幕間:とあるクリスマスの記憶
「定月くんって、すごく顔ちっちゃいよね」
去年のクリスマスに開かれたクラス会で、転校してきてまだ一月も経っていなかった藤野 美月さんが、唐突にそう言った。一度も言葉を交わしたことがなかった俺の名前を知っていたことに驚いたけど、もっと驚いたのは覗き込んでくる、その距離の近さだった。
「指だってこんなに細いし、ほら! 私と変わらない」
手のひらをぴたりと合わせてきた接触と距離感に、俺は大いに動揺していた。なんなの、この子!?
「定月くんって、中性的って言うか、少年期特有の色気があるって言うか、何かいろいろと心配になるくらい美人さんだよね」
「えーと……それはどう受け止めればいいの? 俺貶されてる? 誉められてるの?」
「褒め言葉だよ!」
「えええ……全然嬉しくないんだけど」
「えっ。なんで?」
俺が聞いてるんですけど。何言ってるのって言いたげな顔しないでくれるかな。ホントなんなのこの子。
「定月くん、モテるでしょ?」
「モテてたら野郎にばかり囲まれてこの席に座ってないと思うんだけど」
悲しいかな、俺の周囲には仲の良い男友達で溢れている。飲み食いに夢中になっているあたり、奴等はまだまだ色気より食い気だな。まあ俺も似たり寄ったりだけどさ。唐揚げが旨い。
「あ、女の子にっていうか、男の子にもモテるでしょ?」
「え、なにその気持ち悪い誤解……」
「あ~……うん、ごめん、ちょっと語弊があったかな? うん、言い間違い。男の子の友達多いよね?」
「ああ、そういう意味? まあそうかな? 少なくはないと思うけど」
「うんうん。だってさ、今も定月くんを中心に男の子固まってるもんね?」
「たまたまじゃね? 俺の近くに唐揚げやらフライドポテトやら、男子中学生が好む食い物が揃ってるからだと思うよ?」
「そうかな? まあ、そうかもね? でもさ、普段学校でも定月くんの周囲には自然と輪が出来るじゃない?」
「そうかな?」
「そうだよ?」
そうか? 思い返してみても、特別俺の周囲に集まるってことではないと思うけど。確かに和気藹々と談笑くらいはしてるけど、それって普通だろ?
「それって、人を惹き付ける魅力が定月くんにはあるってことなんだよ」
「そんな大袈裟な話か?」
「そうだよ。それってね、"魅了"って言うんだよ。知ってた?」
「魅了?」
「うん。あ、ケーキが来たね。見てて、証明してあげるから。チョコのプレートが乗ってるでしょ? あれ、きっと定月くんのものになる。定月くんが欲しがらなくても、男の子たちがそうしちゃうと思うから」
「はあ?」
さっきから電波系な発言が多いな。こういうキャラだったっけ? 女子と喋ってる印象とだいぶ違って見えるんだけど……。
「切り分けたぞ~! ホール三つを十二等分で、ちょうど三十六個! 好きなの選べ~!」
担任が買ってきてくれたクリスマスケーキを切り分け、そう宣言するとわっと一気に群がった。俺は別にそんなに甘党ってわけでもないし、帰宅したら母さんがケーキを準備してくれてるだろうから、食べないなら食べなくてもいいかな。
そう思って傍観していたら、三つあるチョコプレートを持って友人たちが戻ってきた。
「由輝! ほら、お前の分! チョコのやつも貰ってきたから食え!」
「は!? 何で俺に三つ全部回ってくるんだよ!?」
「じゃんけんで決めるの面倒だし、女子もお前に渡すならいいって」
「何その理屈! 意味不明すぎて怖いんだけど!」
「まあまあ、俺たちからのクリスマスプレゼントだ」
「愛情が重いわ!」
俺の物言いにクラスの皆が笑った。いや可笑しくないから! 意味がわからん!
「ね?」
くすくすと笑って、藤野 美月が可愛らしく首を傾げた。
何が「ね?」に繋がるのか、何で言い当てられるのか、どこからどう突っ込んで聞けばいいのかわからない。
「ふふっ。やっぱり定月くんに決めようかな。うん、そうしよう」
「え?」
「だって、その方がずっとずっと面白いことになりそうでしょ?」
何が?
俺の当然な質問にふふふと笑うばかりで、結局答えはもらえなかった。
◆◆◆
「……………?」
ようやく見慣れてきた、豪華な部屋の中心に座する寝具の上で、俺はぼんやりと瞬いた。
何か夢を見ていた気がするが、覚えているようないないような、曖昧で微妙な覚醒に眉を寄せる。
たぶん、美月ちゃんの夢だった、はず。
好きな女の子の夢を見れたというのに、何でこう微妙な気持ちになってるんだ?
「ええと………あれ? そもそも俺は、何きっかけで美月ちゃんを好きになったんだっけ……?」
うん……?
好き、だよな? あれ?
自分のはっきりしない気持ちに首を捻りつつ、とりあえずクリスマスケーキはもう要らないな、という意味不明な決意表明だけはきっちりと心に誓った。