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【書籍化】悪徳令嬢に転生したのに、まさかの求婚!?~手のひら返しの求婚はお断りします!~  作者: 狭山ひびき


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24/43

もう一歩、最初から 1

 城の大広間に流れるアップテンポなワルツを聞きながら、アリシアは壁際でシャンパングラスを傾けていた。

 水差しの中に鈴蘭の花が入っているのを見つけてから、約十日。

 ユミリーナは全快とまではいかなくても、普通に歩けるくらいには回復していて――、今日は、ユミリーナの快気祝いのパーティーが城で開かれている。


(まさか、ユミリーナの治癒に当たっていた侍医が毒を盛っていたなんて――、誰も気がつかないはずだわ)


 鈴蘭の花は、首都エルラッカではほとんど見られない。

 鈴蘭の栽培に適していないのではなく、単に貴族たちの間では薔薇などの華やかな花が好まれており、小さな鈴蘭の花は興味を示されないのだ。

 香水に利用するため、郊外では栽培されているのだが、香りこそ有名でも花は見たことがないという人も多い。

 そのため、鈴蘭の持つ毒性については、おそらく、ほとんどの人が知らないと思われる。

 侍女たちも当然疑うことなく、侍医の言った「気分を落ち着かせる作用」という言葉を信じたのだろう。

 取り調べの末、侍医は、隣国――エルボリスの外務大臣の息がかかっていたということが判明した。

 エルボリス国は王女の婚約者である、王太子ラジアンの国である。

 エルボリス国の外務大臣は、リニア王国の王女であるユミリーナが嫁いでくることに反対していたらしい。


 百五十年前まで対立関係にあった両国は、ここ数百年の間、両国の王族同士の婚姻関係を結んでいない。

 外務大臣はリニア国の王女の血が国に入ることを嫌い、また、王女の血を引いた王子が生まれた場合、国政にリニア王国が口を出してくるのではと危惧して、王女の輿入れを阻止しようとした結果、ユミリーナを亡きものにしようという過激な結論に至ったそうだ。

 侍医が口を割り、ラジアン王子自らも調査した結果のことだった。


 アリシアはその話を聞いたときに、どうも腑に落ちない気がしたのだが――、それは、今までさんざん疑われて追い回されたことの結果があまりにあっけなかったからかもしれない。

 アリシアへは、国王ブライアンの口から直接謝罪があり――、アリシアが冤罪であったという話は、少しずつだが国に広まりつつあった。

 今日のパーティーは、ユミリーナの回復を祝うものであると同時に、アリシアが冤罪であったと貴族の間へ周知するためのものでもあるらしい。

 パーティーのはじめに、国王と王妃、そして、ユミリーナ自身の口からアリシアへの謝罪があった。

 しかし、そのせいでアリシアはすごく注目を浴びる結果となり――、本日の主役でありながら、人目を避けるように壁際に立っているのはそのためだった。


「踊らないのか?」


 傍らに立つフリーデリックが訊ねてきた。


「あなたこそ、わたしのそばになんていないで、楽しんできてはいかが?」


 フリーデリックはパーティーがはじまったときから、アリシアのそばを離れない。

 アリシアのエスコート役を務めているため、そばにいること自体はおかしくないのだが、アリシアのそばにいても面白くないだろう。

 ここでゆっくりしているから、踊ってきたらどうか――、そう言っても、彼は頑なに首を横に振るのだ。

 おかげで、フリーデリックが盾になって、人からはあまり声をかけられずにすんでいるのだが、彼には申し訳がない。


(わたしのそばにいたって、楽しくなんてないでしょうに)


 大広間の中央では、きらびやかに着飾った貴族たちがワルツを踊っている。

 さすがにユミリーナは踊るだけの体力が戻っておらず、一段高くなったところにある、王族が座る席に、ラジアン王子に付き添われて腰を下ろしていた。

 そのラジアンだが、どうしてか先ほどからアリシアと視線が合う。

 まるで値踏みされているようにじろじろと見られて落ち着かないので、アリシアはわざとカーテンの影になって、ラジアンが見えない位置へと移動したのだった。


「王子は君のことばかり見ているな」


 フリーデリックも気がついたようで、アリシアをかばうように立ち、そんなことを言う。


「きっと、わたしがいるのが面白くないんだと思いますわ」


 ラジアンはきっと、まだアリシアが彼を袖にしたことを根に持っているのだろう。

 別に声に出して振ったわけではなく、それとなく逃げ回っていただけなのだが、プライドの高い王子としてはそれすらも腹立たしかったようだ。

 フリーデリックはからになったアリシアのグラスを受け取り、給仕に手渡した。


「……君は、踊らないのか?」


 突然フリーデリックが訊ねてきた。


「その……、せっかくきれいなドレスを着ているのに……。ラベンダー色のそのドレスは、君によく似合っている」


 アリシアはきょとんとして自分のドレスを見下ろした。今日のドレスは、マデリーンが用意したものだ。新たに仕立てる暇はなかったため、背中のリボンで調整できるタイプの、裾が広がらないタイプのすっきりとしたデザインのドレスである。

