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41.追っかけくんはずっと恋してる

 伊摩の告白を断った隣太郎は、翌日になって写真部の部室を訪れていた。

 大抵は十和に呼び出されて来る場所だが、今日に限っては隣太郎から十和を呼び出した形になっている。

 さらにそれだけではなく、瀬里と翠も同時にこの部室に呼び出していた。


 そうして放課後になると隣太郎は部室に直行し、三人の到着を緊張の面持ちで待ち構えていた――はずなのだが。


「君は呼んでなかったと思うんだが、なんでいるんだ?」


 言いながら隣太郎が胡乱げな目を向けると、ソファーに座って優雅に紅茶を飲んでいる伊摩の姿があった。

 十和たちを迎えるために、隣太郎が事前に用意しておいたお茶だったのだが、そんなことは気にせずに堂々と飲んでいる。


「何よ、あたしだけ仲間はずれにしようっての? ずいぶん冷たいじゃない、隣太郎。振った女はお呼びじゃないってわけ?」

「ちょ、それは……」


 あまりに鋭い伊摩の返しに、隣太郎は急激に胃の痛みを覚えた。

 昨晩、隣太郎は伊摩を振ってしまった後悔や、これから彼女との関係が少なからず変わってしまうことへの恐れで胸を痛めていた。

 一晩悩んでどうにかその痛みは飲み込めたつもりだったが、伊摩の一言ですぐに再発してしまった。


「冗談よ、情けない顔しないの。アンタが嫌じゃなければ、これからも友達としては仲良くしてあげるわよ」

「……まあ正直、そう言ってくれると凄く嬉しいよ」

「でしょ? アンタ、伊摩ちゃん大好き隣太郎だもんね?」

「友達としては、だからな」


 一昨日までと変わらない気軽な掛け合いができて、隣太郎は安堵した。


 昨晩、隣太郎のスマホには、伊摩から写真が送られてこなかった。

 失恋の直後なのだから当然だろうと納得しながらも、隣太郎はどこか寂しさを覚えていたのだ。

 一晩明けて、こうして以前と変わらぬ関係が確認できると、隣太郎の心はかなり軽くなった。


 とはいえ、これからの展開を思うと、安心してばかりはいられない。


「思ってたより余裕ね、隣太郎。これから女子三人を無残にぶった切るようには、とても見えないわ」

「……やっぱり分かるか? 俺が何をしようとしてるのか」

「めちゃくちゃ分かりやすいわよ。昨日の今日だしね」


 言い方は悪いが、伊摩の言葉通りだった。

 隣太郎は今日、三人を振るためにここに呼び出しているのだ。


「そんなことしなくても、普通に亜緒に告白すればいいのに。そうしたら、他の子たちだって『ああ、失恋したんだな』って納得するわよ」

「いや、君がそれを言うのか?」


 隣太郎は思わず突っ込みを入れる。

 蒸し返したくないのでそれ以上は言わないものの、伊摩が黙って失恋することに納得できなくて告白を敢行したのは、もはや明白である。


 しかし、そんな隣太郎の突っ込みも意に介さず、伊摩は鼻で笑い飛ばす。


「あたしはいいのよ。覚悟決めて、自分から前に出たんだから」

「まあ、それはそうかもしれないが」


 たしかに隣太郎からすれば、彼女たちとの中途半端な関係にケリを付けるのは必要な工程だが、いきなり呼び出されて振られる三人は堪ったものではないかもしれない。

 そう思い始めると、隣太郎は一気に不安になった。


「ちょっと、いまさらそんな辛気臭い顔して、どうすんのよ。まあ、ぶっちゃけ男の方から呼び出して振るとかアレだと思うけど、後のことを考えると悪くない手だと思うわよ」

「うっ……やっぱりアレなんだな」

「だから、いまさら変なこと気にしないの。正直に言うと、あの子たちをフォローするために来たのよ、あたしは」


