40.東風原さんは止まれない
前半は隣太郎の見舞いエピソードの続きです。
伊摩が亜緒に「他の女子三人とも話してきなさい」と言った後、彼女は当初の予定通りに隣太郎の自宅を訪れていた。
理由は言わずもがな、自分の不手際で風邪をひいたであろう隣太郎を見舞うためである。
可愛い後輩に先を越されていたことには驚いたものの、少し前に会った当人の様子を思えば、見舞いに行った先で隣太郎との仲が進展したという様子は見受けられなかった。
であれば、自分はこの機に彼との仲を進めてしまおうと、伊摩は気合を入れる。
亜緒に対しては「少しの間待つ」と言ったし、その言葉通りに隣太郎と決定的な進展を迎えようとは思っていないが、自分をより意識させるように働きかけるくらいは許容範囲だろうと、伊摩は考えていた。
「さて、ここが隣太郎の家か……流石に緊張するわね」
無事に笈掛家の前に辿り着いた伊摩は、玄関ドアの前に緊張の面持ちで佇む。
この場所を訪れた女子たちは大抵同じ反応をしているので、傍から見ればよほど恐ろしい人物がそこに住んでいるのだと、勘違いしてしまうかもしれない。
とはいえ、こんなところで立ち尽くしていても仕方ない。伊摩は元より気の強そうな形の眉をわずかに吊り上げ、意を決して扉の横にあるスイッチを押した。
こういった仕草も、ここを訪ねた女子の共通項と言えるだろう。まるで訪問時のマニュアルでもあるのかと思わんばかりの、判を押したような行動である。
そして恋する乙女とは単純なもので、この先も他の女子と似たような展開が続くのだった。
「はーい、どちら様……って、ええっ!? また別の女の子!?」
「え? あ、どうも……?」
唐突に驚愕の声を上げた隣太郎の母親――珠季に、伊摩は驚くあまり不躾な挨拶しかできなかった。
そもそも――伊摩の認識ではおそらく――隣太郎の母親がいるとは思っていなかったし、いたとしても出会いがしらに驚かれるとは思っていなかったのだ。
(亜緒ったら、母親がいたなら教えてくれてもいいじゃないの!)
心の中で後輩に不満を漏らす伊摩だが、よくよく考えれば少し前に会った彼女は落ち込んだ様子だったことを思い出し、そんな気遣いを求めるのは酷だったかと自省する。
とはいえ、想い人の母親が在宅しているという情報は、出来れば事前に欲しかったところだ。
「あの、こんにちわ。あたし、隣太郎の友達で東風原 伊摩って言います。今日は彼のお見舞いに来たんですけど、会えますか?」
「え? ああ! ごめんなさい。あの子にお見舞いに来てくれるような女の子が、二人もいるなんて思わなくて……えっと、母親の珠季です。隣太郎ならもうだいぶ元気になったから、中にどうぞ」
伊摩が気を取り直して挨拶を改めると、それを受けた珠季も居住まいを正した。
瀬里や亜緒に比べて伊摩が落ち着いた対応ができたのは、読者モデルとして大人を相手に労働経験を積んだことと、珠季がやたらと挙動不審だったことが理由だろう。
まあ、珠季としても今まで翠以外に女性の影など見られなかった息子に、この短期間で三人もの女友達が訪ねてきたのだから、動揺するのも無理はない。
おまけに隣太郎は帰ってきた翠とも会っているはずなので、下手をすると女友達はもっと多くいるという可能性もある。
隣太郎の父親――自分の夫は別段プレイボーイというわけでもないのに、どうしたことかと珠季は首を傾げた。
別に隣太郎も、プレイボーイというわけでもないのだが。
想い人の母親が「うちの息子って女たらしなの?」などと考えているとは露知らず、伊摩は案内された隣太郎の自室へと向かった。
隣太郎の母親と親交を深めるのは、伊摩にとっても後々のために重要なことではあるが、今日は隣太郎の見舞いに来たのであり、その目的を疎かにするわけにもいかない。
「隣太郎、入るわよ」
「ん? ああ、伊摩か」
伊摩が隣太郎の部屋に入ると、そこには珠季に聞いた通り元気そうな隣太郎の姿があった。
ヘッドボードに載った本を見れば今日一日、暇を持て余していたことが窺える。
