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06.追っかけくんと梔さんは呼び出される

 図書室から逃げるように退散した瀬里は、廊下に出てスマホを取り出した。

 実際は普通に退室しただけなのだが、心情的には完全に逃げ腰だった。

 ボロを出さずに乗り切れたのは、着信か何かがスマホに届いたお陰だと思いながら画面を見ると、奇しくも本当に友人からの呼び出しのメッセージが届いている。


『今日ヒマだから、一緒に帰らない?』


 それは最近、親しくなった友人からのお誘いだった。

 普段でも無下に断ることなどしない瀬里だが、今日はそれ以上にピンチの場面で助けてもらった恩がある。

 当然OKと快く返事を送り、友人に指定された待ち合わせ場所へと歩き出した。




 一方で同じ頃、図書室に残っていた隣太郎の元にも、メッセージが届いていた。

 家族か霜馬だろうかと思いつつスマホを見ると、そのどちらでもない名前が新着メッセージ画面に表示されている。

 僅かに眉を顰めつつ、仕方がないと隣太郎は荷物を持って席を立った。

 亜緒のいた方に目をやると、瀬里と別れた後に軽く本棚の整理をしていたらしく、一段落して受付に戻るところだった。

 黙って立ち去るのも野暮かと思い、隣太郎はそのまま歩き出す。


「今日は用事ができたので失礼する。また明日な、雨葦さん」

「……っ!」


 すれ違いざまに声をかけられた亜緒は、ビクッと体を緊張させた後に、もうこちらを見ていない隣太郎を軽く睨み付けた。

 まったくもって、ふてぶてしい態度のストーカーである。



 亜緒の愛らしいジト目を見逃したことは露知らず、図書室を出た隣太郎は先ほど連絡を寄越した人物に会うため、現在その人物がいるであろう場所へと移動を開始する。

 目的地である別棟へと向かうために階段を下っていると、下階から上ってきた生徒と踊り場で鉢合わせになった。


「あ、アンタ!」

「ん? ああ、この間の」


 気の強そうな声を上げたのは、先日廊下で隣太郎とぶつかりそうになった女子生徒であった。

 相変わらず美人ではあるが、自分を見る目が鋭すぎる、と隣太郎は辟易する。


「何? 今日もぶつかりに来たわけ?」

「は? 何を言ってる。この間のは事故だし、今日もそうだが本当にぶつかったわけじゃないだろ」


 いきなり女子生徒から難癖をつけられ、隣太郎も流石に機嫌を悪くする。

 隣太郎は変わり者とはいえ基本的には物腰穏やかな方だが、それでも語気が荒くなる程度には、目の前の女子生徒は無礼だった。


「どうだか。あわよくば密着したいとか思ってるんじゃないの? 男子ってそういうものでしょ? クラスメイトもみんな下心見え見えだし」

「俺はまったく思ってない。君の周りにはつまらん男しかいないんだな」

「はあ!?」


 隣太郎の言葉に自分が貶されたような気分になり、女子生徒が声を上げた。

 実際、隣太郎もまだ言い方は選んでいるが「お前がそんなんだから周りもアレなんだろ」的なことは思っているので、貶されたという彼女の感覚もあながち間違ってはいないだろう。


「アンタ、あたしに喧嘩売ってるの?」

「売ってない。俺はそんなに暇じゃないからな」


 女子生徒は相変わらず、というか先ほどまでよりも苛烈に睨み付けてくるが、これ以上関わり合いになりたくない隣太郎はさっさとその場を後にする。


「それじゃあ、俺は急ぐから、これで」

「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!」

「断る。あと言っておくが、クラスメイトも君が思っているほど、君に対して興味はないと思うぞ」

「な、なあっ……!?」


 女子生徒は会話を続けようとするが、隣太郎は取り合わず一言だけ言い捨てて立ち去って行った。

 何の気なしに言い放ったセリフだったが、女子生徒の琴線には触れまくったらしく、愕然とした表情で隣太郎の後姿を見送ることしかできないのだった。




 妙に突っかかってくる女子生徒と別れた後、隣太郎は「写真部」という室名札がかかった部屋にたどり着いた。

 ここが彼を呼び出した人物の居場所であり、そして隣太郎が所属する写真部の部室である。

 所属しているとはいえ、あまりこの部室には寄り付きたくない隣太郎だったが、呼ばれて無視するわけにもいかず諦めて控えめにドアをノックした。

 ちなみに控えめなのは気を遣ったわけではなく、中にいる人物に気付かれず「ノックをしたけど返事がないので不在かと思いました」という言い訳で、逃げるためだったりする。

 実は全く諦めていない隣太郎であった。


「はい、どうぞ。笈掛くん」


 しかし現実は非常である。

 隣太郎の願いもむなしく、室内から入室を促す声が聞こえてきてしまった。

 しかもご丁寧に、隣太郎を指名している。

 中にいる人物が隣太郎を呼び出したのだから、彼が来たという前提で適当に名前を呼んだのかもしれないが、彼女なら自分が思いもよらぬ方法で察知していてもおかしくないと、隣太郎は考えていた。

