27 対策を練ります
一日にして四人の皇帝が現れた。当然翌朝の朝廷は上を下への大騒ぎであり、宵はそのどさくさに紛れて宦官の仕事をさぼっていた。この事態に対して必ず動きが出るため、鈴花と対策を練っているのである。春明は玄家からの文を受け取ってすぐに、届を出して市井へと出た。
二人はその文を、頭を突き合わせて読んでおり、走り書きで書き留められた情報を確認していく。
「お父様によれば、三家が皇帝だと言う人物は栗色の髪に黒目であなたと同じね。記憶の混濁が見られるという珀家、喉元を斬られたため声が出にくいという蒼家、記憶が一部欠落し足に怪我をしているという朱家……そのどれもが偽物である可能性があるが、珀家は特に強気にでていて気になると」
細かく記された情報は、さすがは父と鈴花が唸るほどだ。たった一晩でここまで調べあげるのだから、玄家の無駄に広い情報網も捨てたものではない。これには宵も舌を巻く。
「すげぇな……なんでこんなに調べられるんだ? 俺のことや銀簪の時も思ったけど、ただの名家ができる域を超えてんだろ」
「人脈だけはあるからね、うち」
鈴花は当然だと思っており、軽く返した。だからこそ、皇帝の情報が全く出てこなかったのが不思議なのだ。いまだに本物の皇帝の足取りは掴めていない。宵は「ふ~ん」と頷いてはいるが、納得はしていないのか鋭い目を文に向けていた。その態度に引っかかるものを感じつつも、鈴花は話を先に進める。
「お父様も、そして私も必ず皇帝を集めて真偽を問う場が開かれると踏んでいるわ……だから、その時の想定される質問や他家の動きを挙げていくから、何があっても皇帝っぽく振舞えるようにして」
「りょーかい」
そして鈴花は各家の歴史や目的を考えつつ、出方を予想していく。これは父の文にもある程度書かれており、鈴花は補足をしつつ対抗できるような物語を考えていく。そこに宵も意見を出し、昼前には予想される事態に対する対応が一覧になって長い紙を埋めた。
それにざっと目を通した宵は、少し引いた顔を鈴花に向ける。
「お前、劇作家にでもなれよ。それか軍師」
「あら、それも悪くないわね」
そして宵はまた不可解そうな、何かを見破ろうとするような険しい目を鈴花に向ける。
「ほんと、お前何なんだ? 名家の娘ってここまでできるもんなの?」
それに対して鈴花は澄まし顔で自分で淹れたお茶を飲む。
「器用貧乏妃を舐めないでちょうだい」
「器用貧乏で済むのか、これ」
理解に苦しむと宵は首をひねり、顎に手をやった。そしてさらに何か問おうと口を開いた時、足音が聞こえてきた。急いでいるようであり、小走りに近い。離れには来ないように言いつけてあるので、よほどの事態なのだろうと鈴花は宵に目くばせをした。宵は了解と頷いて静かに房室の奥の物入れへと身を隠す。いらぬ噂や憶測が起こらぬよう、鈴花は一人で離れの房室で書き物をしていることにしていたからだ。
瑠璃が嵌った木戸の向こうに見えた人影は宮女のもので、畏まると用件を告げる。
「鈴花様、郭昭様がお見えでございます。至急お目通り願いたいとおっしゃっておりまして」
鈴花は軽く拳を握り、静かに深呼吸をしてから言葉を返す。
「わかったわ。堂庁に案内して……すぐ行くから」
鈴花は宮女が遠ざかるのを待ってから、物入の戸から顔をのぞかせた宵へ視線を向ける。
「珀妃より郭昭様のほうが早かったわね……何かあったら呼ぶから、堂庁の裏手で潜んでいてくれる?」
「……分かった。今は春明がいねぇから、無茶すんなよ」
「えぇ」
鈴花は立ち上がり、戸を開けて走廊を歩き出した。強い風が吹きつけて来て、梅の香りを散らしてしまう。院子の梅はもう終わりがけであり、少し視線をあげれば西の雲は黒い。今晩にでも雨になりそうで、梅を散らす風雨が来ようとしていた。