とりあえず元気そうで何よりと、伊摩は安堵した。
「なんか、ご挨拶な反応ね。伊摩ちゃん大好き隣太郎なら、もっと嬉しそうにしなさいよ」
「仮に大好きだったとしても、病人に求めることじゃないだろ」
自分の軽口にいつも通りの反応が返ってきたことで、伊摩は安心を深めた。
どうやら隣太郎の容態は、本当に問題ないらしい。
これでも伊摩なりに責任を感じていたので、肩の荷が下りた気分である。
「まあ、元気そうで安心したわ。流石に昨日の今日じゃ、あたしもアンタの風邪と無関係とは言えないしね」
「そんなことを気にしてたのか? ただの不養生で、君のせいじゃない」
隣太郎はつっけんどんな言い方をするが、その表情を見れば自分を気遣っているということは伊摩にも分かる。
亜緒との関係が進められないまま自分たちに囲まれている点もそうだが、したたかに見えて意外と不器用な男だと、伊摩は思った。
そういう決して器用ではないところが、伊摩にとっては心地良いのだが。
「そういえば、今夜はいつもの写真は勘弁してくれよ。もう十分調子は良くなったとはいえ、あまり変なことで悩みたくないからな」
「はあ? なんでよ。こういう時こそ、伊摩ちゃんのセクシーな写真で元気いっぱいじゃないの?」
「君は俺のことを、どんな人間だと思ってるんだ……?」
快復に向かっているとはいえ、風邪の日くらいは悩むことなく過ごしたいと思った隣太郎だが、何故か伊摩は不満気な顔をする。
伊摩の性格からすると、調子の悪い自分に無理難題を押し付けるような真似はしないと思っていた隣太郎は、予想外の反応に面食らった。
「え、あれ、違うの? 男子って、女子の色っぽい写真見ると嬉しいものだって、ずっと思ってたんだけど……」
「いや、俺はちゃんと……あれ? 迷惑とか嫌だとかは、言った覚えはないな」
一方、相手の発言が予想外だったのは、伊摩も同じであった。
これまで彼女は、割と本気で自分と隣太郎はWin-Winの関係だと思っていた。
自分は隣太郎に見てもらえて気持ちよくなれるし、隣太郎は自分のちょっとエッチな写真が見られて嬉しい。そんな認識を持っていたのだ。
伊摩の誤算は隣太郎が予想以上に、女性に対して真面目だったことだろう。
自称ストーカーの分際で、何を言っているのかという話ではあるが。
「そ、そうでしょ? たしかにアンタ、『なんでああいう写真を送ってくるのか』って聞いてきたけど……って、あれがそうだったの?」
写真について隣太郎に拒絶されたことなどあっただろうかと伊摩が思い返すと、カフェで写真のことを追及してきた隣太郎の態度は、そういう意味に取れないこともないと気付いた。というか完全にそういう意味でしかなかったのだが、伊摩は相当自分に都合よく解釈していたのだ。
「で、でも嫌なら嫌で、着信拒否でもなんでもできたじゃないの。大人しく受け取る必要なんてなかったじゃない」
「いや、友達を拒否はできないだろ……それによく分からなかったけど、君にとっては重要なことだったみたいだし」
「隣太郎……」
伊摩はうっかり感動していた。
お互いにいい思いをしていると伊摩は思い込んでいたのに、実際は自分が隣太郎に負担をかけていただけだったのだ。それなのに黙って自分の写真を受け取ってくれた隣太郎に対して、こみ上げる想いを抑えることが出来ない。
実際は隣太郎も黙ってはいなかったし、そもそもエロ写真という碌でもない存在に関する話なのだが、恋愛テンションが急激に高まった伊摩にとっては、割とどうでもよかった。
東風原 伊摩という少女は、恋に対しては良くも悪くも一直線なのだ。
「ごめん。隣太郎がそんな風に思ってるなんて、考えてなかった。迷惑なのに黙って受け取ってくれて、ありがと」
「え? あ、ああ……」
「ん? どうかしたの、隣太郎?」
これまで一方的に押し付けてしまったことを詫びる伊摩だが、隣太郎の反応がおかしかったことに気付いて、彼の顔を見返す。
隣太郎の目が泳いでいるのを確認すると、伊摩の中でひとつの答えが出た。
