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ex01.珠季さんは息子が分からない

「ズルいと思うの」


 隣太郎と亜緒が付き合い始めて少し経った、ある日の放課後――写真部の部室で適当にお茶を楽しんでいる最中、十和が不意にそんなことを言い出した。

 いきなり言われた側である隣太郎は、全く意味が分からずに首を傾げる。


「ズルいって……何がですか?」

「あっ、亜緒ばっかりリン兄とイチャイチャして、ズルいって話?」


 隣太郎の質問に便乗して、翠までわけの分からないことを言い出した。

 確かに交際がスタートしてから、隣太郎は亜緒と二人の時間も大切にするようになったが、他のメンバーとの交流もしっかり続けているし、どうせ二人きりのところを盗撮などしているのだろうから、隣太郎からすれば文句を言われる筋合いなどない。


 ちなみにカメラが趣味の人間として、写真部を盛り上げてくれると学校側に期待されていた翠だったが、部室にいる時は隣太郎や十和と遊んでいることが多く、撮影している写真も人様にお見せ出来る内容ではないので、結果的に写真部が活発になることはなく仲良しクラブのような雰囲気になっていた。

 すでに卒業を控えた十和から翠へと部長の引継ぎは終わっているものの、やっていることは十和が部長だった頃と何も変わっていない。

 来年になれば実質的に隣太郎と翠が二人きりになるので、おそらく他のメンバーも入り浸るようになるだろうと隣太郎は予想していた。

 この学校の写真部が復興するのは、もう不可能なのかもしれない――。


「それもズルいとは思うけど」

「思うんですか……」


 当然のように受け答える十和に、呆れた目を向ける隣太郎。

 彼女や翠だけでなく他の女子二人も、何かにつけて隣太郎と仲良くしようとしてくるので、非常に困る。

 揃いも揃って亜緒のことも友人として好意を持っているので、彼女を排除しようとするどころか一緒に……という流れに持ち込もうとするのだが、どちらにしろ隣太郎としては一線を越えて受け入れるわけにはいかないので、どうにか友人という範疇の付き合いに留めていた。


「思うわよ、それは。だって隣太郎くんったら、全然私と『遊んで』くれないんだもの。私だって人生で一度くらい、あなたに枕元で愛の言葉を囁かれてみたいわ」

「いや、それは流石に冗談では済まないから……それで実際、何がズルいんですか?」


 相変わらず、堂々と隣太郎に浮気を持ちかける十和だった。

 おそらく彼女にとっては冗談ではなく本気なのだろうが、隣太郎にとってはそれこそ冗談ではない。

 亜緒を裏切るつもりなど毛頭ないし、仮に裏切って十和と関係を持ってしまったとして、他のメンバーも含めてややこしい事態になるのが目に見えていた。

 ここにはいないメンバーも含めた六人の関係は、主に隣太郎の理性と胃の強さによって成り立っているのだ。


 そんな隣太郎の苦労を知ってか知らずか……おそらく知った上で敢えて無視した十和は、不満げな表情のまま自身の要望を口にした。


「亜緒ちゃんは当然だけど、伊摩ちゃんと瀬里ちゃんも隣太郎くんの家に行ったのよね? 翠ちゃんだって、幼馴染だから何度も行ってるんでしょ?」

「んん? それは……まあ、そうですけど」


 確かに亜緒と伊摩は隣太郎の見舞いに訪れている。

 そして瀬里も笈掛家に行っていたことが、後で他のメンバーにもバレていた。本人の切実な懇願により、お菓子作りを習うためという目的は、亜緒にだけは伏せられているが。


「だから私も、隣太郎のお家に行ってみたいの。ダメかしら?」

「え、いや、ダメってことはないですけど」

「えー、それなら私だって行きたいよー」


 十和を家に呼ぶくらいなら……と隣太郎が頷く前に、翠が先に不満そうな声を上げた。


「確かに私もリン兄の家に行ったことあるけどさー。それって幼稚園とか小学生の頃じゃん。こっちに帰ってきてからは、まだ行ってないし」

「あら、そうだったの?」


 十和が意外そうな顔で聞くと、翠は「うん」と頷き返した。

 昔はお互いの親が知り合いという縁で、どちらかの家に預けられることも多かった隣太郎と翠だが、翠が引っ越し先から戻ってきた今となっては親と一緒に行動する機会も少ないため、笈掛家を最後に訪ねたのは引っ越し前の話だった。


