23 上級妃たちとおしゃべりします
どうして後宮に入ったのかと問われた二人は顔を見合わせ、少し考えるそぶりを見せた。当然皇帝の妻となり、子を授かって后妃となるのが目指すところなのだが、後宮に入る経緯は色々ある。最初に口を開いたのは陽泉で「えっと」と細い声を出す。
「ちょっと縁談で揉めて、ほとぼりが冷めるまで後宮に入っていなさいと父が」
「……え?」
思いもよらぬ返答に、鈴花は目を丸くする。そこに干し杏子をつまみながら、潤が捕捉を入れた。
「ちょっと面倒くさい男に気に入られちゃってね~。絶対そこには嫁ぎたくないっていうから、後宮に入ったのよ。ここなら身は安全だし、皇帝の寵愛さえ断れば平和に生きられるから」
「それはそうだけど……じゃぁ、皇帝のお渡りは望んでなかったの?」
「お話してみたいとは思っていましたけど、皇貴妃や后妃になりたいとは……相手が諦めたら適当なところでいい人に下賜してもらうつもりでした」
ずいぶん珍しい理由だと鈴花は口が半開きになった。それと同時にどうりで友好的なわけだと納得してしまう。
「そうなの……いい人が見つかるといいわね」
皇帝が不在となっては下賜どころの騒ぎではないが……。もし彼女にいい人が見つからなかったら、玄家の無駄に広い伝手を使って希望を叶えてあげたいと思うぐらいには、陽泉のことが好きになっていた。
そしてお次はと鈴花は潤へと視線を向ける。潤は干し杏子を口に放り込むと、「大したことないのよ」と前置いてから話し出した。
「陽陽が後宮に入るってなったから、心配でついて来たのと、後宮なら山ほど一級品があると思って審美眼を磨きにね」
「後宮を宝物庫代わりに……」
潤の理由も理由で、鈴花は呆れてしまう。後宮に来る妃嬪は皆が皆皇帝の寵を得て、国母になりたいのだと思っていた。
(本当に変わった妃嬪だわ。私を油断させようとかも思っていなさそうだし)
後宮は妃嬪たちが足を引っ張り合い、陰謀を張り巡らせる場所だと思っていただけに、なんだか拍子抜けしてしまった。
(この二人とはうまくやっていけそうね)
皇帝不在の後宮をまとめ上げ、維持していく。郭昭との約束だ。
「ここにいたらうるさい親はいないし、好きに商売のこと考えられるもの」
そう清々しく笑う潤は、自分の好きなことにまっすぐ取り組んでいる素敵な女の子だ。潤は自分でお茶を注ぎ、一口飲んでから話を続ける。
「それに、今の皇帝陛下って仮面を付けているし話さないし、おもしろくないじゃない。忘れられた公子だったんでしょ? だからうちの期待値も今一つってわけ」
宦官にでも聞かれたら不敬罪になりかねないことを、潤は平気で口にしていた。一応人払いはしているとはいえ、鈴花は一瞬ひやりとする。
「私も、公子は四人だと思っていました」
両手で茶杯を包むように持った陽泉がぽつりと呟け、鈴花は「そうねぇ」と相槌を打って皇帝の情報を引っ張り出した。
「確か陛下のお母様は中級妃で、上の公子四人は上級妃の子だったわよね」
先帝の子は公式では五人となっている。朱妃が后妃につき、その子どもが次期皇帝候補である東宮となった。当時の上級妃には蒼家もいて、他にも名家に次ぐ有力な家の妃嬪が寵を争っていたのだ。
「そして物心がついたころには、中級妃は後宮を離れたのよね」
「はい、何でも酷い苛めがあったと聞いています」
おいたわしいと陽泉は亡き中級妃の心情を量って顔を曇らせれば、潤が「女は怖いからね~」と軽い口調で潤が呟く。女の子が三人寄れば、噂話にはことかかない。特に今の皇帝は仮面を覗いても謎が多く、裏では色々情報が飛び交っていた。鈴花は市井や後宮で聞いた噂話をつなぎ合わせていく。
「たしか、陛下はそれから市井のご母堂様の生家でお育ちになられたのよね」
「そーそー。それで、先帝が亡くなってから四人の公子が争いだして、毒殺に不審死に小競り合いに巻き込まれてだっけ?」
「相次いで公子様たちがお亡くなりになって、父も青ざめてました」
最初に東宮が毒殺され、その犯人に疑われた第二公子が不審死で見つかった。そして第三、第四公子のどちらにつくかで朝廷が割れ、武力衝突も起こった。その騒乱の中で、双方の公子が命を落としたのだ。
鳳蓮国に激震が走り、皇族の直系が絶えたように思えたところで鳳翔月の名が挙がったのである。こうして幼少期に後宮から去り、中級妃であった母も幼くして亡くし、国から忘れられた公子は突然皇帝の椅子に座ることになった。
鈴花は当時の人々の反応を思い出す。
「公子として教育を受けていないから、政治能力が不安がられていたわね……案外問題なかったみたいだけど」
「公子として必要な知識は得ていたそうです。少し話した感じでは気性も穏やかですし、よい主君になられたでしょうに」
「あの変な仮面さえなければ、悪くない男なのにね」
二人は残念そうに少し肩を落としていた。それぞれ観点が違って、鈴花は性格が出ているわと面白く思った。そしてしばらく皇帝の情報や、行方不明になってからの新情報について交換したが足取りを追えるようなものはない。
手詰まりに思えて鈴花が気を落としていると、潤が興味深そうな瞳を向けてきた。
「鈴鈴は陛下を慕ってるの?」
直球で訊かれ、鈴花は思わず顔を赤くする。
「そりゃぁ……妃嬪になったのだから、尊敬しているし慕っているわ」
「恋してるってこと?」
さらに突っ込んで訊かれ、鈴花は返答に困る。鈴花は今まで恋をしたことがなく、それがどのようなものか実感はない。
「一緒にいて、支えてあげたいとは思うわ。だって、そのために玄家はあるのだもの……ゆっくりお互いのことを知れたらって」
その願いを叶えるためには、なんとしても皇帝を見つけなければならない。潤は頬杖をついて面白そうに頬を緩めて鈴花を見ていた。陽泉は「素敵」と呟いて、温かい眼差しを向けている。その二人の視線がなんだかこそばゆくて、鈴花はごまかすように咳払いをしてお茶を飲んだ。
「ひとまず、私たちは陛下を信じて帰りを待つしかないわ」
「そうですね」
「まぁ、うちの情報網にひっかかったら、教えるね」
潤は皿に残っていた最後の干し杏子を口に入れた。いつのまにか点心はきれいになくなっていて、お茶の残りも少ない。よく食べて、よく話した。そしてそろそろお開きかという頃に、潤が思い出したように鈴花が後宮に入った理由を聞いた。
二人が話したから鈴花もということで、「新規事業を始めるための資金繰りよ」と正直に答えたところ、「さすが器用貧乏の玄家」と二人は口をそろえ、次いで笑い出したのだった。鈴花もつられて笑い、いつの間にか気持ちが軽くなっていた。
暗雲立ち込める後宮でのつかの間の晴れ間。だが、嵐はすぐそこまで迫っていた。