「隣太郎。アンタ、あたしの写真は受け取ってるだけなのよね? じっくり眺めたり、変なことに使ったりはしてないのよね?」
「そ、それは……! すみません、見てます……俺も男なので」
散々格好つけた隣太郎だったが、伊摩の写真は全てバッチリ見ていたのだ。
だが隣太郎に言わせれば、たとえ女友達が被写体で罪悪感があろうと、あんな写真を送られて見ないのは男ではない。そもそも送っているのは、女友達本人だ。
時々見返したり、「今日はどんな写真が来るのかな」と内心でちょっとだけ楽しくなってしまっても、仕方がないだろう。後から自己嫌悪で、頭を抱えることになるが。
ちなみに「変なことに使ったか」については、プライバシー保護のため触れないでおく。
「へえー、そうなんだ? 隣太郎はあたしの写真、ちゃんと見てたんだ?」
ニンマリと、本当に目を三日月形にして、伊摩は笑う。
さっきまでは隣太郎に申し訳ないことをしたと反省していたのだが、彼も自分の写真を楽しんでいたと分かった途端に、どうしようもない昂りを覚えずにはいられなかった。
今度はさっきとは別の意味で、こみ上げる想いを抑えることが出来ない。
もはや恋愛テンションならぬ、変態テンションである。
狼狽える隣太郎を恍惚の目で見つめながら、伊摩は彼に声をかけた。
「隣太郎。元気になったら話したいことがあるから、ちょっと時間作ってもらうわよ」
「は? あ、ああ……分かった」
どんなことを言われるかと身構えていた隣太郎だが、とりあえずこの場ですぐというわけではないと分かり、ひとます胸を撫で下ろす。
伊摩から目を逸らしていたので、その表情を見ていなかったのは、果たして幸か不幸か。
「よろしい。それじゃ、あたしは帰るわね。お大事に、隣太郎」
「ああ、それじゃあな……」
まだ少し呆けたまま、隣太郎は伊摩を見送った。
もうほとんど元気になったはずだったが、学校に行くのが少しだけ恐ろしかった。
――それから一週間後。
学校の屋上にて、伊摩は隣太郎を待ちわびていた。
隣太郎は見舞いに行った翌日には学校に来ていたのだが、呼び出しが今日になったのは後で亜緒に「少しの間待ってあげる」と宣言したことを、伊摩が思い出したからだ。
格好付けてあんなことを言ったのに、いざ隣太郎と話したら気持ちが盛り上がって、すっかり忘れるところだった。
手に持っていたスマホをしまい、伊摩は深く息を吐く。
呼ぶべき相手は、すでに呼び出している。
後は自分の気持ちを、全力でぶつけるだけだ。
ちなみにこの屋上には「過去に何度も失恋の舞台になった」という碌でもない謂れがあるのだが、転入生である伊摩はそのことを知らなかった。
知っていたところで、「ジンクスなんて関係ない」と突っ走っていた可能性が高いだろうが。
「伊摩、待たせたな」
「来たわね、隣太郎」
扉を開けて屋上にやってきた隣太郎に、伊摩は強敵を迎え撃つような雰囲気で声をかけた。
恋は戦いという至言を思えば、彼が伊摩にとっての強敵という表現も、あながち間違ってはいないだろう。
秋になって少しだけ暮れの早くなった空の下で、二人の男女が向かい合う。
それは誰が見ても、恋の話を連想させるような光景だった。
「それで、話っていうのは?」
「せっかちね、隣太郎。あたしがアンタを呼び出した時点で、大体想像はついてるでしょ?」
「……まあ、そうだな」
挑むような視線を向けてくる伊摩に、隣太郎は苦笑しながら答える。
彼女の言う通り、わざわざ隣太郎を呼び出してする話というのは、想像に難くない。
そうでなければいいのにと、どんなに隣太郎が願っていたとしても。
「隣太郎。前にアンタに、亜緒だけじゃなくてあたしのことも見てって言ったわよね?」
隣太郎は緊張から、声に出さず頷く仕草だけで答える。
伊摩はその様子を見て、真剣な表情で言葉を続ける。
それは隣太郎が、出来れば聞きたくないと思っていた言葉だった。
「訂正するわ。亜緒よりも、誰よりも、あたしのことを見て――あたしだけを見て、隣太郎」