 そんな翠と隣太郎の説明を聞いた十和は、まるで名案を思い付いたと言わんばかりに笑顔で手を合わせた。


「そうだわ! それなら、みんなで隣太郎くんのお家に行ってみない?」

「え? みんなって、もしかして伊摩たちも一緒ですか?」

「もちろんよ。誰か一人だけ仲間外れにするのはよくないでしょう?」

「やー、いいねそれ! 行ってもいいよね、リン兄!」


 嬉しそうに十和の提案に賛同する翠だが、隣太郎としては何とも答えづらいところだった。

 十和と翠を家に招くのは構わないし、他のメンバーを仲間外れにしたいとも思わない。

 しかし隣太郎の脳裏には、自分が風邪を引いて学校を休んだ日の、母親との一幕が浮かんでいた。


『隣太郎……瀬里ちゃんとは同じクラスなのよね?』

『ああ、そうだけど』

『亜緒ちゃんは後輩なのよね?』

『そうだな』

『……伊摩ちゃんは?』

『元は瀬里の友達だな。俺と会ったのは、たまたまだったけど』

『そう……ねえ隣太郎。あなた、やけにたくさん女友達がいるみたいだけど、どうなってるの?』


 ――あの時の母・珠季は、間違いなく隣太郎の女性関係を疑っていた。


 今まで自宅を訪ねる女子など翠しかいなかったし、その翠も引っ越してからは縁遠くなっていたので、いきなり三人もの女子が来て驚かれるのも無理はないだろうと、隣太郎は考えていた。

 亜緒のことは彼女として珠季に紹介してもいいとは思っているのだが、さらに他の女子まで友人として紹介などしても大丈夫だろうか? 考えるまでもなく、大丈夫ではないだろう。

 流石に全員でというのは断ろうかと隣太郎が悩んでいると、彼が何かを言う前に十和が部室の扉に目を向けた。


「瀬里ちゃんだって、みんなで遊びに行きたいわよね?」


 十和がそう口にした瞬間、部室の扉が勢いよく開き、怒り顔の瀬里が姿を見せる。


「ちょっと! なんで私がいるって言っちゃうんですか!? お互いの盗聴とか盗撮には、基本的に触れない約束でしょ!」


 そんな彼女を見て、十和は涼しい顔で微笑んだ。


「あら、本当にいたのね、瀬里ちゃん」

「はい……? あっ……カマかけたんですか、十和先輩!?」


 十和に嵌められたことに気付いて、慌てた顔をする瀬里。

 そんな彼女に、隣太郎たちは苦笑いを向けていた。


「いや、俺もいるだろうなとは思ってたんだが」

「やー、単純だなー、瀬里さんは」

「うふふ……瀬里ちゃんのストーキングもまだまだね」

「くうぅーっ!」


 悔しそうな顔をする瀬里だが、自分のストーキングがバレてその反応というのも、果たしてどうなのだろうか。しかし残念ながら隣太郎をストーキングすることに対する罪悪感は、すでに彼女たちの中から失われていた。


「――ったく、先輩ぶっておいて自分が見付かるなんて、アンタもまだまだね、瀬里」

「あら、伊摩ちゃんまでいたの?」

「まあね。たまには瀬里に付き合って、隣太郎を監視するのも面白いかと思って」

「面白いって」


 悔しがる瀬里を見ていると、彼女に続いて伊摩まで現れる。

 いつも通りの自信満々な表情を浮かべて、割と碌でもないことを言っているのだが、隣太郎のプライバシーについて真剣に考える人間など、もはや本人しかこの場にはいないのだ。

