51 からくりを明かしましょう
「え、何するの?」
思わず鈴花は声に出してしまった。父親が動かないから、意に反したことではないのだろうが。
(宵に、何ができるの?)
右丞相が言ったことがどこまで正しいのかは分からないが、今の宵はご落胤(仮)だ。前に出たところで、聞く耳など持たれない。
宵は人々の視線を引き寄せながら、堂庁の奥へと進む。銅鑼を叩いた兄は足を引きずって側へと近づいていき、蒼家の仮面の男が肩を貸した。朱家の仮面の男も宵に付き従うようにその背を追う。
「……え?」
朱家と蒼家の前を通り過ぎ、その奥にあるのはただ一つ。誰も言葉を発することができず、進んでいく四人の背を見送るだけ。
宵は壇を上がり玉座に腰を下ろすと、背もたれに身を預けて見回した。皇帝の右側に朱家が、左側に蒼家と兄が立っている。皆何が起こったか理解できず、口を開けて間抜けな顔を披露していた。それがおもしろかったのか、宵は喉の奥で笑っている。
呆気にとられる人々に囲まれていた右丞相は、人を押しのけ前に出て叫ぶ。
「何をふざけたことをしている! そこはお前のような薄汚い男が座っていいところではない!」
「へぇ、お前の席だって言いたいのか? ふざけんな」
低く怒りのこもった声と荒い口調。だがそれが一転して優しく気品あるものに変わる。
「右丞相、確かに私はあなたの言う通り身分を偽り、他人のふりをした」
同じ顔をしているのに、中身が二人いるかのように声も表情も雰囲気さえ違う。霊でも憑りついているのかと、一部の者は怯えを見せた。そして彼は、皇帝の声ではっきりこう告げる。
「私が鳳翔月、この鳳蓮国の正当なる皇帝だ」
呆然。その言葉が、この場を表わすのにふさわしかった。鈴花は思わず首を傾げ、「何言ってるの」と呟いた。後ろから春明が「そんなまさか」と零しているのが聞こえる。鈴花も全く同じ気持ちだ。
当然四方から否定、疑問、驚愕、嘆きの声が飛び交い、再び混沌へと落ちる。そんな中、右丞相が玉座の前まで進み出て、手で空を薙ぎ大声で否定した。
「そんなはずがあるか! お前は宵! 身元の分からん、ただの路傍の石だ!」
目を剥き顔を真っ赤にして怒り狂っている右丞相に、宵は冷ややかな視線を送り、嘲るような笑みを浮かべた。冷笑ともとれる表情に、恐れを抱いたものが口を閉ざし始める。
「その情報をわざわざお前に掴ませてやったんだから、感謝してほしいものだ。玄家の尻尾がつかめたと思った時は、爽快だったか? 無様だな、踊らされているとも知らず」
皇帝の穏やかで優しい声は、今や毒を含んだ恐ろしいものに変貌している。まさに七変化。妖狐だと呟く者までいた。
「おい! お前たち、あの無礼者を捕らえよ!」
右丞相はいきり立ってそう武官たちに命令を出すが、武官たちはどちらについていいか分からず戸惑うだけだ。思い通りに動かない武官たちに叱責の声を飛ばす右丞相を見て、宵は、皇帝翔月は愉快そうに口角を上げた。
「策を張り巡らせて楽しかったか? 玄家を策に嵌められたとでも思ったか? 自らの周りに張り巡らされた策にも気づけんとは、愚か者めが」
「珀家を愚弄するか! さっさとそこから降りろ! お前が皇帝だという証拠もない!」
皇帝かと思いきや、ご落胤で、嘘だと騙された後に本当は皇帝だったと言われても、皆すんなり信じられるはずがない。鈴花の頭もすでに情報過多であり、処理をする気力も残っていなかった。
「皇帝の真偽が分からないのは、顔を知らなかったからだろう? 余は襲撃を受ける前に、信頼のおける臣に顔を見せた。それが、朱家、蒼家、玄家の当主たちだ」
翔月が三人の当主に視線を滑らすと、彼らは重々しく頷く。この三家が目の前の皇帝を保証することになり、一気に信頼性が高まる。
(何それ聞いてない)
百官たちの期待感が上がり、右丞相の顔色が悪くなる中で、鈴花の表情は曇る。宵が皇帝翔月だということもまだ認めきれていない上に、自分の知らない策が進んでいたとなっては、もやっとする。すると、もう一人納得がいかない者がいたようで、郭昭が「恐れながら」と口を開いた。
「私は、玄家の真意を知った上で、ご落胤と思われた宵様を皇帝であると証言いたしました。幼少期の陛下のご尊顔を拝したのも真実でございます。……その上で伺います。幼少の陛下にはそばかすはなかったように思えるのですが……」
実際に宵に会って、皇帝でないと判断したからだろう。郭昭はこれも玉座をかすめ取ろうという策かもしれないと疑っているようだった。皇帝に近かった郭昭の言葉とあって、他の官の表情に疑念が潜む。だが、翔月は満足そうに口元に弧を描くと、鼻の頭に散らばっているそばかすを指で触れた。
「結論を言えば、これは作り物だ。植物の染料で肌を染めている。すでに薄くなってきたが、一か月もすれば完全に消えるだろう」
そう言われて初めて、鈴花は会った時よりもそばかすの色が薄れていることに気が付いた。毎日顔を合わせているから、その変化に気付けなかったのだ。
(……盲点だったわ。そうね。あれを使えばそばかすぐらい作れる)
鳳蓮国の南に自生する木の葉を粉状にしたもので、水を含ませて使う。数時間で肌が染まり、仲間を見わける時の印や、変装の時にしみに使っていた。数週間で消えるため諜報員に向いているのだ。
「ですが……お声が宵様とはずいぶんお違いに」
と、郭昭がさらに疑問を口にしたところで、本人も気が付いたらしい。翔月は「声を変えることくらいできる」と返したが、身代わりとして訓練を受けていれば当然だ。皇帝が身代わりとして訓練されたことは公にできないため、郭昭は「差し出がましいことを申しました」と引き下がった。
これでまた、宵が皇帝であること真実味が増し、右丞相の顔が歪む。一方得意げな表情をしている翔月は話を続けた。
長かったので二分割、夜も投稿します。




