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14 身代わりが宦官になりました

 そして鈴花は宵をお付きの宮女と下女に紹介し、試験までの三日間で政治の基礎と歴史、文化、そして朝廷での権力関係と叩きこんでいく。最初は難航するかと思われたが、意外にも宵は物覚えがよく、知識を吸収していった。


「あなた、意外と頭がよかったのね」


 妓楼育ちといってもピンキリで、文官に登用されるほどの知識を持つ者から字が読めないものまでいる。その中で宵はよく教育を受けたほうだったらしく、紙に覚えることを書き記しながら答えた。


「文官の相手をする妓女の丁稚をしてたこともあるからなー。門前の小僧ってやつだ……」


 そこで顔を上げ、二ッと笑う。


「それにこの顔だし、餓鬼の頃は可愛かったからな。文官相手の男娼にさせようって、俺に妓女と同じ仕込みをしたわけ……ま、俺自身も嫌だったし、客に媚び売れねぇから下男になったけど」

「ふ~ん。まぁ、こっちとしては嬉しい誤算ね。……ただ、字はひどいわ。陛下の文でも取り寄せるから、それを真似られるように練習して」


 郭昭に陛下が恋しいから書かれたものを見て、心を慰めたいとでも言えば適当なものを用意してくれるだろう。


「うえっ……字を書くのは苦手なんだよな」

「あと礼と作法もね」


 まだ礼はぎこちないところがあり、言葉遣いも怪しい。ひとまず宦官の試験に向けてあれもこれもと教え込まれた宵がぽつりと呟く。


「ほんとに何でもできるんだな。さすが器用貧乏の玄家」

「器用貧乏で悪かったわね!」

「いや、誉め言葉だから」



 そして三日後、宵は見事宦官の席を勝ち取り、宦官の官服を着て鈴花の下へ戻ったのだった。宦官の証が有効に働いたようで、(ほう)の中を見せろとは言われなかったらしい。安心した顔で戻って来た宵の髪は布で包まれ、なかなか様になっていた。

 しっかり期待に応えて帰って来た宵を労うために、鈴花は院子(なかにわ)の亭に誘った。春明が点心を作り、玄家印がついたお茶も用意している。今日は茉莉花(ジャスミン)茶だ。


「何度見てもすごい庭だな」

「風流なとか、心惹かれるって言ってよ。皇帝の感性が疑われるわ」

「面倒な世界だな」


 肩が凝ると首を回した宵は、春明お手製の包子(パオズ)に手を伸ばした。鈴花はすでに割って食べており、蓮の実があんになっていておいしい。市井ならかぶりつくが春明の目もあるのでお上品に小さく割って食べていた。気にすることなくかぶりついている宵が少し羨ましくなる。


「あ、そうだ。さっきの宦官が、大けがをした皇帝がどこかの家で保護されてるって噂してたけど、本当なのか?」


 宵は指についたあんを舐め取り、視線を鈴花に向けた。


「そうね……まずは、その崩れた姿勢を直してくれる?」


 宵は足を組み、丸卓(つくえ)に肘をついていた。背筋も曲がっており、行儀よく座っていた皇帝とはまるっきり違う。意味を理解した春明が音もなく宵に近づき、背、腕、足を指の先で軽く突いた。


「うえっ!」


 宵は慌てて背筋を伸ばし、春明に顔を向ける。


「どこ押してんだよ。なんかぞわっとしたぞ」

「言葉遣い」


 頬を引きつらせ、恐ろしいものを見たかのような目をした宵に対し、鈴花はさらに注意をする。本物の皇帝は滅多に声を出さないとはいえ、これではすぐにぼろが出る。


(……やっぱり、玄家で背格好が近い人を選んだほうがよかったかしら)


 人選を間違えたかと早くも暗雲が立ち込めていた。それでも後戻りはできない。


「宵……あなたにかかってるのだから、頼むわよ」

「わかってるよ。俺だって男だ。約束は守る」

「……それと、その噂を流したのはこっちだから気にすることはないわ」

「どういうことだ?」

「突然皇帝の身代わりになって現れるつもりだったの? 少しずつ情報を出して、まずは皇帝が生きているということを印象付けるのよ」


 そうしないと、血脈を辿って次の皇帝をという話になりかねない。そのため鈴花は、皇帝は重傷で動くことができず、また暗殺の黒幕を警戒して居所は明かさずにいるという設定にした。それを補強するために町や朝廷内に噂を流し、少しずつ真実にするつもりなのだ。


