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その1

 恋愛偏差値なるモノがあるとするなら、私は『ゼロ』と言われても仕方ない生活をしている。


 興味がないわけじゃない。別に諦めてるわけでも、過去に辛い経験をしたということでもない。が、どうにも、興味が『そっち』に向かなかった。


 ちょっとした憧れくらいはいだいたことがある。まあ、それもすぐに、相手に恋人がいたことにより恋に発展することなく消えたわけだけど。


 タイミングなのか、それとも運命のイタズラというのか、チャンスがなかったわけでもないけど、何となく、今は一人だ。

 あ、いや、一人だったと言うべきかな?


「どうして電話に出ないかなぁ……」


 ビックリするくらいのイケメンが、私の家に来て早々、第一声がこれである。


「あ、ゴメン」


 と、一応は謝ってみるが……スマホを確認すれば、彼からの連絡は、彼がお昼休みを取っていただろう時間に来ていた。今から6時間以上前のことだ。うん。そりゃ怒るよね。


「仕事に集中してて?」


 なんて言い訳をしてみるが。


「毎回それで逃げられるとでも思ってるわけ?」


 彼、佐倉さくら 幸樹こうきはそう言うと、座っている私の後ろまで歩いてきて、私を背中から抱きしめてくる。


 わりと強めの力で、ちょっと苦しい。


「いや、ゴメンて」


「何かあったんじゃないかって、まともに仕事に集中できなかったんだよ。どうしてくれるの?」


 いや、確かに連絡無視したのは悪かったと思うけど。


「でも別に仕事で失敗とかしないでしょ?」


「してないけど、そう言う問題でもない。倒れたりしてないかとか、ご飯はきちんと食べてるかとか、変な男に言い寄られてないかとか、とにかく、気になって仕方ないんだよ」


「アッハイ、そうですよね。すみません。私が悪かったので、ちょっと腕の力を緩めてくれませんかね?」


「反省してないだろ?」


「してるんですけど。私なりに」


 そもそも、電話に出なかったのは、本当に気が付かなかっただけで、わざと無視したわけじゃないし、スマホの音を消していたのが悪い。だから反省はしてるんだけどもね。


 彼はちょっと、心配しすぎなんだよなぁ。


「毎日連絡しろとは言わないし、毎日会えとも言わない。でも、連絡した時は返事くらいしてほしいんだよ」


「それは分かってるって。だからゴメン。でも、2・3日会わなくたって、私の生活に変わり映えなんてないから、ね?」


 彼を安心させたくて言った言葉ではあるはずなんだけど、私の吐き出したセリフに、幸樹は盛大な溜息を私の耳元に落とした。


 いやいや、なぜ溜息を吐かれたのだ私は。


「本当、平気でそういうこと言うよな。俺だけが一人で空回りしてるみたいだ」


 うーん。どうやら、私は言葉のチョイスを間違えたらしい。


「幸樹?」


「本当は、毎日でも会いたいんだ」


 彼はそうつぶやくと、私をさらに自分の腕の中にしまい込むように抱きしめてくる。


「毎日、声を聞きたいし、こうして触れていたい。誰にも見つけられないように閉じ込めてしまいたいし、毎日、俺のことだけ考えてほしい……分かってる? 俺がどれだけ夕夏ゆうかのことを愛してるか?」


「えっと、たぶん」


 正直に言えば、私はちょっとくすぐったくも思う。だって、彼は平気で『愛してる』を口にするから。こうして抱きしめて、平気で私が恥ずかしくなるような事を言うし。


 そのたびに、私はどう返事をしていいか分からなくなるのだ。だって、本当に分からないから。


「君の、そういうドライなところも好きだよ。だけど、君のそういう所がさ、本当に時々嫌になるんだ。俺だけが、君のことを好きみたいで……」


「そんなこと……」


 あるはずない。一方的なんて。


「だから余計にたまらないんだ。君が、思っていることを口にするのが苦手なのは知ってるよ。だけど君の気持ちを、君の声で聞きたい。それが俺の我がままだってことも分かってるし、君を困らせたいわけじゃない。こんなんじゃ、君に嫌われても仕方ないとさえ思う。俺は君に嫌われるのが一番怖いのに。だけど、君は何も言ってくれないから、不安になるんだよ」