 想い人が少し悲しい顔をしているのには気付かず、伊摩は威勢のいい笑顔で語り続ける。


「話は聞かせてもらったわ。いいじゃない、皆で隣太郎の家に行くなんて。前の時はお見舞いだけで、隣太郎の母親とほとんど喋れなかったし、もう一回ちゃんと挨拶したいわね」


 隣太郎にとっては、その母親への挨拶が大問題なのだが……伊摩が一度決めたことを、簡単に曲げるとは思えなかった。


「んー、私もまた珠季さんに会いたいかな。結局、前の一回しか会ってないしね」

「私も珠季おかーさんに会いたーい。ねえ、いいでしょ、リン兄」


 伊摩の言葉に、瀬里と翠も同意を示す。

 隣太郎としては他のメンバーはともかく翠は母親に会わせてやりたいと思っていたのだが、この調子だと彼女だけを家に招くわけにはいかないだろう。どうせ他のメンバーにも嗅ぎつけられるに決まっているし、そうなれば後でもっと面倒な展開になるに違いない。

 それなら自分が目の前でフォロー出来る状況で、一気に招待するのが最もマシなのではないかと、隣太郎の考えは固まりつつあった。恋人である亜緒はともかく、あくまで友人という立場の彼女たちを個別に呼ぶのも、それはそれで不自然な気がする。


「……分かったよ。亜緒にも声をかけて、いつにするか相談するか」


 こうして恋人と女友達、計五人の女子が自宅を訪れるという、どう考えても尋常ではないイベントの開催が決定したのだった。




「隣太郎、まだかしら? もうそろそろ時間なんじゃないの?」

「いや、まだ約束の三十分前だから……」


 自宅のリビングで落ち着きを失くして、玄関や時計に視線を彷徨わせている母親の姿を見て、隣太郎は小さく息を漏らした。

 今日はこの後、いつものメンバーが全員この家にやって来るのだ。


 笈掛家は共働きなので、珠季が忙しくて都合が付かないという展開を少しだけ期待していた隣太郎だったが、「紹介したい人がいるので休みを合わせられないか」と聞いたら、あっさりと有休を取得してきてしまった。

 一方で、珠季の方も息子が自分の在宅を残念がっている等とは露知らず、彼の言う「紹介したい人」の来訪を緊張した様子で待ちわびていた。

 子供が「親に紹介したい」という触れ込みで連れて来る相手といえば、大抵は恋人と相場は決まっている。高校生なので些か早すぎるように思えるが、結婚ではなく真剣な交際なら別に構わないと珠季は考えていた。


 ちなみに隣太郎は本当に「紹介したい人がいる」以外の言葉を伝えておらず、当然ながら女子が総勢五人もやって来ることは言っていない。相変わらず堂々としているように見えて、変なところで往生際の悪い男だった。


「……そろそろ時間になった?」

「いや、まだ約束のニ十七分前だよ……って、あれ?」


 まるで子供のように落ち着きのない母親の姿に隣太郎が呆れていると、チャイムの音が家の中に鳴り響いた。


「き、来たの!? お、お茶……お茶淹れないと……!」

「落ち着いてくれよ、母さん。みんな……彼女が来るには早すぎるから、宅配便か何かじゃないか?」


 そんな風に珠季を宥めながら、隣太郎は玄関へと向かう。

 少し気を抜きながら扉を開けると、そこには――。


「ほ、本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 緊張した面持ちの亜緒が、めかし込んだ格好で立っていた。


「亜緒……? ずいぶん早かったな。まだ時間はかなりあるぞ」

「えっと、その……彼女として、他の方に後れを取るわけにはいかないと思いまして……」


 恥ずかしげな亜緒の言葉を聞いて、隣太郎は納得した。

 確かに彼氏の家を訪ねたら他の女性が先に来ているという状況は、亜緒からすれば決して面白いものではないだろう。

 それを言ったら、そもそも他の女性が同じ日に来ること自体が問題のような気もするが、そこを追及すると六人の関係が一気に壊れてしまうので、隣太郎も亜緒も暗黙の了解として触れないことに決めていた。


