60 友達とおしゃべりをします
審議から三日が経った朝、鈴花の下に文が届いた。黄家からの飲茶の誘いで、翠妃の名もある。気晴らしにどうぞと書かれていたが、事件と今後について報告をということだろう。鈴花は春明に準備するように伝え、軽めの朝餉を食べて化粧をするとお誘いのあった春山宮へと向かった。
黄妃が住む春山宮を訪れるのは二度目だが、側院の花は梅から桜へと変わっており、時間の流れを感じる。早咲きの桜のようで、すでに満開だ。庭を通り亭へと吹く風は温かく、春の匂いを含んでいる。
少し早めの飲茶ということで、点心は軽めのものが並んでいた。今日はお茶が主役のようで、様々な種類、産地の茶葉が取り寄せられている。鈴花が好きな胡国の茶も数種類あり、柑橘の香りがする紅茶を楽しんでいた。雑談をしているとお茶がいきわたり、点心にも手が伸びたところで話は本題に入る。口火を切ったのは黄妃で、鈴花が宮へ着いた時から訊きたそうにうずうずしていたのだ。
「鈴鈴、まずは皇貴妃へのご指名おめでとう」
「鈴妃様、よかったですね」
「ありがと……妃嬪もだいぶ減ったから、その中で皇貴妃と言われてもって感じだけどね」
中級妃以下はほとんど珀妃についていたため、今後宮に残っているのは上級妃の三人と、我関せずを貫いた数人の妃嬪だけだ。今後新たに妃嬪を増やすかは、皇帝の意向を聞いてということになる。
「適当な子を中級妃にでも据えて、私はさっさとここから出たいわ」
そう言って桃饅頭を頬張る潤は、「そろそろ後宮生活も飽きてきたしね」と付け加える。鈴花は苦笑いを浮かべ、蒸籠の中から小ぶりの桃饅頭を手に取った。桃色に色づけられた生地が可愛らしく、割れば中にはしっかり餡が入っている。今日は皇帝が玉座に戻り、鈴花が皇貴妃になったことのお祝いだそうだ。鈴花は上品に割って口に入れ、珍しい食感に目を瞬かせた。その反応を見た潤が上手くいったと口角を上げる。
「いいでしょ。木の実を入れてみたの」
「ほんと、おいしいわね」
「いいですよね~。今度、黄家が売りに出すんですって」
饅頭系はおいしいがたまに飽きが来てしまうので、食感に変化があるとさらにおいしくなる。他にも果物を餡に練り込んだものもあり、鈴花は食べ比べを楽しんだ。話がおいしい桃饅頭へと流れそうになったところを、潤がもとに戻す。
「それで、こっちには珀家が裏でそうとう悪事を働いていたってのは伝わっているけど、結局どういうことだったの? なんか、鈴鈴のとこの宦官が皇帝だったって言われているけど」
潤が緑茶を飲みながらそう尋ねれば、陽泉も気になるのか何度も頷いていた。じっと熱い視線を向けられ、鈴花は茶杯の横を撫でながら掻い摘んで事の真相を明かすのだった。皇帝が身代わりの訓練を受けていたことは伏せ、三家と皇帝が手を組んで策を弄し、皇帝はその一環として宦官に扮して内から探っていたと伝えたのだ。
それを聞いた二人の反応は正反対で、「鈴妃様はなんて国思いで、行動力のある方なんでしょう」と目を潤ませ感動する陽泉と、「自分で動くなんて皇帝はばっ……何考えてるのよ」と馬鹿という言葉をなんとか飲み込んだ潤。
二人の性格がよく現れていて、鈴花は思わず頬を緩めた。玄家の隠された顔を知っていても、一線引くことなく接してくれる二人はありがたい存在だ。
「まぁ、これで玉座を狙う勢力は排除できたとしても、今後も油断ならない状況ね。皇位継承のごたごたから、国が疲弊したのは間違いないし、陛下は若いから胡国もちょっかい出してくるかもしれないし」
黄家は商売柄胡国との取引も多く、細かな情報も拾えるのだろう。潤の言葉に不穏な気配を感じた鈴花は、彼女に視線を向けた。
「怪しい動きがあるの?」
「今のところはないわ。でも、今までだって国が乱れれば何かしら動いてから、警戒するのに越したことはないわね」