 伊摩が瀬里たちのフォローを申し出たことに、隣太郎は驚いた。

 正直に言えば、伊摩は面白半分で茶々を入れに来た可能性すらあると思っていたのだ。

 それが実は他の女性陣のフォローをしてくれるつもりだったとは。

 失礼なことを考えていたのがバレないよう、隣太郎は慌てて目を逸らす。


 いい加減に隣太郎とも気心の知れてきた伊摩は、彼の反応に「コイツ、失礼なこと考えてたわね」と感付いたが、とりあえず見逃してやることにした。


「さて、来たわよ隣太郎。気合入れなさい」


 伊摩の言葉通り、部室の扉の外から姦しい声が聞こえてきた――。




「あれ、伊摩もいたんだ?」


 十和と翠と一緒に入室した瀬里は、自分たちを呼び出した隣太郎の他に親友もその場にいることに気付き、不思議そうな声を上げた。


「伊摩ちゃんも隣太郎くんに呼ばれたの?」

「それなら伊摩さんも、私たちと一緒に来ればよかったのに」


 十和と翠も同じように思って声をかけるが、伊摩は「まあね」と曖昧に返すだけだった。

 そんな伊摩を見て不思議そうな顔をする三人に、隣太郎が声をかけた


「伊摩は呼んでなかったんだが、まあ勝手に来たんだ」

「あら、ダメよ隣太郎くん。伊摩ちゃんだけ仲間はずれにしたら」

「そうそう、伊摩ってなんだかんだで構われたがりだから」


 仲の良さ故か好き放題に言う瀬里と十和だが、伊摩はあまり取り合うつもりはなさそうだ。

 とはいえ、こめかみのあたりはピクピクと動いているので、空気を読んで大人しくしているだけで、不満を覚えているのに変わりはないらしい。


「伊摩さん、なんか様子が変じゃない? リン兄、なんかあったの?」

「あー、あったと言えば、大いにあったな……」


 勿体ぶった様子を見せる隣太郎に、怪訝な顔をする三人。

 その表情を前にして隣太郎は覚悟を決めて、一つ咳払いをした。


「実は昨日――伊摩に告白されたんだ」


 隣太郎の発言を聞いて、一同は息を飲んだ。

 ここにはいない亜緒も含めて、その部分を有耶無耶にすることで上手く関係が維持できていると、全員が理解していたからだ。


 伊摩が隣太郎に告白したという事実。

 そして自分たちよりも先に、隣太郎と一緒にこの部屋にいた伊摩。

 瀬里たちの脳裏に、一つの可能性が浮かび上がる。


「もしかしてトナリくん……伊摩と付き合うことにしたの?」


 三人を代表したわけではないだろうが、瀬里が隣太郎に尋ねた。

 だがその質問には隣太郎ではなく、目を横に逸らした伊摩が答える。


「違うわよ。隣太郎には、あたしじゃない本命がいるんだって」

「それって……」


 伊摩の返答に、瀬里は言葉を返すことができなかった。

 その言葉通りなら、伊摩は失恋してしまったということになるからだ。

 そして自分たちが呼ばれた理由と、これから訪れる一つの区切りを察して、三人とも表情を曇らせる。


「ああ、瀬里には話したよな。俺は前からずっと、亜緒のことが好きだ」


 隣太郎がそれを言ってしまったことに、三人は息を飲んだ。

 自分たちにそれを告げるということは、隣太郎がこの心地良い関係を壊してでも、前に進もうと決意したことを意味している。


「瀬里」

「っ!」


 隣太郎から名指しで呼ばれて、瀬里は肩を跳ね上げた。

 これから彼が何を言おうとしているのか、嫌でも理解できてしまう。


「君とは中学から、ずっと一緒だったな。出会った時期なら翠の方が早かったけど、中学から高校っていう複雑な時期を一緒に過ごしたのは、時間の長さ以上の価値があると思う。その相手が君で、本当によかった」