「すみません。やっぱり少し早すぎたでしょうか……」

「ああ、いや……別に構わないぞ。少し驚いただけだ」


 申し訳なさそうな顔をする亜緒に、隣太郎は柔らかい笑顔で答えた。


「とりあえず上がってくれ。中に母さんがいるから」

「は、はい……お邪魔します」


 こうして隣太郎の彼女である亜緒が、まず最初に笈掛家を訪れた。




「まさか亜緒ちゃんが隣太郎の彼女さんだなんて、ビックリしたわ」

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします……!」

「あらあら、まるで嫁入りみたいな言い方ねえ」

「い、いえ、そういうつもりは……ないわけではないですが」

「んん? ちょっと隣太郎、今の聞いた? 健気よねえ」


 亜緒と珠季の顔合わせは、かなり順調だった。

 そもそも隣太郎の見舞いの際に面識はあるので、あくまで彼女になったことを報告するだけだ。もちろん緊張しないわけではないが、まったくの初対面に比べれば相当気が楽だろう。両者の性格的な相性がいいのも大きいだろうが。

 恋人と母親が仲良くしてくれて、隣太郎も一安心……するはずもなく、どこか落ち着かない様子を見せている。この後、他に四人の女子がやって来る予定なのだから、そうなるのも当然の話だろう。