 マデリーンも、妖精のようだと褒めてくれたが、まさかフリーデリックに褒められるとは思わなかった。

 アリシアはダンスが苦手ではないし、教養として幼いころから叩きこまれていたため、急に誘われても対応はできる。

 しかし、自ら注目されに行く気にはなれずに、首を横に振った。


「やめておきますわ。あなたは、踊ってきていいんですわよ?」

「俺は……、アリシア嬢以外の女性と、踊るつもりはない」


 小声だがしかしきっぱりと言われて、アリシアは目を見開いた。

 領地であるステビアーナ地方にいたとき、フリーデリックは何かあるたびに「君が好きだ」と言い続けていたが、城へ来てからは実は一度も言われていなかった。

 アリシアもユミリーナの看病でばたばたしていたからそれほど気には留めなかったが、密かに、アリシアのことを好きだといい、国王と取引をしてまで処刑を取り下げたのは、王妃との間に何か約束事があったのではと疑ってしまうほど、彼はただ、主人に付き従う騎士のごとくアリシアのそばにいただけだ。

 もちろんマデリーンは離宮で生死の境をさまよっていたらしいし、フリーデリックとそんな約束もかわしていない。

 しかし、フリーデリックが「好きだ」と言っていたのが嘘のように静か十日間をすごしたアリシアは、あれだけフリーデリックの言葉を突っぱねていたというのに、淋しいような気がしていたのだった。

 アリシアはかあっと頬を染めると、小さく俯いた。


「ば、馬鹿なことを言わないで。わたしは踊るつもりなんて……」

「わかっている。だから今日は踊らない。こうして君のそばにいる」

「………」

(どうしよう……、心臓がうるさい……)


 心臓がドキドキと激しく鼓動を打つ。シャンパンで酔ってしまったのか、顔も熱い。

 決してアリシアに触れてこないのに、手を伸ばせば届く距離を保ってそばに立っているせいか、フリーデリックの体温が伝わってきそうだ。


「君、主役が壁の花なの?」


 白ワインの入ったグラスを片手に、ジョシュアが近づいてきて、アリシアは熱い頬をおさえながら顔をあげた。

 男爵家の次男であるジョシュアは、本来ならこの場にいられるだけの身分ではない。しかし、今回の功績により、特別に招待状が贈られており、興味がないと言いながらも出席したらしい。

 しかし、彼もダンスに興じるつもりはないらしく、先ほどまでふるまわれていた料理に舌鼓を打っていた。

 ほんのりと赤身の差した頬は、彼が酔っていることを表している。

 ほとんど感情の読めないはしばみ色の瞳は、どうやら酔ったときは違うらしい。アリシアを冷かしているのがありありとわかって、アリシアは眉尻を下げた。


「残念ながら、そんな気分ではありませんわ」

「そう? ここぞとばかりに中央で踊ってくればいいのに。君が冤罪だとわかった途端、君をダンスに誘いたいとそわそわしている男がたくさんいるみたいだよ」

「……興味ないですわ。わたしの肩書がほしいだけなのでしょうし」


 アリシアは肩をすくめた。

 これまでアリシアが悪徳令嬢だと噂されていたため、アリシアへは縁談の一つも舞い込んでこなかった。しかし、アリシアの冤罪が晴れた今、彼女の持つ公爵令嬢と言う肩書はそれはそれは美味しく映るのだろう。

 しかもアリシアは一人っ子で、兄も弟もいない。彼女と結婚すれば、次期公爵というわけだ。

 もちろん、アリシアはそんな男たちの相手をするつもりはない。

 父がいない今、領地は国に管理してもらうつもりだったし、もしかしたらアリシアが冤罪だったと耳にした両親が戻ってくるかもしれない。


(まあいずれ、子供が生まれたら、その子に継いでもらえれば……、って、子供!? なにを考えているの、わたしってば!)


 アリシアはハッとなり、両手で頬をおさえた。


(待って、どうしたのわたし!)


 落ち着け、落ち着け――とアリシアは深呼吸をする。

 一月後に死ぬつもりだったアリシアだが、冤罪が晴れるという思いもよらぬ展開により、死ぬ必要はまったくなくなった。

 フリーデリックとの結婚の話は、とりあえず棚の上にあげておく。結婚するか処刑か――という究極の選択は消え去ったのだから。


(落ち着くのよアリシア。今、いったい誰との間の子供を想像したの? 違う、違うわ、想像していないわ! 可能性を考えただけよ――って、なんの可能性よ、違うの!)


 アリシアは頬をおさえたままふるふると首を振った。


「どうかしたのか、アリシア嬢……?」


 フリーデリックが怪訝そうに見つめてくる。

 顔をあげたアリシアは、フリーデリックと目があって、ぼんっと顔を染めた。

 おやおや――、とジョシュアが目を細める。


「ふぅん……、一応、脈がないわけではなさそうだな」


 そう言って、ジョシュアはフリーデリックの肩をぽんぽんと叩くと、笑いながら離れていく。

 フリーデリックは首を傾げてジョシュアを見送ったのち、赤くなってぶつぶつと独り言まで言いはじめたアリシアに、心配そうな目を向けて、


「酔ったのか……? 部屋に戻りたいなら、送るが?」


 不思議そうに、そう言った。


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