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12 身代わり候補の情報を得ます

 翌日は朝から雨で、昼を過ぎてもまだ降り続いていた。春の訪れを感じる柔らかい雨で、院子(なかにわ)の土の香りを運んでくる。髪と服が湿気を含み、少し重くなった気がした。あの後、鈴花は春明を説得し、宵の情報を集めるために玄家へ伝書鳩を飛ばした。父親に説明し説得しなければならないので、事細かに国の実情、起こりうる未来、そしてそのための対策を書き連ねた。伝書鳩は急ぎ連絡を取る必要がある時のために、父親から持たされたものだ。普段は鳥かごに入れて飼っている。


 今しがたその返事が後宮に届けられ、取次の宦官から受け取ったところだった。生家や市井から運ばれたものは危険物ではないかだけ確かめられ、宦官や宮女が持ってきてくれる。


(さて、何が書かれているのかしら)


 鈴花は書房(しょさい)の戸を閉め、書几(つくえ)の前に座った。書箱を開ければ上質な紙がつづら折りになって入っている。完全に乾ききる前に折ったのか、ところどころ墨がぼやけて写っていた。時間を惜しむ父らしいと思いつつ、鈴花は達筆な父の字に目を通した。そこには宵の生い立ちが書かれている。


 読み始めると同時に春明が戸を開けて入って来て、書几(つくえ)の邪魔にならないところにお茶を置いてくれた。


「どんな人なんです?」


 春明も鈴花が市井で見つけた皇帝似の男に興味があるのか、鈴花の後ろに座して控える。


「そうね……母親は遊女で父親は不明。その母親も2年前に病で亡くしたと。妓楼で育ち、下男として働いているそうよ。まぁ、よくある話よね」

「そうですね。性格はどうなんですか?」

「待ってね……」


 鈴花はすばやく読み進め、性格が書かれているところで目を止めた。そこまでは彼の仕事ぶりが書かれており、客のあしらいもうまく、腕っぷしもそこそこあるので、喧嘩を止めるのも彼の役目だそうだ。


「あった、性格はね。社交的で明るく、誰とでもすぐに打ち解けるって書いてあるわ。話した感じではそうだったわね。人懐っこそうよ」

「それは……陛下とはだいぶ違うような気がしますが」


 春明は皇帝にあったことがないので、噂で聞く皇帝だが、その通りなので鈴花は頷く。


「そこは、演技派だと信じてるわ……あ、特技に声真似ってある……へぇ、宴会や妓女が来るまでの芸として好評なんですって」


 時々動物の鳴き声が上手かったり、特徴のある人の声を真似るのが上手かったりする人がいる。立派な芸の一つであり、妓楼で生きていく上では十分武器となる。


「影武者の素質がありますね」


 そして声を似せられるというのは、影武者に取っても最大の武器だ。


(後は……?)


 残る半分へと目を移した鈴花の眉間に皺が寄る。そこからは彼の女性遍歴がつらつらと書かれており、読み進めるにつれ鈴花の顔が険しくなっていく。


「鈴花様……?」

「け、汚らわしい……あの男、ひどい女たらしだわ。町娘に遊女、客の女まで……!」


 彼は女たらしとして名が知られているらしい。可愛い子に声をかけては、遊びに行く。夜を共にすることもあれば、しないこともあるという。不思議ともめごとになったことはなく、取り返しのつかないような相手には手を出さないらしい。


(ど、どうでもいいわ!)


 知りたくもない人の私生活を見せつけられたような気がして、鈴花は眉間の皺を揉む。いや、調べるように頼んだのは鈴花だが、ここまでは要求していない。


「こんなのを後宮に入れて大丈夫かしら……」


 自分で考えたとはいえ、急激に不安になってきた。だがやると決めたからには突き進むしかない。


(そのためにも、郭昭様と話をつけたんだから)


 今日の午前に、正式に話を受けると返答をしたのだ。だがもちろん条件は出した。それが今回の計画の第一手。


(どうにかして、あの男を宦官として後宮に入れないと……)


 鈴花が出した条件は、玄家にゆかりのある宦官を一人後宮に入れること。これには難色を示されるかと思ったが、宦官である証明と教養を確認した上でならかまわないと返って来た。なんでも最近妃嬪の一人が複数の宦官を抱き込み、専従としているらしい。そのため後宮の均衡を保つ必要があり、鈴花が手前の宦官を入れることにも目を瞑ってもらえるそうだ。


 だが、そのためには男である彼を宦官と偽らなければならない。あるものを、ないように見せかける……。


「後はどうやって彼を宦官に紛れ込ませるかね」

「切り落とせばいいんですよ」


 さらりと至極当然のように放たれた言葉に、鈴花は顔を引きつらせて振り向く。


「それはあまりにも可哀想でしょう……」


 鈴花は宦官という手段に辿り付く前に、女装させて侍女の一人に加えるというのも考えた。だが彼はそこそこ背が高く、顔は整っていても女には見えなかったのだ。その点、宦官ならまだごまかせる。


「いらぬ情けは不要と思いますが……まぁ、鈴花様が心をお痛めになるのでしたら、私も手を尽くしてみます」

「うん、少し考えてちょうだい。お父様は今日にでも話をして、明日には送りつけるって……国のためとはいえ、かなりの額が飛ぶわね」


 父親が直々に話をつけるのなら、十中八九成功するだろう。交渉が上手くなければ、今頃玄家は投資を回収できずに潰れている。一人の人生を変えてしまうのは心苦しいが、皇帝が不在となれば確実に国は荒れるだろう。


「春明、明日からが本番よ。まずは身代わりを仕立て上げるわ」


 抵抗されたらその時はと、鈴花はほの黒い笑みを浮かべるのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >「切り落とせばいいんですよ」 ちょw春明さん、酷いwww 冷静に言ってるのを想像して吹きました。 タイトルの身代わりを仕立て上げるっていうのはこういうことかと、感心しました。
[一言] うん、私も間違いが起きる前に切り落とせばいいと思います(真顔)
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