6.残念王子
「殿下! 前触れもなく、そのうえ開扉の許否を確かめもせず不躾に入室なさるとは何事ですか!」
誰だこの偉そうな奴は、と訝っていたら、なんと王子ではないか。庶民の俺でも侍女の言う通りだとわかる程度には、どうやらこの王子は非常識な様子。
「ああ、悪かった。待望の聖女が顕れたと報せを受けて、気が急いてしまった。非礼を詫びる」
おお、王子が謝ったぞ。意外や意外。第一印象はアレだが、案外真っ当な王子様なのか?
「して、その者が聖女だな? 何故か髪は短いが、なかなかの美女ではないか」
前言撤回。こいつ敵だわ。
「俺は男だ」
「そう言えと誰かに強要されたのか? 髪など時を経ればすぐに伸びる。そんなものなど些末な問題だ。気にするな」
「強要されてねえし髪を伸ばす予定もない。俺は正真正銘、男だ」
「このような幼気な娘に男であることを強要した痴れ者はどこのどいつだ」
「人の話を聞け」
どうあっても俺を女と認識したいらしい。
苛立ちそのままに立ち上がると、徐に着ていたバスローブを脱いだ。
「「「「ユウキ様!!」」」」
「―――っ!」
ネイト・ギャレットと侍女たちの悲鳴が轟き、王子は息を飲んで目を剥いた。
俺は膨らみなど存在しない平らな胸を張って、冷ややかに王子を一瞥する。
「これで男だと納得するか?」
「なんという……まだ僅かな膨らみさえ現れていない、幼い身で召喚されてしまったというのか……!」
「ちっげーよ! 曲解すんな! 膨らむ予定は今後もねえから!」
「大丈夫だ。女の胸など男の甲斐性次第でどうとでも―――うん?」
すけこまし発言をした最低王子の視線が俺の下肢へずれた途端、顎が外れるんじゃないかとぎょっとするほどあんぐり愕然とした。
「おっ、おっ、おっ、おっ」
「お?」
「男じゃないか!」
「だから初めからそう言ってんだろ。やっと理解したか」
「男じゃないか!」
「いやもういいから。どんだけ驚いてんだよ」
「男じゃないか!」
「しつけぇな! 男だよ!」
「聖女はどこだ!」
俺も聞きたい。俺じゃない聖女はいなかったのか。
地球には女性はたくさんいるし、何ならうちの姉貴だっている。あの姉貴が聖なる乙女とか何の冗談だって話だけど、それ以上に冗談であって欲しかった、まさかの俺が聖女召喚されるという異常事態。
俺が現実逃避している側で、喚く王子に冷静な声音で答えたのはネイト・ギャレットだった。
「殿下。ユウキ様は確かに男性でいらっしゃいますが、歴とした聖女様であられます」
「男なのにか!?」
うん。初めて王子に共感できた。全くもってその通り。
「なんてことだ! 聖女を我が妃にと思っていたのに!」
あ~……そういう憧れを持ってたのかな。俺が悪い訳じゃないけど、何か申し訳なくなる。
「何を仰っておられるのですか。ご婚約者様がおられるではないですか」
「最低だな、王子!」
「なっ、べっ、別に、互いに好いて結んだ婚約ではない! 聖女に憧れるのは世の常だ!」
「それ絶対その婚約者に言うなよ!? 血の雨が降るぞ!」
「そっ、それは、聖女の予言、か!?」
「いやそうじゃなくて。聖女は予言までするのか?」
「七百年前に異世界より召喚された聖女は、いくつも予言をしたとされている。災厄や外交など大きなことから、とある貴族家の内情まで事細かな予言をし、悉く当てたのだと記録されている」
こっわ! 前任者こっわ! 俺にはそんな能力持ち合わせてないんで、多大なる期待はやめてくれ。
これは今後滅多なことは言えないな。予言だなんだと騒がれたら厄介だ。当たらなかったと勝手に判断されるのも癪だな。
「予言とか大層なものじゃなくてだな。普通に考えて、自分の婚約者が他の女にうつつを抜かすなんて面白いわけないだろ? 看過できないのは当然だ」
「他の女……? では、やはりユウキは女!」
「ちっげぇよ、何でそうなるんだ! 現実を見ろ! 俺は聖女かもしれないが、女ではない! あっさり崩れ去る夢はさっさと捨てろ!」
何なんだこの王子は! まともに話が進まない! これが世継ぎで大丈夫なのか、この国!?
「だが聖女は聖女だ! 聖女を伴侶に迎えた国は大いに栄えたと聞く。ユウキは見た目華奢で小柄な愛らしい顔立ちをしているし、私は愛せないことはないと思う! 寧ろ好みの部類だ!」
「うるせえ! 誰が華奢で小柄だ! 面倒くせえよ、この王子!」
「つれないことを言うな。私の名前はレナルド・エバーレスト。父や母からはノルと呼ばれている。ユウキもそう呼んでくれると嬉しい」
「呼ばねぇ。ぜってぇ呼ばねぇ」
「手始めに添い寝でもするか?」
「誰がするかバーカ! バーカ!」
「ば、馬鹿……この私に、馬鹿……逆に新鮮でいい!」
「もう怖えよこの王子―――っっ!!」
何を言っても暖簾に腕押し状態で、一気にどっと疲労感が募った。
部屋から出てってくれないかな!