背水の陣の計画 4
わかってはいたが、王は頑固だった。
フリーデリックはジョシュアを巻き込み、ユミリーナが狙われたときのこと情報を集めた。
ジョシュアは口では面倒だと言いながら、「まあ、お前が好きになったのなら仕方ないね」と言って情報収集に協力してくれた。
情報を洗ってみてわかったことだが、一番初めにユミリーナが毒を盛られた日以外、アリシアが彼女のそばにいたことは一度もなかった。
フリーデリックはその証拠を持って国王に直訴しに行ったが――、結果は聞き入れられることはなかった。
それでもあきらめずに説得を続けていたある日――、フリーデリックの耳に、アリシアの処刑が決まったという話が飛び込んできた。
フリーデリックは飛び上がって驚き、急ぎ国王の執務室へ向かう。
「どういうことですか、陛下!」
フリーデリックが飛び込んでくることは想定済みだったのだろう。
初老の国王は、フリーデリックの顔を見るなりため息をついた。
「うるさいぞ。どうせアリシアのことなのだろうが、もう決めたことだ」
口をはさむな――、そう言う国王に、フリーデリックは詰め寄る。
国王の執務室には国王とフリーデリック以外は誰もいないが、部屋の外には兵士がいる。大騒ぎをすれば兵士が雪崩れ込んでくることは想像に難くないが、それでもフリーデリックは止まらなかった。
「何度も申しました通り、アリシア嬢がやったという証拠はどこにもありません!」
「証拠など関係ない。あれは魔女だ。どこにいたって、人を狙うことなどできるだろう」
「アリシア嬢は魔女ではありません!」
「そんな証拠がどこにある」
「アリシア嬢が魔女だという証拠もないではありませんか!」
このままではいつもと変わらない押し問答だ。
フリーデリックはぎりっと奥歯をかみしめる。
この王には何を言っても無駄だ。王が大切なのは愛娘であるユミリーナ。彼女さえ幸せなら、ほかはどうなろうとかまわないと言わんばかりの溺愛ぶりなのだ。
アリシアの処刑は、三週間後に決定されている。
先の見えない応酬ばかりをくり返していては、あっという間に処刑の日になってしまう。
フリーデリックは必死に考え、あることを思い出した。
「陛下。――俺と、取引をしませんか?」
ぴくり、と国王の左眉が上がった。
「取引、だと?」
「はい。以前から打診されていましたステビアーナ地方の領主の件、お受けいたします。そのかわり――、アリシア嬢を、俺にください」
「なに!?」
「あなたはアリシア嬢が魔女だと言った。知っていますか? アリシア嬢が処刑されたあと、その呪いがユミリーナ王女に向かうのではないかと言う噂を」
アリシアの処刑の話とほぼ同時にその噂を耳にしたとき、フリーデリックは「馬鹿じゃないのか」と思った。
しかし、ユミリーナを溺愛している疑り深いこの国王には、この手の噂が有効に使える。
「よろしいのですか、陛下。王女が呪われても」
国王は眉を寄せる。
「アリシア嬢を俺にもらえるのなら、彼女とステビアーナ地方に籠ります。一生彼女のそばにいれば、ユミリーナ王女を狙う暇もないでしょう」
「つまり、お前は、アリシアを嫁にでも取ろうというのか」
嫁――、言われて、フリーデリックの顔が真っ赤に染まる。
そんなつもりはなかった。ただ、アリシアを守りたかった。フリーデリックはアリシアを愛してしまったが、アリシアはフリーデリックを愛さないだろう。
何度も捕えに来た男には、恨みこそあれ、愛情などあろうはずもない。
それでも、現金な心臓は、ドクドクと大きく音を立てる。
アリシアと結婚――。それは、どれほど幸せなことだろう。
国王はしばらく押し黙ったが、やがて、大きく息を吐きだした。
「いいだろう。お前と結婚すれば、アリシアもラジアン王子のことはあきらめるかもしれない。アリシアがお前との結婚を了承し、お前が夫として、一生アリシアを見張るというのならば、処刑を取りやめてやってもいい」
ラジアン王子。その名を聞いて、フリーデリックの心が大きく沈んだ。
そうだった。アリシアは隣国のラジアン王子のことを好きなのだった。
今まで追いかけまわしてきた恨みに加えて、さらにラジアンとの未来を奪った恨みまで追加されるのか――
フリーデリックは泣きたくなったが、その気持ちをぐっとこらえて、国王に深く頭を下げた。
「ありがとうございます。一生、アリシア嬢から目を離しません」
これで、アリシアの処刑は取り下げられる。
彼女からの愛はもらえないだろうが――、フリーデリックは、一生をかけてアリシアを守ろうと心に誓った。







