52 皇帝が策を明かします
「さて、三家に皇帝を自称してもらったのは、余が即位する前から玉座を盗もうとする存在を感じていたからだ。そのため策を講じさせてもらった」
即位する前といえば、公子たちが玉座を争っていた頃だ。その当時から大逆の意を抱いていたものがいると聞けば、百官たちは不安げに声を落としてひそひそと話し合っていた。皇帝が敵と定めている存在が分からない以上、下手に言葉を発することはできない。
「余はあえて、顔を出さなかった。即位をすれば、必ず余を廃して権力を手に入れようとするものが出ると考えたからだ。実際に、そうなったからな」
皇帝の素顔が仮面で秘されてため、捜索は難航し、偽の皇帝が立つ事態となった。鈴花は今の状況を読んでいたことに驚きを隠せないが、同時に知らされなかったことへの腹立たしさとやるせなさが膨らんできた。
「ここにいる玄家の文官には、世の身代わりを頼んでいた。陵墓を巡る際、敵の襲撃があれば撹乱して逃げる手助けをしてもらうつもりだったのだ」
そこには無論、囮としての役割も、潜入調査をすることも含まれていたのだろう。玄家の正しい使い方に、鈴花は下唇を噛みしめる。その計画に、自分が入れてもらえていなかったことが悔しい。
「だがそれだけでは、敵を炙り出せない可能性もあったため、朱家と蒼家には皇帝を称してもらい、また余の素顔を明かして証人となってもらうことにしたのだ」
翔月が左右の仮面の男に視線を向ければ、彼らは一歩前に進み出た。そしてゆっくりと仮面が取られ、現れた顔は皇帝と似てもいない。だが、顔としぐさからは特殊な訓練を受けた名残が感じられ、鈴花は最初に見た時の違和感に思い至る。同時に、すぐ後ろに控えていた春明が小声で「両家の末子が、訓練に訪れていたと聞いております」と、答えを裏付けてくれた。
そして、淡々と述べる翔月に対し、右丞相は鬼のような形相で噛みつく。
「そんなもの全てでたらめだ! その三家が共謀して、真の皇帝を廃そうとしているんだ! そもそも朱家と蒼家が手を組むなんておかしい話じゃないか!」
この二家は武と文の二大巨頭であり、常に権力を争ってきたため犬猿の仲とも言われている。それは他の官吏たちも同じ思いだったようで、頷く人たちが何人かいた。
「だそうだ。左丞相、何か言うことはあるか」
翔月にそう促され、腕組みをして話を聞いていた左丞相は鋭い視線を右丞相に向ける。初老の貫禄があり、髪に白髪が混じった細面だった。目元には皺が刻まれ、いかめしい顔つきだ。
「そうですな……。我ら蒼家、そして朱家は、先の皇位争いで国に乱を招いてしまったことを、深く反省しております。あの時は、日々状況が変わり、情報が錯綜しておった……。だが、責を逃れるつもりはないが、いささか不自然なところがあったのも事実なのだ」
第二公子は、左丞相からして孫にあたった。彼は命を落とした公子を思い出したのか、悲痛な表情を浮かべて静かな声で話し出す。
「あの乱の始まりは、第二公子が東宮を毒殺した疑いをかけられたところからだった。本人は否定しており、身近な臣たちもそのような非道なことはしておらぬと申していた。何より、第二公子は東宮を兄と慕っていたこともあり、わしもにわかには信じられなかった」
将軍である朱家の当主も「その通り」と呟き頷いた。皇位争いが公の場で話されることは忌避されていたため、皆明かされる真実の予感に一言たりとも聞き漏らすまいとかじりつくように聞いている。
「そのような疑いが出れば、当然朝廷が動き、調べが進んだ。蒼家も無罪であると立証しようと動いていた最中、可愛い孫は帰らぬ人となった……」
左丞相は直接口にしなかったが、第二公子は突然奇声を上げ、謹慎していた別邸の二楼から飛び降りたと聞いている。一部では東宮暗殺を疑われ、気がおかしくなったのだと噂する人もいた。左丞相が口を引き結んで黙したので、将軍が言葉を引き継ぐ。
「そこから、一気に事態は悪化していった。第二公子の死因を明らかにする間もなく、第三と第四公子の間で皇位争いが起き、武力衝突に発展して民にも犠牲者が出たのだ」
将軍の屈強な体から発せられる声は、重く響く。皇位争い当時の当主は引退しており、彼にとって東宮は甥にあたった。
「朱家と蒼家は悲しみから立ち直る暇もなく、混乱する国を立て直そうと争いに介入しようとした直前、双方の公子が命を落としたのだ……。だがこの死についても、戦場で斬り合ったわけでもなく、突然倒れたと聞く」
公には戦乱で相打ちとされていたが、不審な点が残るようだ。鈴花は口元に手をやり、新たに得た情報をもとに熟考をする。
(噂以上に、不可解な点が多かったのね。……今、その話をするということは、何者かが手を回していたということ?)
鈴花は何を明らかにするつもりなのかと、皇帝が思い描く物語を読み取ろうと目と頭を使う。
「さて、余は皆を信じ、あえて混乱を作り出したが……この餌に食いついたのは、誰だったかな」




