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25 落ち着いて話し合います

 

 急転した事態に、鈴花は慌てて宵を呼び出した。不満顔でやってきた宵だったが、鈴花らから事情を聞いて表情が一変する。


「は? 皇帝が四人?」


 離れの一室で宵はすっとんきょうな声を上げる。「意味がわからねぇ」と呟くが、鈴花だって意味が分からない。


「本物もいるのか?」


 方卓(つくえ)の向かいに座る宵は険しい顔で腕を組んだ。春明が出したお茶に手も付けず、眉間に皺を寄せている。部屋の空気が重く、鈴花は下唇を噛んだ。


「分からないわ……可能性はある」

「でも、珀家はなんとなく予想がついたけど、朱家と蒼家まで出てくるとはな」

「うん……でも、先の皇位争いにも関わってるから、皇位を狙いに来てもおかしくはないのよね」


 宵はますます渋い顔をし、「確かに」と低く呟いた。宵は皇位争いで兄弟を亡くしているからか、そのこととなると顔色が曇る。そして鋭い視線を鈴花に向け、硬い声音で問いかけた。


「それで、これからどう動くんだ? 計画では皇帝の保護を公表して、俺を皇帝と認めさせていくって感じだったけど」

「……基本的には変わらないわ。ただ、皇帝に似せるだけでなく、他が偽物だということを明かさないと」

「逆に、こっちは偽物じゃないかって疑ってかかられるわな」


 皇帝と名乗る男が一人現れただけでも疑いをかけられるが、それが四人ともなれば少なくとも三人は偽物となる。鈴花は口元に手を当て、方卓(つくえ)の木目を見ることなく見ていた。宵に今手に入った情報を話しながら整理したが、正直わからないことが多い。


「ねぇ、もし本物がいたとして、どうやってそれを証明するつもりなのかしら」


 身代わりを本物に仕立て上げるのと、本物を本物だと証明するのは似て非なるものだ。


「知ってるやつが確認すりゃいいだろ」

「そうなんだけど……陛下の素顔は誰も知らないと言われているのよ?」

「知っているやつを用意する?」

「その人が知っているという証拠はある?」


 鈴花は裏を裏をと考えていく。もし皇帝陛下の顔を全員が知り、その人柄を熟知しているなら話は簡単で、皇帝が四人も出現する事態にはならなかった。宵は腕組みをしたまま難しい顔で低く唸る。


「なら、皇帝しか知らない情報を言うとか、持ち物をだすとか」

「そうね……でもどちらも偽造が可能よ。協力者が数人いれば簡単にできる」


 あの三家は朝廷に近く、根回しも十分できる位置にいる。対する玄家は今朝廷に出仕しているのは兄だけ。父親は若い頃は出仕していたらしいが、兄が仕えるようになってからは家業に専念するようになった。兄は各尚書の小間使いのようなことをしているらしく、権力とは程遠い。


「不利じゃんかよ。それでもまだやんのか? 顔も知らない皇帝のために」


 宵は不服そうな顔で、腕組みを解くと冷めきったお茶に手を伸ばした。鈴花は眉尻を下げ、視線は方卓(つくえ)から動かさない。


「するわ……決めたもの。それに、三家が出す皇帝のうち二人は偽物なのだから、偽物が玉座につくことだけは防がないといけないわ」

「ふーん。どうせ鳳蓮国への忠誠と玄家の誇りなんだろ?」


 宵はおもしろくないと、頬杖をつく。もう耳にタコができるくらい聞かされた言葉だ。宵はなんだかそれが気に食わない。そのきれいな言葉の裏に何かがあるような、別の意味があるような気がうっすらするのだ。


「そうよ。それが、玄家が存在する意味なんだから……だから、この危機を乗り越えないといけないの」


 鈴花は静かに息を吐いて宵と視線を合わせた。もう後戻りはできない。


「じきに玄家が皇帝の保護を公表するわ。そこからは、根回しと下準備の勝負となる……声と筆跡、仕草を似せるのが個人でできる限界。後は、証人とその証人の証人は用意しているわ」

「さっき、証人は厳しいって言わなかったか?」

「えぇ、陛下の幼少期の情報を頭に入れてもらったでしょう? そこから人物を作り上げて自作自演をするの。朝廷内にも何人か仕立てあげてる。でも……おそらく、全ての家がそれをするわ。だって、誰も本当に陛下とその人が関係があるかなんて分からないのだもの。必要なのは物語と説得力よ」


 鈴花は策の細かいところは宵には伏せていた。あまり教えるとぼろが出た時に困るのと、宵も詳しく聞かなかったからだ。だがここにきて徐々に見えてきた策に、宵は静かに茶杯を卓子(つくえ)に置いた。


「詐欺師も真っ青だな。押し切れんのか?」


 冷静な宵の声に、鈴花は苦い顔をする。


「正直、苦しいわ……他を圧倒するものが足りないもの」


 鈴花が正直にそう返せば、宵は無言で見つめてきた。全てを見通すようなまっすぐな瞳で、鈴花はぐっと息がつまる。その鋭い視線で弱さを突かれた気がした。


(宵にも命をかけてもらってるのだもの……弱音を吐いている場合じゃないわ)


 鈴花は膝の上に置いている左手をぐっと握りしめた。方卓(つくえ)の上に置いている右手は白く、血の気がない。


(もっと力が欲しい……今だって、周りに頼ってばかり)


 悔しさが胸の内に広がる。後宮にいる鈴花ができたのは、宵を身代わりに仕立て上げることだけ。他の根回しは全て父がしてくれた。


「ふ~ん。小鈴はこの国を守りたいんだよな。だから、身代わりを立てるんだろ?」

「そうよ」

「皇帝は先帝の血筋じゃないといけねぇんだな」

「えぇ」


 宵は口元を引き結び、力強い目で鈴花を見るとその右手に手を重ねた。冷たく白い手を握り込む。


(宵……)


 鈴花が彼の温かさを感じた時、決意が籠った声が届いた。


「なら、俺が皇帝になってやるよ」


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