「やめて……やめてよ、トナリくん。こんなことする必要ないでしょ? 今まで通り、六人で仲良くしてればいいじゃない……!」


 隣太郎の言葉を聞きたくないと、瀬里は叫びながら頭を振った。

 そんな彼女を見て、隣太郎は場違いだと思いながら小さく笑う。

 このタイミングで「六人で仲良く」と言える瀬里は本当に素敵な女性だと、隣太郎は心の底から思った。


 涙ぐむ瀬里にそれ以上は何も言わず、隣太郎はその横の少女に目を向けた。


「十和先輩」

「……なあに? 隣太郎くん」


 瀬里と違って落ち着いた反応をする十和だが、よく見ればその体は小さく震えている。

 隣太郎はそれに気付きながら、特に触れることなく話を続けた。


「十和先輩のこと、最初は正直苦手でしたよ。最初っていうか……正確には途中からですけど」

「ええ、知ってるわ。私、ちょっとはしゃぎすぎちゃったものね」

「でも最近になって一緒に遊んだりすることが増えて、先輩も俺たちと同年代の可愛い女子なんだなって思うようになりました」

「そう、嬉しいわ……隣太郎くん、海の帰りで言った『好き』って言葉。分かってると思うけど、あれって本当は『声だけ』の話じゃないのよ?」

「……それは、分かってます。だけどゴメン。俺は別の子が好きだから」


 隣太郎がそう言うと、十和は「そうなんだ」と呟いて顔を逸らした。

 いつも澄ました顔をした先輩のこんな姿を、隣太郎は見たくはなかった。

 それでも隣太郎には、この姿を目に焼き付けなければいけないと思った。


「やー、私は別にただの幼馴染だし、場違いだから今日は帰ろっかなーって」


 すると隣太郎が声をかける前に、翠が自ら発言した。

 苦笑交じりのセリフではあるが、その表情は酷く歪んでいるのが傍目にも分かる。

 だから隣太郎は、大切な妹分を傷付けるために声をかけた。


「翠、お前とは――」

「やめてってば!!」


 かつてないほどに切羽詰まった翠の叫び声に、黙って見守っていた伊摩や泣きそうな顔をしていた瀬里と十和が、驚きの表情になる。

 普段、底抜けに明るい翠が、こんなに激しい姿を見せるとは思わなかったのだ。

 だがその場にいた中で唯一、隣太郎だけは戸惑わなかった。

 小学生の頃の翠なら、このくらいの怒鳴り声は上げていただろう。

 昔はもっと気が短くて男っぽい奴だったと、隣太郎は思い出す。


「私とリン兄は、ただの幼馴染でしょ!? だったら別に、こんな振るようなことしなくてもいいじゃん! 自意識過剰だよ!」


 必死の形相で拒絶する翠だが、その剣幕にも隣太郎は怯まなかった。


「そうだな、俺は自意識過剰かもしれない。だけど、これだけは聞いてくれ。俺は亜緒が好きなんだ。別にお前が俺のことを好きじゃなくても、それだけ知っててくれればいい」

「リン兄ぃー……」


 いくら拒絶しても頑なに自分の気持ちを伝えてくる隣太郎に、翠はとうとう負けを認めた。

 弱々しい声で隣太郎を呼びながら、瞳を涙で滲ませる。


「リン兄のこと、好きじゃないわけないじゃんかあ。ずっと好きだったんだよおっ……!」

「翠……ありがとな」


 妹分を泣かせてしまったことを後悔しながら、隣太郎は自分が選んだ結末を目に焼き付けた。

 瀬里も、十和も、翠も泣いている。伊摩だけは涙を流していないが、昨夜の彼女がどうだったかは分からない。


 いっそ全員を愛せるような酷い男だったなら、彼女たちは幸せになれたのだろうか。

 隣太郎はそんなことを考えたが、すぐに意味のないことだと止めた。

 どうせ自分は、亜緒一人を愛するだけで精一杯なのだ。


 ――伊摩は大丈夫そうだけど、全員がそうはいかないだろうな。


 この期に及んで未練がましく、隣太郎は彼女たちとの関係を惜しんだ。

 伊摩はともかく、きっと今日こそ何かが変わってしまうのだろう。


 亜緒と向き合うために犠牲にしたものは、隣太郎にとって想像以上に重いものだった。




「ねえ、隣太郎。ついでに言っときたいことがあるんだけど」

「……この空気でか?」


 瀬里たちが啜り声を上げている中で、先程まで黙り込んでいた伊摩が隣太郎に話しかけてきた。

 隣太郎としては、もう少し三人が落ち着いたらフォローに入ってくれるのかと期待していたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 つい呆れた目を隣太郎が向けるが、それをものともせずに伊摩は言い放った。