 ああ、うん。かなり彼を不安にさせてしまっていたみたいだ。私を抱きしめる彼の腕がかすかに震えている気がする。


 なんか、本当に悪いこと、したかも……。


 背中にある彼のぬくもりは心地よいと思う。彼の大きな胸の中はいつだって安心できる場所だ。私だって、自分なりに彼を思ってる。つもりなんだけど、どうにもうまく伝わってなかったらしい。そう思うと、こっちまで落ち込みそうだ。


 だけど私だって、誰でもよくて彼と付き合うことを決めたわけじゃない。


 だから、私も変わらなきゃいけないって、思う。


「私だって、幸樹のことが好きだよ?」


 『愛してる』は、まだ私にはハードルが高すぎて言えないけど。私だって、あなたが好きだから一緒に居るんだってことを分かって欲しい。


「本当に?」


 幸樹はそう言うと、私の顔を後ろからのぞき込むようにして見てくる。


 いや、その、恥ずかしいんで止めてもらえますかね?


「嘘なんて言わないでしょ」


「どれくらい?」


「聞くのっ!? そう言うことっ」


 どれくらい好きかって聞かれても、どう答えろとっ!?


「教えて?」


 幸樹は私の耳元に唇をくっ付けながら、甘い声でそう囁く。


 彼の唇が冷たく感じる……ってことは、きっと私は耳まで真っ赤になっているに違いない。


 こんな熟れたトマト状態の私を見れば、分かるだろうにっ! と言ったところで、きっと彼は引いてはくれないだろう。私が答えるまで。


 だから、私は恥ずかしさで熱くなる顔を無視しつつ。


「えっと、私の全部をあげてもいいくらい……とか」


 もう、やだ。私の全部をもらっても嬉しいのか謎だけど、今はこれが精一杯だ。


「それって……文字通り『全部』って、思ってもいいの?」


 私の背中越しに、彼が息をのむのが分かった。


 もしかして、緊張、してる?


「全部は全部でしょ。だから、えっと……あれ? でも私って、もうとっくに全部、幸樹のモノじゃない?」


 私はあなたが大好きだし、24時間いつでも、この家にあなたがいてもいいし、初めてではないものの、私の体を喜んで差し出したのだってあなただけだ。そして、これからもあなた以外に差し出すつもりもない。


 これって、もう全部がそう言うことじゃない?


「本当に、君って人は……素でそういうことを言うんだから、ズルい」


「え? ズルいの?」


 ズルをしているつもりはないんだけど。


「我慢できなくなるだろ?」


 幸樹はそう言うと、私の顔を自分の方に向けさせて、抑え込むように私の唇を塞いだ。


 まあ、平たく言うと口付けですね。はい。


 ちょっと体勢が苦しいんで、位置をずらしたいんだけど……と、思っていれば、幸樹が体をずらして私の体の横辺りに移動してくれた。おかげで体はだいぶ楽になったのだけど、別の意味でちょっと酸欠になりそうではあるが。


 彼との口付け――キスと言うのはちょっと照れるのだ――は、不思議なほど気持ちがいい。


 だからつい、離れようとした彼のネクタイを掴んで、もっととせがんでしまう。


 だけど、そうするといつも、彼の口付けは濃厚で激しいものになるのだ。そうやって激しく求められてしまうと、私はいつも頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなって、彼のことで頭がいっぱいになる。


 それがまた、たまらなく心地よくて、許されるなら、ずっと……。


「幸樹」


 たまらず名前を呼べば――。


「ああ、俺も。ずっとこうして居たい」


 ああ、私と同じ気持ちなんだ。そう思うと、本当に嬉しくて。


「今日は、おとなしく帰るつもりだったんだけどな……責任、とって?」


 お互いのおでこをくっつけて、幸樹がうるんだ瞳で私にそう言った。


「もう、好きにしていいよ」


 どうせ、今はあなたのことで頭がいっぱいで、他のことなんて考えられないから。


「そんな可愛いこと言うなよ……止まらなくなるだろ」


 じゃあ、朝まで。


「可愛がってくれるなら、ずる休みも可」


「悪い子だな」


 そう言って、幸樹がちょっとだけ意地悪そうに笑った。そんな顔も、大好き。なんて言った日には、きっと意地悪なことされるのは目に見えているので、今日は黙っていようと思う。


 だって、幸樹は真面目な人だから、徹夜したって仕事を休むなんてことはない。


 だから、ほどほどで。


 あなたのぬくもりに包まれて眠るのも大好きだから。





 つづく

今のところ、書いてる長編のめどが立たな過ぎて、さっくり読める中編の軽い話を書いてみました。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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