 何はともあれ、ここまで来て逃げるわけにもいかないので、今度こそ諦めて素直に入室することにする。


「失礼します」

「あら? 『失礼します』だなんて。他人行儀は寂しいわね、笈掛くん」


 隣太郎が扉を開けると、そこには予想通りの人物が待ち構えていた。

 厳密には、さっき扉の外で声を聞いた時点で分かってはいたのだが。


「貴方は我が写真部の仲間なんだから、何だったら『ただいま』でもいいのよ?」

「部室に来て『ただいま』はないと思いますよ。灰谷(はいのや)先輩」

「あら、そう?」


 にこやかに話す相手――灰谷 十和(はいのや とわ)の顔を見ながら、苦笑いを浮かべた。

 クラスメイトや亜緒に対しては、かなりマイペースに対応して相手を振り回しがちな隣太郎だが、目の前にいる十和だけは例外的に苦手だった。

 別に嫌いというわけではなく、尊敬できる部分も多々あるのだが……。


「それにしても、最近はすっかりご無沙汰ね、笈掛くん。私、とても寂しいわ」

「わざと紛らわしい言い方するのは止めて下さい」


 どうにも癖のある性格で、隣太郎は振り回されてしまうのだ。

 さらに上級生なので、なおさら彼女相手だと強気に出ることができない。

 自覚はないが基本的に振り回す側の隣太郎は、自分がイニシアチブを取れない相手には、とにかく弱いのだった。


「あら、ごめんなさい。笈掛くんって可愛いから、からかいたくなってしまうの」

「俺を可愛いなんて言うのは、先輩くらいですよ」

「そう? みんな見る目がないのね」


 仮に亜緒から「先輩って可愛いですね」などと言われたら、隣太郎にとっては天にも昇る心地だろうが、十和が相手だと素直に喜べない。

 冗談なのか本気なのか判断しづらいし、仮に本気だとしても何だか怖い。

 油断すると食われてしまいそうな恐ろしさが、十和にはあった。


「それはそうと、あのメッセージは何なんですか?」

「あら? そのままの意味だけど?」

「そのままって、『寂しいから早く来て』ってことですか?」

「ええ、そうよ?」


 やはり自分はからかわれているらしいと、隣太郎は確信した。

 だったら、ここに長居する必要はないだろう。

 何せ自分は、「数合わせの幽霊部員」なのだから。

 そう思った隣太郎だったが、続く十和のセリフに硬直した。


「だって、笈掛くんったら最近、()()()()()()()()()()なんだもの。だから嫉妬のあまり、ついつい呼び出してしまったの」

「先輩、それをどこで……?」

「さあ? どこかしら?」


 表面上は普段通りの澄まし顔だが、隣太郎は内心で冷や汗を流していた。

 何故かは分からないが、十和は自分が亜緒のストーキングをしていることを把握している。

 たしかに隣太郎はストーキング対象である亜緒だけでなく、霜馬や瀬里に対しても行為を隠してはいなかったが、それでも十和まで情報が洩れるのは不可解だった。

 まるで自分の行動が、逐一監視されているような……。


(いや、まさかな……)


 いくら十和が行動や心中の読めない人物だとしても、流石にそれはないだろうと隣太郎は思い直した。

 きっと偶然、図書室かどこかで自分のことを見かけたのだろう。

 彼女なら、きっとそこからある程度の答えを導き出すくらいは造作もない。

 そうやって自分を無理矢理に納得させると、用は済んだとばかりにその場を去ろうとする。


「では、先輩に顔見せもしましたし、俺は帰りますよ」

「あら、部活には出ていかないの?」

「俺は幽霊部員ですよ。名前だけ貸せばいいという約束だったはずです」


 そもそも他の部員もいないというのに、何かするつもりだったのだろうか。

 気になる隣太郎ではあったが、藪蛇になりそうなので追求するのはやめておいた。


「だけど呼べば来てくれる貴方が、私は好きよ?」

「……まあ、上級生からの頼みですからね」


 唐突にかけられた甘い言葉に、脳を溶かされるかのような錯覚を覚える隣太郎だったが、努めて顔には出さず素っ気なく言葉を返す。


「ふふ。今度からは、もう少し顔を見せてね? 笈掛くん」


 隣太郎の言葉をどう受け止めたのか、優雅さの中に妖艶さを秘めた笑みを深めて、十和が言った。


「まあ、善処しますよ」


 本能が拒否を許さず、曖昧な返事をしてしまう。

 やはり彼女は苦手だと、隣太郎は何度目か分からない確信を持った。




 ――そして、隣太郎が十和に翻弄されている、まさにその頃。


「意外と遅かったのね。何かあったの? 東風原(こちはら)さん」

「うん、まあ、ちょっとね」


 隣太郎より一足早く図書室を退出していた瀬里は、自分を呼び出した救世主といえる友人と、待ち合わせ場所に指定された教室で合流していた。


「ていうか、瀬里。堅苦しいから伊摩(いま)でいいってば」

「そうだった。まだ慣れてないんだよね。えっと、伊摩」

「うん、オッケー」


 伊摩と呼ばれた少女は、にこやかに笑う。

 その笑顔が完全なものではないことに、短い付き合いながら瀬里は気付いていた。


「伊摩、やっぱり何かあった?」

「あー、そうね。ちょっとムカつく奴がいたっていうか――」


 友人が自分の違和感に気付いてくれたことが嬉しくて、彼女――東風原 伊摩(こちはら いま)は自分が不機嫌な理由を語り始めた。

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