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04.雨葦さんは甘いものがお好き

「そ、それで……お昼のお誘いでしたっけ?」


 ストーカーの真っ直ぐな言動に絆されそうだった亜緒だが、どうにか正気を取り戻して最初の話題に帰還成功した。


「ああ、そうだった。君に愛を伝えるのに夢中で忘れてた」

「ちょ、やめて下さいよ。そういうの」


 先ほどの浮ついた空気を引きずっているのか、愛という言葉に敏感に反応してしまう亜緒。

 このまま攻めたら行けるのではないかと隣太郎は思ったが、逆にしつこく攻め過ぎると爆発して修復不能になる可能性がある。

 何事も程々が肝要だろうと、本題である昼食の誘いに戻ることにした。


「すまん、少し悪ふざけが過ぎた。それで、ご一緒してくれるかな? 雨葦さん」

「……確認したいんですけど。私が断ったら、先輩はどうするつもりですか?」

「仕方がないから、君を遠くから見守ることにする」

「それ実質、私に選択肢ないじゃないですか……」


 あまりに理不尽な言い様に、諦観の様相を見せる亜緒。

 実のところ別に選択肢がないわけではなく、教師に訴えるなど目の前の加害者を処す方法はいくらでもあるのだが、流され少女の亜緒には思い付かないらしい。


 こうして被疑者・隣太郎は、まんまと意中の相手と昼食を共にする許可を得たのだった。

 鮮やかな犯行の手口である。




「とりあえず、ここで食べましょうか」


 ストーカーに言いくるめられた亜緒が案内したのは、彼女のホームである図書室の横に設けられた一室だった。

 普通の教室と同程度か少し狭いくらいの面積で、室内には大量の書籍が収められた本棚が並べられている。

 窓際には低めのテーブルとソファが備えられているので、おそらくここで昼食をとるのだろうと隣太郎は想像した。


「ここは?」

「第二書庫です。図書室に収まりきらない本で、生徒の需要は少ないけど貴重な本なんかが保管されてます」

「第二というのは? 第一もあるのか?」

「図書室が第一書庫ってことになってるみたいですね」


 隣太郎の質問に、亜緒が淀みなく答える。

 その口振りからは、この部屋を利用することに慣れているという雰囲気が感じられた。

 少なくとも禁止されたものを使用することに対する、気後れや罪悪感のようなものは見受けられない。


「雨葦さんは、よくここで弁当を食べたりしてるのか?」

「そうですね。いつもじゃないですけど、一人で静かに過ごしたい時はここに来ますよ。ここは図書委員なら出入りが許可されているので」


 実際のところは、図書室にない本を探すために入室できるというのが正式なルールなのだが、多少の私的な利用は見逃されている。

 特に亜緒は自身が本好きであるために、図書室の当番を他の委員よりも多く受け持っているので、顧問の教師からの覚えが良く悪いことには使わないだろうと信頼されているのだ。


「なるほど。そんな君の城にお招きいただけるとは、光栄だな」

「私が進んで招待したみたいな言い方しないで下さい。先輩に遠くから見守られるのが嫌だっただけです」


 理由はどうあれ、わざわざこの部屋に案内したのは亜緒本人なのだが、彼女にとっては苦渋の策だったらしい。

 流石に教室や人目に付く場所で隣太郎と同席するのは躊躇われたので、人気のないこの教室を選んだのだ。

 上級生の男性と二人きりで食事をしている姿を見られたら、友人やクラスメイトからあらぬ誤解を受けかねない。

 誤解を解くために事情を説明しようにも、自分が振った先輩がストーキングしているだけ、などと言って理解してもらえるはずがないだろう。

 正確にはそんなことを周囲に話したら隣太郎の行動が問題にされ、亜緒がストーキングから解放されるだけなのだが、彼女はそんなことは思い付かず自ら加害者の相手をしていた。