 そんな非常識なイベントが待ち受けているとは知らない珠季は、気もそぞろな息子の様子を訝しんで声をかけた。


「隣太郎? ちょっと、せっかく可愛い彼女が来てるっていうのに、そわそわしちゃってどうしたのよ? 心配しなくても、嫁姑問題なんて起きないからね」

「い、いや……そういう話をしたいんじゃなくてな。というか、それは流石に気が早い――」

「あれ、またお客さん? 今度こそ宅配便かな……?」


 チャイムの音に肩を跳ね上げた隣太郎を余所に、珠季は訪問者の正体を確認するために立ち上がった。


「か、母さん。俺が出るから……」

「いいのいいの。彼女を放っておいちゃダメでしょ。お母さんが出るってば」


 隣太郎の制止の言葉も空しく、玄関へと向かってしまう珠季。

 彼女は外に向かって声をかけながら、何の気なしに扉を開いた。


「こんにちはー! あっ、珠季おかーさん、ひっさしぶりー!」

「えっ? わわっ……もしかして翠ちゃん?」

「そうだよー! やー、会いたかったよー!」


 扉が開いて珠季の姿を確認した途端、外にいた翠が飛び込んできた。

 懐かしい呼び方ですぐに彼女の正体に気付いた珠季は、まるで本当の母親のように慈しみ深い笑顔を浮かべて、自分の胸の中にいる少女の頭を撫で始めた。


「大きくなったね、翠ちゃん……。でも引っ越してきてから、ずいぶん経つんじゃないの? もう少し早く顔見せてくれてもいいじゃない」

「ごめんなさーい。リン兄たちと遊ぶのが楽しくて……」

「まったくもう、大きくなったのは身長だけなの?」


 呆れた口調の珠季だが、その表情は優しさに満ちている。

 もう一人の母親というべき存在と再会した翠も、いつもより子供っぽい様子を見せていた。

 そんな二人を、いつの間にか玄関まで出てきた隣太郎と亜緒が眺めている。

 息子の存在に気付いた珠季は、ふと湧いた疑問を口にした。


「隣太郎。今日来る子って、亜緒ちゃんだけじゃなかったの? 翠ちゃんを呼んだのも、あなた?」

「ああ……まあ。実は翠と亜緒は、一緒のクラスで友達同士なんだ」

「そうだよー! 亜緒と私、仲良しなんだー。ね、亜緒?」

「うん、そうだね、翠」


 笑い合う二人の少女を見て、珠季は「なるほど」と納得する。

 彼女と幼馴染を同時に連れて来るのはどうかと思うが、友達同士で二人が納得しているなら、まあ問題はないだろう。

 珠季としても娘同然だった翠との再会は嬉しいし、息子に可愛くて礼儀正しい彼女がいるのも喜ばしい。なかなか心憎いサプライズだと、息子に対して感心すらしていた。


 だが、残念ながら隣太郎を取り巻く環境は、彼女の想像を大きく上回るほどに非常識な様相を呈しているのだ。

 人生の無情さを表現したかのような三度目のチャイムが、笈掛家の玄関に鳴り響く。


「……また? 今日は何なんだろ……」


 不思議そうな顔になった珠季が、翠を放してから玄関のドアノブに手をかける。

 背後では、いよいよ逃げ場がなくなった隣太郎が冷や汗を流しているのだが、当然それには気付かない。亜緒と翠が苦笑いを隣太郎に向けているのも、知らないままだ。

 そんな珠季は、扉を開けた先にいた「二人の少女」を見て仰天した。


「こんにちは、珠季さん!」

「あ、お久しぶりです」

「せ、瀬里ちゃん……? 伊摩ちゃんまで……」


 今度は珠季の方が冷や汗を流しながら、息子の方を見る。

 彼女は瀬里と伊摩が、アポなしで訪ねてきたと勘違いしているのだ。常識的に考えれば「紹介したい人がいる」と言った息子が四人も女子を連れてくるはずがないので、珠季の誤解は当然のものだろう。

 だが残念ながら、彼女の息子は非常識な女性関係を築いているのだ。


「ちょ、ちょっと隣太郎……」


 事実を知らない珠季は、焦った顔をしている。

 彼女は瀬里が隣太郎に対して好意的な感情を持っていることに気付いているし、伊摩にしても以前に顔を合わせたのは一瞬だったが、わざわざ見舞いに来る意味は察していた。

 特に瀬里には「娘と料理をするのが夢だった」とまで言ってしまったので、亜緒が彼女として家に来ている現状は、気まずいなどというレベルではない。

 しかし次に瀬里たちが放った言葉によって、珠季の混乱はさらに深まることになるのだ。


「亜緒ちゃんも翠ちゃんも早いね。もう来てたんだ」

「ていうか、なんで総出で出迎えてんの? 別に悪い気はしないけど」

「あ……あれ?」


 瀬里と伊摩の予想外の反応に、珠季は呆けた声を上げた。

 隣太郎の傍に他の女性がいたことで、修羅場が勃発するのではと恐れていたのだが、これではどう見ても待ち合わせ場所にやって来ただけの友人だ。どう見てもというか、見たまま待ち合わせ場所に来ただけの友人なのだが。


「ねえ、隣太郎? あなた、今日はどれだけ人を呼んでるの?」


 いよいよ隣太郎が気付いてほしくなかった事実に辿り着いてしまった珠季。

 バカ正直に「彼女を含めて五人です」とは言えず、隣太郎は冷や汗を流し続けている。現実逃避をしたいあまりに「冷や汗でもデトックスできるのかな」などと間の抜けたことを考える隣太郎だった。

 母・珠季の疑惑の目がジト目に変わった頃、いよいよ彼女の混乱を限界へと誘う、最後の客人が現れた。


「あら? みんな揃って、どうしたの? もしかして私を待っててくれたのかしら? そうだったら、とっても嬉しいわ」


 隣太郎が言い訳を口にする前に、瀬里たちの背後から十和が顔を見せる。

 いつも通りの柔和な笑顔で現れた十和は、玄関に集まった人の中に隣太郎の母親と思しき姿を見つけて、深々と頭を下げた。


「隣太郎くんのお母様ですか? はじめまして、隣太郎くんの所属している写真部の部長を務めている、灰谷 十和(はいのや とわ)と言います」

「え、ああ、どうも……隣太郎の母の珠季です……」


 もはや何が常識なのか分からなくなってきた頭で、どうにか十和の挨拶に応えることが出来た珠季。見慣れたはずの我が家の玄関が、不可思議な異空間になってしまったような錯覚に襲われていた。

