4.なぜか聖女確定
聖女………えっ、聖女? 誰が? 俺が? 何で!?
あんぐりと呆けていると、セオドア・ティアニーがすべて分かっているとでも言いたげに、ふわりと微笑んだ。
「ユウキ様。称号には何と?」
言いたくない。「あ、俺聖女みたいです」なんて、自己申告して恥を晒したくない!
「ユウキ様?」
思いきり目を泳がせている俺にずっと微笑みを向けてくる。やめてくれ。本当に言いたくないんだよ!
「僭越ながら、私の鑑定スキルで見せていただいても?」
「え? か、鑑定、スキル?」
「はい。人物や素材など、あらゆるものを鑑定する能力です。人であれば、所有するスキルやレベル、称号も含めてすべて看破できます」
「だっ、だめっっ」
焦って拒否した俺に、ふふふと愉しげな笑声を漏らす。
「ユウキ様。それこそがあなたの称号に聖女と記されている証左になりますよ?」
「ふぐっ」
「勝手に鑑定は致しません。お許しいただけるなら、見せて頂きたいのですが」
「ぬぬぬ」
人生経験の差か、話術や交渉術でこの男に勝てる要素はひとつもない。
苦虫を噛み潰したような顔をして、不承不承の体で頷いた。自己申告するよりマシだということにしよう。
「ありがとうございます。では―――"鑑定"」
セオドア・ティアニーの空の瞳が淡い光を宿す。ミステリアスなその姿に釘付けになった。
異世界の人間の目って、光るのか!
夜道は灯りなしで歩けるのかな。暗闇でもよく見えるとか。すげぇな、ファンタジーかよ!
少々ずれた感想を抱いていると、セオドア・ティアニーの目の輝きがすっと引いていった。
「確認致しました。召喚は無事成功したようですね」
「ティアニー様、ではっっ!」
「ええ。ユウキ・サダツキ様の称号は、聖女となっています」
わあっと歓声が上がった。この世界の事情を知った今となっては、彼らがどれほど聖女を待ち望んでいたのかがよくわかる。わかるけど、その待ち望んだ聖女が俺って点だけは納得いかない!
「さあ、聖女様! いつまでも石床にお座りになっていては、お体を冷やしてしまいます。お部屋をご用意しておりますので、まずはそちらでごゆっくりなさってください」
「侍女たちに湯浴みの指示を!」
「お食事はされましたか? 何か温かいものを準備させましょう」
「ああ、裸足ではありませんか! お寒いでしょう。私がお連れ致します」
「え!? いや! 俺自分で歩けますから!」
やんややんやと白ローブ集団が群がり、冷たい石床の上で胡座をかいていた俺を甲斐甲斐しく世話しだした。
一人の青年に横抱きにされて、俺は人生で最大の衝撃を覚えた。
よ、横抱きって! お姫様抱っこって! そういうのは女の子相手にやれよ! あんたらより小柄だからって、俺だって立派ないち男子なんだぞ! 俺にだって自尊心くらいある!
ぎゃあぎゃあと喚く俺をよそに、壮年の男がセオドア・ティアニーにそっと耳打ちしていた。
「お着替えはどうしましょうか。あの、女性物ばかり揃えてしまっていますが………」
「本日はそれで我慢して頂くしかないでしょう」
「では、明朝準備させます」
「ええ、抜かりなく頼みますよ。ユウキ様には不自由なくお過ごしいただかなくては」
「はい。聖女様がお健やかで在られることが、魔を祓う力になりますからね」
「そういうことです。口さがない者たちを警戒するよう、皆にも通達しておくように」
「承知しました」
聖女が男だった事実は瞬く間に知れ渡るだろう。中には誹謗中傷する者も少なからずいるはずだ。男に魔を祓えるはずがないと。
抱き上げられたまま激しく抵抗していたユウキ様が、聞き入れてもらえなかったのか諦めたようにぐったりとした。
ようやく。ようやく顕れた聖女だ。
何人にも汚させることは許さない。その身も心も、何一つ、誰ひとりとて触れることは許されない。
鑑定して、そのレベルの高さに驚いた。
聖属性だけでなく、水属性にも適性を持っていた。聖属性に至っては、上限値の100レベルだ。魔導師長の私でさえ、適性ある六属性はすべてレベル80止まりだというのに。
聖女とは、やはり常人離れした存在なのだろう。なんと尊い。
聖女は清く在らねばならない。
心穏やかに、健やかにお過ごし頂かなくてはならない。
魔を祓う聖なる力とは、強大であり、また繊細でもある。如何にユウキ様のお心に添えるか、それが一番重要だろう。
我々宮廷魔導師団が、その身とお心をお守りしなくては……!
セオドア・ティアニーの固い決意を知ることなく、由輝は死んだ魚のような目で横抱きのまま地下を後にした。