 典型的な、追い込まれたストーカー被害者の思考である。


「まあ、だいぶ時間も過ぎてしまいましたし、そろそろ食べましょうか」


 自分がドツボに嵌まっていることに気付かない亜緒は、とりあえず本来の目的である昼食を済ませようと隣太郎に提案する。

 隣太郎にとっても、彼女と昼食を共にできるのは願ってもないことなので、特に異論はない。


「そうだな。君の弁当を見るのも楽しみだ」

「……ストーカーにあげるお弁当はありませんからね?」

「残念」


 呆れた声を出す亜緒と、肩を竦めて残念がる隣太郎。

 被害者と加害者による、何故か妙に和やかなランチタイムが始まった。


「雨葦さん、料理上手いんだな。盛り付けも綺麗だ」

「先輩も、何ていうか意外にしっかりしたお弁当ですね」


 二人して互いの弁当を褒め合う。

 普段から料理を嗜んでいる亜緒の弁当は、小食なので品数は少ないが彩を考えられ、見た目にも美味しそうな出来栄えになっている。

 対する隣太郎の弁当は、亜緒のものよりはシンプルだが男子高校生の作ったものとしては、上等な部類だろう。

 肉一辺倒でもないし、最低限のバランスと彩は考えられている。


「普段から料理されるんですか?」

「そうでもないが、まあこのくらいはレシピ通り作れば何とかなる」

「それができない人も結構いるんですけどね」


 言いながら亜緒は、自分の妹のことを思い浮かべた。

 妹は二つ年下の中学二年生だが、碌に卵も焼けない料理下手なのだ。

 自分や母親がついて教えても、どこかで手順を間違えたり、入れなくてもいいものを入れて失敗したりする。

 まさか亜緒の妹も、自分が料理下手なせいで姉がストーカーに対して好意的な印象を持ってしまうとは、思ってもみなかっただろう。


「ところで、そちらの包みは何ですか?」


 二人とも弁当を完食する頃になって、隣太郎の持っていた荷物が弁当箱以外にもあったことに気付いた亜緒が、そう尋ねた。


「ああ、これはデザートだ。君にも食べてもらいたい」

「私に? いいんですか?」

「そのために用意したものだからな。甘いものは好きだろ?」

「そ、そうですね」


 隣太郎の言葉に、亜緒が隠し切れない喜色をあらわにする。

 普通ならストーカーから贈られた飲食物など危険極まりないのだが、スイーツ大好き亜緒ちゃんの脳内は既に糖分に汚染されており、「どんなスイーツなんだろう」としか考えられなくなっていた。


 そんな亜緒の様子を見て心中でほくそ笑みながら、隣太郎は持っていた包み、厳密にはラッピングされていたものをテーブルの上に広げた。


「あ、ドーナツですか!」

「好きなだけ食べてくれ」

「はい! いただきます!」


 小さめだが一杯に詰められたドーナツを見て、亜緒は満面の笑顔になる。

 隣太郎に促されると、特に疑いもなく幸せそうな顔でドーナツを食べ始めた。

 目の前にストーカーがいるとは思えないほどの隙の大きさである。

 そんな彼女を見て、隣太郎も嬉しそうに微笑んでいた。


「どうだ、美味いか? 雨葦さん」

「はい! とっても!」


 いつになく上機嫌な亜緒は、精神年齢が小学生レベルになったような姿を晒す。

 後から思い出して後悔すること間違いなしだが、今の亜緒にはドーナツが甘くて美味しいこと以外はどうでもよかった。

 実はカロリーもちょっとヤバいが、そんなことを気にしている場合ではない。

 亜緒にとって、今は目の前にある山盛りのドーナツが全てなのだ。


「そんなに喜んでもらえると、作ってきた甲斐があるな」

「へー、これ先輩がつく……え?」


 夢中でドーナツを頬張る亜緒だったが、隣太郎の発言に動きを止めた。

 言われてよく見てみると、市販のドーナツよりも形がやや歪に見える。

 つまりこれは、自分のストーカーのお手製スイーツだったのだ。


「どうした? 雨葦さん。……ああ、大丈夫だ。変なものは入ってないぞ」


 急に動揺した様子を見せ始めた亜緒を見て、心中を察した隣太郎が安心するよう言い聞かせる。

 実際にこのドーナツには何も入っていない。

 単純に甘いものが好きな亜緒が喜ぶだろうと思い、作ってきたのだ。


「君のために作ったんだから、出来れば食べてほしい」

「あ、そ、そうですね」


 正直、亜緒も何かの混入を疑っているわけではなかった。

 さっきから結構な量を食べているが特に何ともないし、薬を盛るにしてもこんなに大量のドーナツを用意する必要はないだろう。

 おそらく隣太郎は、純粋に自分に好物を食べさせたかったのだろうと、亜緒は理解していた。

 ちなみにカロリーは何ともなくないが、そこは無視することにした。


「いえ、でもよく考えたら、私って先輩の告白をお断りしたじゃないですか。なのにこうして物を贈られて、素直に受け取るのもどうかと……」


 亜緒が気にしたのは、その点だった。

 買ってきたお菓子ならともかく、自分のために手作りしてくれたとなると、隣太郎を受け入れられない自分に貰う資格があるとは思えない。


 本来なら振られた相手のために料理を作ってくること自体がアレなのだが、糖分に思考を支配された亜緒は、ぶっちゃけ少し思考能力が低下していた。

 そんなスイーツ脳の亜緒ちゃんに向けて、隣太郎は頭を振る。


「別にこれを食べたからといって、俺と付き合ってくれなんて言わない。まあ、君さえよければ付き合ってくれたら嬉しいけどな」

「あ、いえ……ごめんなさい」

「だから気にしなくていいって。甘いものは美味しい。それでいいじゃないか」

「甘いものは、美味しい……」


 隣太郎から告げられた言葉に、何故か感動の面持ちになる亜緒。

 何一つ深いことは言われていないのだが、完全に砂糖がキマっていた。


「そう、ですね。甘いものは、美味しい! 私、いただきます!」


 悩みが晴れたような顔で、再びドーナツを頬張り始める亜緒。

 自分がストーカーに餌付けされたと気付くのは、ほんの数分後のことだった。

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