 恋人である亜緒は分かる。幼馴染の翠も、まだ理解できる。しかし、その後にやって来た三人が加わると、途端にわけが分からなくなってしまった。

 伊摩と十和は目を引く美人だが、他の三人も十分に器量が良い。これだけの女子を揃って自宅に呼んでいる息子が、珠季には理解できなかった。


「隣太郎……ちょっと話があるんだけど」

「いや、母さん。その……すみません」

「何を謝ってるの? いいから、ちょっとこっちに来なさい」


 思わず謝ってしまった隣太郎を引きずって、珠季はリビングへと戻って行く。

 母子の後姿を見送りながら、女性陣は首を傾げるのだった。




「あなたね……五人も女の子を呼ぶなら、最初から言いなさいよ」

「いや、ちょっと言い出しづらくて……」

「分からないでもないけどね。というか、あの子たちは一体何なの?」

「彼女と友達です……」

「彼女とただの友達が、五人も揃って男の家に来るわけないでしょう!?」


 常識で考えろと言わんばかりに息子を叱りつける珠季だが、残念ながら隣太郎は一つも嘘は言っていない。彼女たちは本当に、隣太郎の恋人と友人で間違いないのだ。普通の友人ではないのが問題なのだが。

 数年ぶりに母親から本気で叱られて凹む隣太郎を見て、珠季は溜め息を吐く。


「まあ……隣太郎がそんな悪いことするような子じゃないとは思ってるんだけど」

「か、母さん……」


 実に非常識な状況ではあるが、隣太郎が五人の女子を誑かすような人間だとは、珠季も本気で思っていない。

 こんなわけの分からない人間関係でも、頭ごなしに自分を否定してこない母親の姿に、隣太郎は大いに感動していた。

 そして真剣な表情になると、「これだけは言っておかねば」と口を開く。


「ありがとう、母さん。それと念のために言っておきたいんだが、なるべく俺の部屋には入らないでほしいんだ」

「どうしたの、急に? 言われなくても、年頃の息子の部屋はなるべく入らないけど」


 最近は少しだけ女性関係が心配になってきたが、基本的に隣太郎は今まで大きな問題を起こしたことはないし、そんな息子のプライベートを必要以上に詮索する趣味は、珠季にはない。

 しかし、そんな珠季の言葉を聞いても隣太郎は表情を緩めず、真剣な口調で話し続ける。


「もし万が一、俺がいない時に部屋に入ったとしても、なるべく独り言とか変な行動はしないようにしてくれ」

「は? 何言ってるの?」

「俺がいなくても、誰が見たり聞いたりしてるか分からないからな」


 そう言って隣太郎は、自分の部屋がある方向を見つめた。

 こうして母親と話している間に、少女たちは隣太郎の部屋に通されていた。

 ストーカーではない亜緒もいるとはいえ、彼女一人で他の四人を食い止めることは不可能だろう。きっと今頃、隣太郎のプライベートは蹂躙されているに違いない。

 しばらくは自室でも気は抜けないと、嫌な慣れを見せる隣太郎だった。


「ねえ! 何を言ってるの、隣太郎!? お母さん、お化けとか苦手なんだけど!? あなたの部屋、一体どうなってるの!?」


 そんな妙に達観した様子の息子を見て、珠季はやはり大いに混乱するのだった。

劇中でも描写していますが、亜緒の告白と覚醒の間の話です。

番外編はもう一話あります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >話はきかせてもらったわ 人生の中で一度は言ってみたい台詞第四位ですね。 亜緒ちゃんと付き合い始めても、隣太郎くんはみんなの隣太郎くん。何という擬似ハーレム。 >「彼女とただの友達が…
[良い点] 性癖が目覚める前の亜緒ちゃんですね。 まだ、歯止めが効いている。 そして、お母さんの気持ちの方が良く分かります。 えぇ、分かりますとも。 [一言] 両親を共働きにする事で、亜緒ちゃんを連れ…
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