57 理由を訊きます
「……それで、私を皇貴妃に指名したのはどういうつもり?」
「俺が小鈴を皇貴妃にするって言っただろ?」
それは宵が鈴花に向けて言った言葉だった。同時に、後宮から逃げて市井で生きないかとも。
「そうだったけど……あれは宵だったじゃない。それに、ここから逃げようって言わなかった?」
「あぁ、それも本音。勝手なこの国に腹立ってたのは事実だ。皇帝になりたいわけでもなかったからな。だから、あの時鈴花が宵を選んでたら、師匠の計画も全部蹴って一緒に逃げるつもりだった」
あっさりとした口調でとんでもない答えが返って来て、鈴花は目を見開く。
「そんなことを考えてたの!?」
「まぁな。けど、小鈴がこの国を守ることを選んだから、俺は皇帝となって小鈴を守ることにした」
あの問いがそんな重要なものだったとはつゆ知らず、鈴花は口を開けた。
(もう……意味が分からない)
鈴花の頭の中には、枝垂桜の下の皇帝、仮面の皇帝、そして目の前の皇帝に宵と四人が回っている。全員が同一人物と言われても、すぐに飲み込めるわけではない。
「それに、俺、小鈴のこと好きだし、小鈴も皇帝のために働きたいって言ってたから問題ないだろ」
「私が尽くしたいって思った皇帝は、枝垂桜の下で会った彼なの」
「いや、だからそれ、俺だから」
当然そうな顔で自分を指さす翔月に対し、鈴花はふくれっ面で首を横に振る。
「私の中では、その顔はまだ宵なの。そんなにすぐ切り替えられないわ。それに、仮面を付けていた時の方が好みよ」
宵には親しみを持っているが、皇帝には尊敬と憧れがある。
「……え」
一瞬翔月は間の抜けた顔を見せ、「仮面をつけるか」と真剣な顔で悩み始めた。鈴花はその反応に呆れてしまい、「もう遅いわ」と返す。
「……それもそうだな」
翔月は一言で切り替えると、すぐに強気な笑みを作った。机に身を乗り出し、鈴花の手を掴む。
「けど小鈴、宵のこと嫌いじゃなかったろ?」
そうして翔月は、おもしろそうに余裕ぶった笑みを見せると、口調を皇帝のものへと変える。
「余が皇貴妃に小鈴を望むのだ。余と、国のためにその才能を生かしてほしい。それに、枝垂桜の下で泣くお前を守りたいと思っていた」
優しく楽器のような美しい皇帝の声と穏やかな口調。
「……陛下」
鈴花はうっすらと頬を染めてから、ハッと我に返り首を横に振る。あまりに優美で雰囲気にのまれかけた。翔月は喉の奥で笑うと宵の意地悪そうな笑みと、艶っぽい声音に変える。
「それに、俺だってこいつって決めれば一途なんだぜ? 俺にしとけよ。それに俺と翔月の二人に愛されるんだ。最高じゃねぇか」
「よくないわよ!」
鈴花は照れか怒りか、顔を赤くして声を荒げる。その反応を見て気をよくしたのか、翔月はケラケラと笑っていたが、やがて真面目な顔に切り替えて鈴花を見つめた。雰囲気が変わり、鈴花はむくれ顔を止めて翔月を見つめ返す。じゃれ合うのは終わりということなのだろう。
「……それで、審議の時に気になって、聞きたいことがあるんだけど」
単刀直入を好む翔月が前置きをするということは、それだけ重要なものということだ。
(やっぱり聞き逃してなかったわね……)
逃げられるとは思っていなかったが、鈴花は気が重いと内心溜息をつく。こういうのは、兄か父親が説明したほうがいい。鈴花は損な役回りに当たったと、散っていった緋牡丹を恨むのだった。