5.色々いっぱいいっぱい
結局、用意されていた部屋へ俺を横抱きにしたまま向かった青年は、道すがらネイト・ギャレットと名乗った。
騎士の格好をしているということは、あの場に居たのは魔導師たちだけじゃなかったということか。白ローブ集団の存在感が半端なくて気づかなかったな。
そういえばセオドア・ティアニーが貸してくれたのも白ローブだった。素材はカシミアに似ているな。保温性、保湿性に優れているカシミアは高級品なので、それに相当するような生地なら扱いが怖い。しかも白。汚す前に返さないと、俺の精神衛生上大変よろしくない。
でも肌触りよくてあったかいなぁ~……うう、揺れも心地よくて眠くなってきた。
ローブにすり寄って、ついつい欠伸が出てしまう。
「お疲れのようですね。本日はこのまま休まれて、明日湯浴みをなさったらいかがですか?」
「ん~……でも汗掻いたし、どうせ寝るならさっぱりしてから寝たい。あ、でも水不足なんだよな? 風呂なんて贅沢、俺がしていいのかな?」
「はい、問題ありません。王宮の浴室は魔道具から生成された湯を使いますから、気兼ねなくお入りください」
おお、早速ファンタジーな用語が出てきたぞ。
魔道具ってあれだよな、モンスター倒してドロップできたり、モンスターから取れる魔石から作ったりする、便利アイテムだよな?
ほんのりとわくわくしながら部屋へと向かう。好奇心を前に、お姫様抱っこのことなど綺麗さっぱり忘れていた。
「無理だから!!」
「無理ではありません。王侯貴族はお世話されて当たり前なのですよ?」
「王族でも貴族でもないし!」
「観念なさってください、ユウキ様」
「嫌だってば! 一人で入れるから!」
「お世話するのがわたくし達の務めです」
三人の侍女に奪われそうになっているセオドア・ティアニーの白ローブを必死に手繰り寄せ、じりじりと包囲される恐怖に俺は真っ青になっていた。
「せめて! せめて風呂の世話は男の人にして! 俺男なんだって!」
「まあ。こんなにお可愛らしいのに」
「いえ、重要なのはそこではありませんわ。確かにお可愛らしいですけれど」
「ええ。とても愛らしいお顔をされてますわね」
「嫌味にしか聞こえないからな!?」
「これは失礼を。王侯貴族であれば、男性でも入浴のお世話は侍女がするものです」
「マジで!?」
驚愕の視線を控えているネイト・ギャレットに向ければ、苦笑まじりの首肯を返された。マジか!
「は! でも俺は一般人だから! 今まで自分でやってたし! どうしても世話役が必要なら男で! これは絶対譲らないから!」
「そんなつれないことを仰らないでくださいな」
「恥ずかしいから嫌なんだって!」
「あら。ふふふ。本当にお可愛らしい」
「んも~! ネイト! あんたが世話して!」
「は!? わ、私が、ですか!?」
綺麗なお姉さん方の前ですっぽんぽんにひん剥かれるくらいなら、世話し慣れてない無骨な手の方が何百倍もいい!
指名されたネイト・ギャレットは真っ赤になってあわあわと慌てている。
「わっ、私ごとき、が、せっ、聖女様、の、はっ、肌、に……っっ」
「いやいやいやいや。肩書きそうかもしれないけど、男だからね、俺? 男同士で恥じらいも何もないだろ」
「とんでもない! ユウキ様は本当に愛らしいお姿なので!」
「だからそれ全然誉め言葉じゃねえから」
どうせチビですよ。さっき兄貴とやり合ったくらいだからな。
そこまで考えて、家族に二度と会えないのだと再認識してしまった。
沈鬱な表情で俯いた俺をささっと囲い、侍女たちがネイト・ギャレットを睨む。
「ギャレット様。ユウキ様に何てお顔をさせるのですか」
「そうですわ。騎士の風上にも置けません」
「い、いやっ、私はそんなつもりは!」
「さあさあユウキ様。不埒者など放って、温まりましょうね」
「あ! お、お前たちっ、ユウキ様は世話役は男がいいと……!」
閉められた扉に虚しく伸ばされた手を、ネイト・ギャレットはおろおろとさ迷わせた。
程無くして、浴室から少年の悲鳴が響き渡ったのだった。
◇◇◇
「見られた……ぜんっっぶ見られた……」
恥じらいも何もなく、普通にまるっと洗われた。
恥ずかしがっているのは俺だけで、見ようが触れようがまったく気にも止めない鋼の平常心に、俺の繊細な男心は瀕死状態だ。
大袈裟に騒がれても困るが、一切無反応なのも傷つく。
この微妙な男心、誰か共感してくれないかな!
おかげで楽しみにしていた魔道具見れてないし!
「ネイトのせいだからな」
恨みがましく八つ当たり上等!とばかりに睨む。ネイト・ギャレットは終始おろおろしっぱなしで、申し訳ございません、と何度も謝罪を口にしていた。
「さあユウキ様。寝台にうつ伏せになってくださいまし。香油を塗り込んで差し上げます」
「香油? 何それ?」
「マッサージに使います。肌の乾燥も防いでくれますよ」
「ふ~ん」
よく分からないが、マッサージは嬉しい。毎日床を転げ回ってたからな。
人肌に温めてあるのか、香油を足に垂らされてもひやっとはしなかった。寧ろほんのりじんわりと温かくて、揉みほぐすように香油を広げていく様子がとても心地いい。
「いい匂いだな……」
「薔薇の精油が使われておりますので、肌にとても良いのですよ」
「へぇ」
心地好さにうとうとし始めた、露の間。
伺いもなく突然扉が開かれた。
「お前が此度召喚されたという聖女か!」