではないか?
焦れたラジアンは、アリシアの気持ちを無視して、従者を使ってアリシアと恋仲だと噂させた。
本人がなびかないと言うなら、外堀から埋めてしまえばいいのだ。
幸い、アリシアの両親である公爵夫妻はラジアンに友好的で、ラジアンがアリシアに会いに行くたびに大歓迎してくれる。
きっとアリシアは恐れ多くて戸惑っているのだろうが、なに、そのうちラジアンの本気を理解するだろう。
ラジアンに見初められたことを喜び、感動して、あの美しい顔に満面の笑みを浮かべてくれるに違いない。
ラジアンはアリシアを手に入れるその瞬間を想像して浮き足立った。
だというのに――
アリシアは噂が立てばたつほど頑なになり、ついには公爵邸に来たラジアンに会いもせずに、彼を部屋の前で追い返すようなことをしはじめた。
父である公爵がアリシアの説得をするも、部屋の扉の内側に、棚や花瓶を積み上げて中に入れなくしてしまうのだからどうしようもない。
だらだらと汗をかきながら、公爵が「娘はきっとユミリーナ王女に遠慮されているのでしょう」と言ったとき、ラジアンの脳裏に天啓がおりた。
そうか、ユミリーナを使えばいい。
ラジアンはさっそくユミリーナを口説き落とし――あっさり落ちた――、アリシアに焼きもちを焼かせる作戦にでた。
でも、待てども待てどもアリシアはちっとも嫉妬しない。
ならば――、と、ラジアンはアリシアを縋りつかせるため、不名誉な噂を立てることにする。
ユミリーナを妬み、アリシアが彼女の命を狙っている――、この噂は、奇しくもユミリーナの食事に毒が盛られた一件のおかげで、瞬く間に国中に知れ渡った。
ユミリーナに毒を盛ったことについてはアリシアに証拠がなく、また、一月後にあっさり犯人が見つかったために不問となったが、一度広まった悪い噂はそう簡単にはなくならない。
アリシアに向けて、ラジアンは「僕は君の味方だよ」と手紙を書いた。
これで、アリシアがラジアンにすがってくるのは時間の問題――、かに思えたのに、結局アリシアは一度もラジアンに助けを求めなかったのだ。
(なかなか強情な姫だ。……まあ、そこもいい)
ラジアンは昔を思い出して少し苛立ったが、人の目があるため表情には出さなかった。
(しかし……、あの男、目障りだな)
フリーデリック・ランドールと言う男。今はステビアーナ伯爵を名乗っている、もと第三騎士団の騎士団長。
処刑が決まったとき、今度こそアリシアはラジアンに泣きついてくると思ったのに――、あの男が邪魔をした。
(くそ……、方法を変えなくては)
ラジアンは今もアリシアがほしい。
あの美しい姫を、自分に縋りつかせてみたい。
ラジアンはアリシアが立ち去った扉を見つめたまま、何かいい方法はないものかと考えた。
お読みいただきありがとうございました。この次に一話ほど番外編を挟み、番外編の次から本編再開となります。
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