その言葉を聞いて、隣太郎は伊摩に申し訳ないと思いながらも苦い顔をした。
隣太郎は彼女の、彼女たちの気持ちに薄々気付きながら、それでもハッキリと拒絶しないでいた。
それは彼自身が亜緒に振られたことで、好きな相手に拒絶される気持ちを味わっていたからだ。
こんな気持ちを自分が他の人に味わわせるなんて、絶対にゴメンだ。そんな自己保身の気持ちが、隣太郎に彼女たちとの距離を取れなくさせていた。
「……伊摩のことは好きだ。だけど、それは友達に対する好意で、俺は最初からずっと――亜緒が好きなままなんだ」
目を逸らしたい気持ちを抑え込んで、隣太郎は伊摩を正面に見据えながら、自分の気持ちを口にした。
それを口にしてなお隣太郎は、伊摩の表情を窺うことが怖かった。
隣太郎が伊摩たちの好意を確かめられなかったのは、自身の経験から彼女たちを拒絶することになるのを嫌がったというのもあるが、それ以上に彼女たちに少なくとも友人としての好意を持ってしまったのが、最大の理由だった。
つまるところ隣太郎は、伊摩たちが自分から離れていくのが嫌だったのだ。
あまりに身勝手な自分の心に、隣太郎は反吐が出そうな思いだった。
「まあ、そうよね……アンタなら、そう言うと思ったわ」
「伊摩……?」
自己嫌悪に陥りかけた隣太郎だったが、予想外に軽い口調の伊摩に驚く。
伊摩はどこか清々しい笑顔で隣太郎を見つめながら言った。
「なに辛気臭い顔してんのよ。振られたのはアンタじゃなくて、あたしの方でしょ?」
「いや、だって……俺は伊摩も、皆のことも……」
「アンタがあたしたちのこと、友達としては大事に想ってくれてるなんて、前から知ってるわよ。言ったでしょ? 『みんな大好き隣太郎』って」
そんな言葉で許されていいとは思えない隣太郎だったが、それでもそんな言葉で許してくれる伊摩が、本当に好きだと思った。
本当に――彼女が一番好きだと言えない自分が、嫌になるくらいに。
「さて、これであたしの話は終わりよ。先に帰っていいわよ、隣太郎」
「伊摩……」
「何よ、まだあたしと話したいの? 残念だけど、アンタにここにいられると困るのよ。分かるでしょ?」
何か言わなければと思うが、そう思えば思うほどに隣太郎は上手く口が動かなかった。
そんな隣太郎に伊摩は「さっさと帰れ」と、この場から立ち去るように告げる。
誰よりも格好つけたい伊摩だからこそ、この後の姿は隣太郎には見られたくなかった。
伊摩の言葉に込められた思いを理解した隣太郎は、名残惜しそうにしながらも彼女に背を向けて、屋上の扉に手をかけた。
「じゃあ、伊摩。また明日」
「ええ、また明日会いましょう。隣太郎」
「……ああ」
最後に一声だけかけた隣太郎は、伊摩が「また明日」と答えてくれたことに安堵して、今度こそ屋上から去っていった。
後に残された伊摩は隣太郎が消えた扉を見つめながら、誰にともなく呟いた。
「ああ、ダメだったか。まあ、分かってたことだけどね――亜緒」
誰も聞いていなかったはずの伊摩の言葉に、声が返る。
「伊摩先輩……」
そこにはいなかったはずの亜緒が、伊摩の傍に立っていた。
しかし伊摩には驚いた様子は見られない。
亜緒をここに呼び出したのは伊摩なのだから、それも当然だろう。
「なんでアンタの方が泣きそうな顔してるのよ、亜緒」
「だって……」
苦笑する伊摩に言われて、亜緒は自分が泣きそうになっていることを自覚した。
「分かってたことじゃない。隣太郎がアンタのことを好きだなんて」
笑顔のまま伊摩は言う。
その言葉が単なる強がりであることは、誰よりも伊摩自身がよく分かっていた。
隣太郎が亜緒を好きだなんて、最初から分かっていた。分かっていたのなら、隣太郎と付き合おうなんて思わなければよかったのだ。
それなのに伊摩は、隣太郎に近付きたいと思ってしまった。
近付き過ぎれば、いつか確実に傷つくと知りながら。
何故なら伊摩は、隣太郎の気持ちが分かっていても、それでも――。
「それでも――あたしはアイツが好きだった。アイツに、あたしだけを見てほしかったのよ……!」