「へー。ちゃんと考えてるんだな」

「失礼ね、当然でしょ。私たちの、下手すれば玄家の首がかかってるのよ? それに、この国の将来も」


 茉莉花の香りを楽しみ、鈴花は茶杯(ゆのみ)に口をつけた。独特な風味が広がり、香りが鼻へと抜けていく。茉莉花茶は玄家が手掛けているお茶の中でも一番おいしいものだった。

 少し気が緩み肩の力を抜いた鈴花を見て、宵は「確かに」と顔を曇らせる。


「正直、皇帝がいないくらいで国が沈むってどういうことかって思ってたけど、今日なんとなくわかった。試験をした宦官のおっさんが、内侍省(ないじしょう)を案内してくれたんだけど、聞こえてくる話がどの妃嬪につくだとか、文官から賄賂をもらっただとか、誰も皇帝の心配してねぇのな」


 試験の宦官は郭昭ではなかったらしい。特に郭昭は皇帝の側付きとしての役割が多く、主な宦官の管理は副官がしていたのだ。今日の試験官はその副官だったようで、春明は彼を実直で礼を重んずる人だと言っていた。


「そうね。だから、必ず皇帝を誰よりも先に見つけないといけないし、玉座を空にしたままにするわけにはいかないのよ……最悪、他国に攻められるわ」


 現在皇帝の捜索が秘密裏に行われ、朝廷内でも最低限の人物にしか知らされていないのは、他国を警戒してということもある。鳳蓮国は大陸の西から大部分を占めており、東の海沿いに三つの属国がある。そして西は海峡を挟んで別の大陸と向かい合っており、胡国と総称される異なる文化を持った人たちが住んでいた。

 胡国の全てと友好関係にあるわけでもなく、属国が離反する可能性も捨てられない。実際皇位争いの際に、周辺諸国に怪しい動きがあったとも聞く。皇帝が不在という弱みは見せられないのだ。


「戦争は絶対やだな……皇帝はまだ見つからねぇの?」

「……手は尽くしてるんだけどね」


 玄家では身代わりになる宵を支援すると同時に、各方面の分野を齧っている強みを生かして情報を集めていた。けが人、見知らぬ人、栗色の髪の若者、どんな噂話も拾い集めて精査する。それでも有力な情報は引っかからなかった。


「陛下の捜索は任せるとして、まずは後宮を掌握しないといけないわ。郭昭様との約束もあるし……」


 気が重いがやらなければいけない。鈴花はお茶を飲み干すと茶杯を卓に置き、よしと気合を入れた。


「後宮の案内を兼ねて、少し散策をするわよ」

「お、やっと他の女の子を見られっ」


 目を輝かせた宵の背中を春明が突いた。宵は顔に恐怖を浮かべて振り返る。


「だからなんで、嫌なとこばっかり突くんだよ」


 春明は口元に手を当て、「ほほほ」とわざとらしく笑う。


「人体のツボを把握しておりますので。器用貧乏の名に恥じぬよう、知識は貪欲に求めなければいけませんから」

「いや、それはもう器用貧乏の域を超えてね?」


 これには鈴花も同意する。


「そうなのよね~。春明、点心づくりも上手だし、ツボ押しは最高だし、楽器や舞もきれいだし……完璧なのよ」


 少し悔しい鈴花だ。春明に言わせれば飽きずに続ければさらに伸びたのに、ある程度で満足して新しいことを始めるから器用貧乏なのだが……。


「お褒めにあずかり光栄です。さあ、おしゃべりはここまでにして行きますよ」


 春明にそう促され席を立った二人は、一方は足取り軽く、他方は長い裙を引きずるように歩き出すのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 春明は宵のしつけ係ですね。 彼女がいる限り宵は鈴花達を裏切れないですね。
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