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24 思わぬ方向に事態が動きました

 上級妃の二人とお茶会をしてから三日が経った。昼が過ぎたころ、父親から簪の出どころと珀妃の情報をつづった文が届き、皇帝捜索に関する最新情報も教えてくれた。ざっと目を通して情報を得ていく。


(簪は特注品で、先帝がお手付きの下妃に送ったもの。二本で一組と……その妃嬪の足取りは不明ね……後で宵に教えないと)


 持ち主は分かったが、今どうしているかまでは突き止められなかったらしい。もう少し時間をかければ見つかるかもしれないと書かれていた。簪は鈴花にとって重要な情報ではないため、すぐに次へと目を移す。続きには珀妃に関しては彼女の略歴が書かれており、鈴花の胸に苦いものが広がる。


(なるほど。高慢になるのも頷ける実力ね)


 幼い時から高度な教育を受け、后妃になるために育てられてきた。政治や文化、歴史などはもちろん、農作物や鉱業など幅広い知識を持ち、竹笛の名手でもある。野心家の親の期待を一身に受け、また周りも彼女を持ち上げたらしい。

 知識や身に着けた技能においては、器用貧乏家である鈴花の方が多いが、一つ一つの熟練度は悔しいが玉耀のほうが上だ。父親からは甘く見ないようにと念が押されていた。それと同時に珀家に何か動きがあるので、十分気を付けるようにと。


(本当に陛下を保護されたのかしら……)


 それなら、近いうちに公表されるはずだ。隠しておく理由がないのだから。


(そして、陛下の情報は無し)


 あれからけが人や栗色の髪をした若者の情報を全て当たったが、人違いで陛下につながる情報は欠片も手に入っていない。陛下が姿を消してから、もう二週間が経っている。もし大けがを負い保護もされていないなら生存しているはずはない。だが栗色の髪をした遺体は発見されていないという。

 そこまで読んで鈴花はため息をつき、後ろに控える春明を振り返った。胸の内に言い知れぬ違和感が広がる。それが引っかかって、春明の意見も聞きたくなったのだ。


「ねぇ、あまりにも陛下の情報が上がってこないのは変だと思わない?」


 普通集団に襲われ、怪我人が逃げたとすれば誰かの目には着く。血の跡や足跡、目撃情報だってあるはずだ。周辺にはまばらとはいえ集落もある。問いかけられた春明は顎に手をやって、「そうですね」と考え込む。


「他の家も情報を手に入れてないようですし……」

「そうなのよ……でもね、あのお父様がこれといった成果をあげていないのが気になって。だって、玄家を体現したような人じゃない」


 なんでもそつなくこなし、一定の成果をあげてきた父が陛下の情報だけは掴めていない。


「言われてみればそうですね……巧妙に陛下の足跡が消されたのか、ご自身が姿を隠したのか……」

「誰かが痕跡を消したなら、相当の手練れよ」


 そこで、春明は鈴花に視線を向けふと呟いた。


「そもそも、襲われた陛下って本物だったんでしょうか」

「影武者で、実は本物はどこかに隠れているってこと?」

「はい、栗色の髪の兵は何人かいたでしょうし、紛れた可能性もありますし……陛下は監禁されているかもしれません」


 春明が声を落として一つの可能性を告げれば、鈴花は表情を曇らせる。その可能性は鈴花の頭の中にもあった。皇帝の行方不明も込みで敵の策である場合、自ずと次に起こることが見えてくる。


「陛下を監禁、もしくは亡き者にすれば……次の皇帝を立てることができるわ」


 その際自分の息がかかったものを皇帝の座に座らせれば、傀儡として動かすことができる。権力をほしいままにし、この国を手にすることができるのだ。


「はい……傍流であれば名家の四家はもちろん、他の家も名乗りを上げられますからね」


 血が比較的直系に近いところを上げると、朱家や蒼家には先帝の妹が嫁いだため今帝のいとこにあたる男子がおり、他にも皇族が嫁いだ家はある。


「うちは、ずいぶん前に公主が降嫁されたのよね……さすがに名乗りはあげないでしょうけど、なんにせよ荒れそうね」

「後宮内の噂も、陛下を心配するものからこの先どうするかに変わりつつありますし、もう望みはないのでしょうか……」

「嫌よ……私は諦めないわ。私にとって陛下は鳳翔月様だもの」


 少しずつ皆が諦め、皇帝がいない未来を見ているような気がして鈴花は胸が締め付けられる。後宮の中でただ待つだけしかできないのが悔しくて、無意識に拳を固く握っていた。その思いつめたような表情に、春明は軽く礼を取って表情を引き締める。主が諦めていないなら、春明は手を尽くすだけだ。


「……はい、そうでしたね。ではもう少し捜索の範囲を広げてみます。もしかしたら、他国の関与も否定できませんから」

「えぇお願い。なんとしても見つけるわ……玄家の力を全て使って。それまではなんとしてでも身代わりで凌ぐのよ。」


 その声は力強く、鈴花の目から光は消えていない。鈴花は静かに息を吸い、気を落ち着かせる。


「春明、宵はだいぶ身代わりとして仕上がったわ。まだ危なっかしいところもあるけれど、公表に踏み切りましょう。早く皇帝が生きていることを明かさないと、次期皇帝の選出が始まってしまうわ」

「わかりました。では、手はずを整えます」


 春明は一礼すると房室から出ていった。その後ろ姿を見送った鈴花は、言い知れぬ不安に表情を翳らせる。今鈴花は引き返せない一歩を踏み出した。


(これからは、全員を騙すことになる……それでも、それでも私は陛下を信じて玉座を守るわ!)


 優しく思いやりを含んだ声。それは遠い昔に聞いたものより低かったけれど、同じ優しさを感じた。姿の見えない声の主。最後に見たのは栗色の髪と後ろ姿だけ。翔月と名乗った男の子に抱いた感情を、鈴花は忘れることができなかった。


「建国から鳳家と共にある玄家の娘として、鈴花として……私は陛下を待つのよ」


 自分に言い聞かせるように鈴花は呟いた。強く心に刻みつけないと、不安につぶされてしまいそうだ。

 だが、そんな鈴花の決意を嘲笑うかのように事態は動く。

 翌日、珀家が声明をだした。ちょうど玄家が公表の段取りを整えていた時だ。


「珀家は重症の皇帝陛下を保護している。陛下の意識が戻らず、また主犯が分からなかったため公表しなかったが、回復の兆しが見えたため明らかにした」と。


「出遅れたわ!」


 その報を受け取った鈴花は文を握り潰して叫んだ。顔面蒼白で、手が小刻みに震えている。


「春明、早くこっちも!」


 そして後手に回ったが今から皇帝保護の声明を出そうとした鈴花の下に、新たな知らせが届く。届けてくれた宦官は急いでいたようで、息があがっていた。その文を奪いとり、乱暴に開いて目を走らせる。


「……え?」


 内容を理解した鈴花は体の力が抜け、床に座り込んでしまった。絶望的な表情に、春明も凍り付いた。鈴花は虚ろな表情でぽつりと呟く。


「朱家と蒼家も皇帝陛下を保護している……一体、どうなってるの?」


 突如現れた複数の皇帝に、鈴花は目の前が真っ暗になるのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 他の家に出し抜かれる。 玄家の器用貧乏感がすごいでてますね(笑) 鈴花がこれからどう巻き返すのか楽しみにしています。
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