「今夜から、もうちょっと過激な写真送るから。期待してなさい」

「……は?」


 予想外にもほどがある伊摩の発言に、隣太郎は目を丸くした。

 しかし伊摩は、そんな隣太郎のリアクションを無視して話を続ける。


「もし興奮したら、変なことに使ってもいいわよ」

「おい待て、伊摩。君、めちゃくちゃ凄いこと言ってるぞ!?」

「ていうか、あたしを振って悪いと思ってるなら、使いなさいよ。それで使ったら報告してもらえると、私も助かるから」

「報告するわけないだろ! あ、いや、まず使うわけないだろ! しかも何が助かるんだ!?」


 急にとんでもないことを言い出した伊摩に、隣太郎は思わず声を荒げた。

 わけが分からない。まるで伊摩が唐突に、痴女にでもなったかのようだ。

 そう思った隣太郎だが、残念ながら伊摩は最初から痴女気味である。


「隣太郎。ずっと黙ってたんだけどね」

「待て、凄く聞きたくないんだが……」

「あたし、アンタがあたしを見てると、めちゃくちゃ興奮するの。あたしの写真でアンタがやらしいこと考えてるなんて、ホント最高だわ」

「最悪だよ!?」


 本当に割と最悪の気分だった。

 好意を寄せられていたが振ってしまい、それでも友人として付き合い続けられそうだった相手が、とんでもない変態だと明らかになってしまったのだ。

 いまさら嫌悪感など抱けない程度には情があるのが、余計にタチが悪い。


「あの、隣太郎くん? それなら私も……」


 伊摩の告白(?)に触発されたのか、十和もおずおずと手を上げた。


「前も言ったけど、隣太郎くんの声が好きっていうのは嘘じゃないの。だから隣太郎くんと仲良くなる前から、学校で盗聴してたの。黙ってて、ごめんね?」

「え……なに、盗聴?」


 続いて告げられた十和の凶状に、隣太郎は思わず呆然とした。

 可愛く暴露しているが、やっていることは完全に犯罪である。

 そもそも黙っていたことより、盗聴したこと自体を謝るべきだろう。


「あ、そういう流れ? じゃあ、私も盗撮やってまーす! リン兄の部屋が覗けるスポットが、最近の流行りだよ!」

「嘘だろ、お前」


 さらに便乗して、翠まで犯行を自白してしまう。

 もはや隣太郎の脳は、ほとんどパンク寸前の状態になっていた。

 すっかり馴染みになってしまった頭を抱えるポーズを取ると、まだこの場に女子が一人残っていたことに気付く。


「瀬里……! 俺は君を信じてるぞ!」

「え? あ、あー……」


 縋るような目で、隣太郎は瀬里を見つめた。

 この場にいる中で、犯罪行為が明らかになっていないのは瀬里だけだ。

 一方、そんな信頼の目を向けられてしまった瀬里も、どう見ても限界っぽい隣太郎に真実を告げるのが心苦しくて、「実は私も」という言葉を言い出せずにいた。


 しかしそんな瀬里の気遣いも、無情な幼馴染(悪魔)によって無に帰された。


「瀬里さんはストーキングやってるんだよねー。この間、一緒にリン兄の部屋の観測会やったんだ!」


 ――隣太郎は自分の呼吸が一瞬、本当に止まったかと思った。


 せめて瀬里だけはと信じていたのに、自分の周りには変態しかいなかった。

 こうなると、「もしかしたら亜緒も……」と疑ってしまうのも無理はない。


「ちょ、翠ちゃん! なんで言っちゃうの!?」

「えー、だって楽しかったじゃん、観測会。またやりたいよね!」

「ていうか、瀬里。アンタ、自分だけ隠す気だったの?」


 女性陣がなにやら姦しく話しているが、ショックを受けている隣太郎の耳には内容が入ってこない。

 そんな隣太郎に十和は笑顔で近づいて、重苦しいその肩をそっと叩いた。


「亜緒ちゃんは何もやってないから、安心してね?」

「あ、亜緒……」


 十和から笑顔で告げられた言葉に、隣太郎は本気で安堵した。


 ――やっぱ亜緒だわ。


 心の底からしみじみと、隣太郎は亜緒への愛情を再確認する。

 まさか亜緒も、こんな理由で自分への好感度が高まるとは思っていなかっただろう。



 なんだか無性に亜緒に会いたくなった、隣太郎だった。

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