叫びながら、伊摩は自らの手で顔を覆った。
こんな顔は隣太郎もだが、亜緒にだって見せたくない。
亜緒に対しては、誰よりも頼れる先輩でいたかった。
それでも、どんなに心を強く持ったとしても、失恋の痛みはあまりに鋭い。
誰よりも強がりたい相手を前にしてなお、伊摩は弱った感情が叫ぶのを抑えられなかった。
「亜緒。あたし、アンタに言ったわよね? アンタの背中を押したのは、横から掠め取るような真似はプライドが許さないからだって」
決して見せたくなかったはずの顔を上げて、伊摩は亜緒を見つめた。
その視線に怖気づきそうになるが、亜緒はどうにか堪えて見つめ返す。
「あんなの、ただの強がりなのよ。本当は勝ち目なんてないって分かってた。だけど、あたしは惨めに負けたくなかったの。何もしてないのに、ただ隣太郎に好かれただけのヤツなんかに負けるのだけは、絶対に嫌だったの」
伊摩の悲痛な叫びを聞きながら、亜緒は「そんなことない」と叫び返したかった。
たしかに隣太郎から先に好かれたのは亜緒だったが、伊摩や瀬里たちだって一緒にいるうちに、隣太郎から好意を向けられるようになっていた。
決定的な何かがあれば、亜緒だって負けていたかもしれない。
伊摩が思うほどに、亜緒の立場は盤石ではなかったのだ。
それを理解しながら、亜緒は口に出しはしなかった。
言ったところで、伊摩が失恋したという事実は変わらない。
亜緒の立場でそれを言えば、単なる嫌味にしかならないだろう。
「伊摩先輩は、どうして私をここに呼んだんですか?」
亜緒は伊摩を励ますのではなく、敢えて質問を投げかけた。
その方が伊摩にとっては救いになると思ったからだ。
亜緒の気遣いを感じ取った伊摩は、涙を拭いながら答える。
「別に、大した意味なんてないわよ。亜緒が陰で聞いてようが、隣太郎の答えは変わらないんだから。ただ、あたしが告白成功するところを見せ付けたかったんじゃない?」
他人事のような口振りで言う伊摩だが、亜緒はそれが彼女の本心ではないと理解していた。
もしかしたら告白が成功するかもしれないという期待はあっただろうが、それでも伊摩は自分の告白が上手く行かない可能性の方が高いと考えていたはずだ。
それでも伊摩が告白をしたのは、隣太郎への恋心が止まらなかったから。
そして亜緒にそれを見せたのは、最後にもう一度背中を押すためだろう。
それを理解できたから、亜緒は伊摩を慰めなかった。
慰め以上に、伊摩が求めているであろう言葉を伝える。
「伊摩先輩。私は先輩の恋を、絶対に惨めなものになんてしません。今度は私がトナリ先輩に、私を好きになってもらうんです」
亜緒はずっと怖がっていた。
隣太郎に本当の自分を見せたら、彼が自分を好きになってくれた気持ちが、失望で薄れてしまうのではないかと。
けれど、それでも亜緒は止まれない。自分が立ち止まれば、伊摩の恋がそれこそ惨めなものになってしまう。
亜緒は決して伊摩の恋をそんな風には思わないが、伊摩自身がそう感じてしまうだろう。
だから亜緒は、隣太郎と向き合う決意をしたのだ。
他の女性陣と比べたら何の取り得もない、本当の自分を好きになってもらうために。
そんな決意に満ちた亜緒を見て、伊摩はいつも通りの笑みを浮かべる。
「そう……そうね、よく言ったわ。それでこそ、あたしの後輩よ」
それは亜緒が憧れた、とても気高い笑みだった。
その笑みに恥じないよう、亜緒は伊摩に向けて力強く頷く。
「まあ、アンタなら大丈夫よ。とりあえず隣太郎と付き合っても、友達止めたりしないから安心しなさい」
「伊摩先輩……じゃあ、トナリ先輩に写真を送り付けるのも、止めるんですよね?」
「は? それとこれとは話が別でしょ。嫌よ、送るわ」
この機に乗じて伊摩を説得しようとした亜緒だったが、予想以上にキッパリと犯行継続を断言されてしまった。
「えぇー……」
どうにも締まらない展開に、亜緒は脱力した。
こうして伊摩の恋は決着を迎えたが――彼女の犯行は、まだ続くようだ。