潤の言うことは最もで、鈴花は悩み事は尽きないと額に手を当てた。妃嬪が集まっただけでこれなのだから、朝廷という議論の中にいる翔月はさらに苦労するだろう。この三日間、皇帝は後宮に姿を見せておらず、郭昭から忙しくされていますという報告があったくらいだ。
「太平の世になるのは、いつなのかしらね」
鈴花は物憂げな表情で桃饅頭を割った。今度は胡桃入りで、好物の木の実に鈴花は目元を緩める。その表情の変化をしっかり見ていた陽泉は、すっと胡桃が盛られた皿を鈴花の手元へと押しやった。気が利くと鈴花が驚いていると、「あの」っと陽泉が声を上げる。
「すぐに盤石とはなりませんが……今後は皇帝も、より臣からの協力が受けやすくなると思います」
「……そう?」
今一つ腑に落ちていない鈴花に対し、陽泉は表情をやわらげ嬉しそうに話す。
「はい、私たちのような蓮の流れを組む家は、玄家を影ながらお慕いしております。ですから、今回の騒動でも消極的だった家も動きがよくなると思います」
今回の騒動でどの家にも与しなかった家もある。陽泉の話では、彼らの大半は蓮国の流れを組む家で、玄家の真意が読めず静観を決めていたらしい。元蓮国の家の中では、翠家、黄家に力があり、二家が玄家への協力を表明したことで、玄家についた家もあったそうだ。鈴花には政治の情報はあまり入っていなかったので、「そうだったのね」と呟く。
陽妃は顔をほころばせ、純粋な笑顔を見せた。
「なので、鈴妃様が皇貴妃に選ばれたことはとても嬉しいのです」
長い鳳蓮国の歴史の中で、玄家は妃嬪を後宮に入れても皇貴妃に、そして后妃になることはなかった。鈴花が「ありがとうね」と胡桃を頬張りながら相槌を打てば、潤も頷きながら感慨深そうに呟く。
「だって、鈴鈴に子どもができて后妃になれば、やっと蓮国と鳳国が一つになった気がするもの」
二人の言葉に、鈴花は口を半開きにし目を瞬かせる。まさかそんなことを思われているとも知らず、改めて蓮国の存在の大きさを思い知らされた。鈴花にとっては闇の玄家の面の方が強く、蓮の皇族の末裔であることはおまけでしか過ぎない。すでに消えた国であり、玄家が仕えるべきは鳳蓮国だからだ。
「……鳳蓮国だもの。一つになれるわ」
鳳蓮国となり何世代と続いても、各家は元仕えていた国を誇りとして伝えている。建国当初は元鳳国、蓮国で派閥が出来たこともあったらしい。今となっては口に出す者はほとんどいないが、二人のように心の隅にしまっている人はいるのだ。
(思ったより責任重大ね)
もちろん皇貴妃として皇帝と国を支えるのは重大な役目だ。だがそれと同時に、蓮国を象徴する身でもあるのだ。そう考えると、また違う緊張と恐ろしさがある。表情をこわばらせた鈴花に気づいた陽泉が、遠慮がちに鈴花の手に自身の手を重ねた。
心配げな瞳を向け、小さな口を開く。
「あの、いつでも力になります。だから、頼ってくださいね」
その健気な様子に、思わず鈴花はきれいな陽泉の手を握り返した。なんだか可愛くて、胸がきゅんとする。そして二人の手を包むように潤が両手を重ね、満面の笑みを見せた。
「黄家の商才にかけて、この国を豊かにしてみせるわ!」
「ありがと……陽妃、潤姐」
下と上から伝わる熱が温かくて、鈴花は胸に込み上げるものを感じる。
(そっか……もっと頼ってもよかったのね)
鈴花は幼い頃より、常に一人で判断し行動できるように訓練されてきた。最後の一人になったとしても、任務を遂行できるように。
「二人とも、これからもよろしくね」
「もちろんです!」
「しっかり稼がせてもらうわ!」
二人の明るい声が返って来て、鈴花の心は解きほぐされていく。そして話題は転々としていき、すっかり女の子のおしゃべりになった。何の答えも求めていない、ただ話を楽しむだけの時間。
鈴花は久しぶりにお腹の底から笑い、心を軽くして景雲宮へと戻ったのだった。




