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39.喜久川さんはお友達

 十和に引き続き、瀬里にも狂気の告白をされてしまった亜緒は、残る翠との話し合いに及び腰になっていた。

 瀬里に相談を持ちかけた時点では、まだ勘違いや間違った情報という可能性もあったのだが、その瀬里が自分だけでなく翠たちの情報まで、盛大にお漏らししてしまったのだ。


 とはいえ、翠と話をしないという選択肢は、亜緒にはない。

 瀬里の情報だと、どうやら「盗撮」か「卑猥な写真の送り付け」のどちらかを隣太郎にしているようだが、それでも亜緒と同じ隣太郎のことを好きな女子であり、亜緒にとっては付き合いは短いが大事な友人でもあるのだ。


 ちなみに翠のカメラ趣味から、亜緒は彼女が盗撮をしているのだろうと推測していた。

 つまり卑猥な写真の送り付けは、伊摩の担当ということになるのだが……。


「ねえ、翠。翠ってトナリ先輩に、どんなことしてるの?」


 昼休みの中庭で、亜緒は翠に直球で問いかけた。

 瀬里や十和と同様に話をしようと、二人きりで昼食に誘ったのだが、もう何かやらかしているのは確定と言っても過言ではなかったので、変に誤魔化さず聞いてしまおうと、亜緒は考えたのだ。

 度重なる先輩たちからのトンデモ告白で、亜緒のメンタルはかなり逞しくなっていた。


 対する翠は、唐突な亜緒の問いかけに目を丸くしたものの、すぐに笑顔になって口を開いた。


「盗撮!」


 あまりに堂々とした宣言に、もはや亜緒は笑うしかなかった。


「そっか」


 しみじみとした笑顔で、亜緒は言葉を溢す。


「そっか、盗撮かあ……」


 呟きながら、亜緒は遠い目で秋に差し掛かってきた空を見上げた。

 今日も空は綺麗だった。




 その日の放課後。亜緒は翠に連れられて、彼女の自宅に来ていた。

 じっくりと二人で話しつつ、盗撮の魅力についても語りたいという、翠の意向によるものである。

 亜緒としては、このまま彼女たちの犯罪行為については目を逸らして、明日から素知らぬ顔で友人付き合いを再開したかったのだが、そうはいかないらしい。


「ほら、亜緒。ここが私の部屋だよ!」

「へえ。結構、綺麗にしてるんだね」


 亜緒の言葉通り、翠の自室は割と綺麗に整頓されていた。

 翠の性格上、それなりに散らかっていると予想していた亜緒は、友人の意外な一面を知った気分だった。


「まー、そんなに長く暮らしてるわけじゃないしね、この部屋」

「あ、そっか」


 翠の言葉で、彼女が引っ越してきてそれほど長くないことを思い出し、亜緒は目の前の光景に納得した。

 いつの間にか、翠と長いこと友人をやっているように亜緒は錯覚していた。


「なんか翠が引っ越してきたばかりだって、すっかり忘れてた」

「あー、分かるかも。伊摩さんたちもそうだけど、みんなと会ってまだ一月くらいって気がしないや」

「だよね。あっ、これって翠とトナリ先輩の、子供の頃の写真?」


 話しながら部屋の中を眺めていると、亜緒は壁のコルクボードに貼ってある写真に気付いた。

 大半が二人の子供を撮った写真で、亜緒はどちらの子供にも見覚えはないものの、見知った人物の面影を感じた。


「そうだよ! 引っ越し先でも、その写真をずっと眺めてるうちに、自分でも写真を撮るようになったんだ。リン兄にまた会えたら、最高の写真を撮りたいと思って!」


 写真を眺めながら、懐かしそうに話す翠の横顔を見て、亜緒はどこか切ない気持ちになった。

 伊摩から聞いていたのもあるが、さっきの言動から翠も隣太郎のことが好きなのは明確である。

 きっと翠は、引っ越す前から年上の幼馴染のことが大好きだったのだろう。

 しかし戻ってきてみれば、隣太郎は翠ではなく亜緒に告白をしていて、しかも何故か他の女子にまで囲まれていたのだ。

 それを知った時の翠の気持ちを考えると、どうにも気が重くなる亜緒だった。


 そんな亜緒のブルーな気分に反して、翠は楽しげに笑いながら、コルクボードを掴んだ。


「そして、これが練習の成果! 鍛えた撮影技術で撮った、最新のリン兄の写真でーす!」


 意気揚々と声を上げながら、翠がコルクボードを裏返す。

 紐で壁から吊るしてあるタイプなので、あっさりとボードは裏返ったが、そこに貼られている写真を見た亜緒は、あっさりと受け流すことはできなかった。


「私のオススメは、この筋トレ中に調子に乗って、上半身裸になった写真かな。この後、裸だと汗があちこち付くのに気付いて、シャツ着直したんだよね。リン兄のセクシーな裸と、ちょっと抜けた可愛いところが同時に楽しめる一枚だよ!」

「待って。翠、待って」


 当たり前のように半裸の隣太郎が写った写真を指差す翠に、亜緒は思わず声をかけた。

 いきなりアクセル全開過ぎて、全く付いていけない。


 翠は制止の声にきょとんとした後、納得したように頷いて言葉を続けた。


「あー、ガチの裸とかの写真は、流石に親に見られたりしたらヤバいから、飾ってないよ。亜緒が見たら、気絶しちゃうかもしれないし」

「気絶するくらいの写真って、一体なに!?」


 突っ込みを入れながらも思わず写真を想像してしまい、亜緒は顔を赤らめる。

 正直、盗聴やストーキングよりかは、魅力的なものを感じないでもない。


「あれ、もしかして亜緒、見たいの? リン兄の裸の写真」

「み、みみみ見たくないよ!? トナリ先輩の、は、裸なんて、全然!」

「やー、分かりやすいなー」


 あからさまに動揺する亜緒の様子を見て、翠はニヤニヤと笑う。

 とはいえ、好きな相手のあられもない姿を見たいという気持ちは大いにわかるので、必要以上に亜緒を貶すような真似はしない。

 そもそも、そんな写真を撮ったのは翠なので、貶す権利すらなかった。


「ねえ、翠ってトナリ先輩と一緒に写真を撮りたくて、カメラを始めたんだよね?」

「うん、そうだよ?」

「その割には、トナリ先輩しか撮ってないんじゃないの?」

「やー、だって始めてみたら、盗撮って楽しくて」


 照れくさそうに笑う翠に、亜緒は思わず声を荒げる。


「ねえ、おかしくないかな。皆、先輩だったからハッキリ言えなかったけど、やっぱりちょっとおかしくないかな!?」


 ずっと言いたかったのだが、十和も瀬里も先輩なので、なかなか言い出せなかった。

 同級生の翠を前にして、ようやく本気で突っ込みを入れられた亜緒だった。


 そんな亜緒の突っ込みをどう受け止めたのか、翠はそれまでと違う笑顔を見せる。

 それはどこか寂しげな、翠に似つかわしくない笑顔だった。


「だって、しょうがないじゃん。せっかく帰ってきたのに、リン兄は私じゃない子に告白してるしさ。昔の気持ちのまま、リン兄と一緒に撮るなんて無理だよ」

「え? あ、その……」


 思わぬタイミングで語られた翠の本心に、亜緒は上手く言葉を返せなかった。

 別に亜緒が望んだことではなかったとはいえ、隣太郎が告白した相手は他ならぬ自分なのだ。

 翠が覚えたであろう失恋の痛みについて、さっき想像したばかりだというのに、盗撮写真のインパクトが強すぎて亜緒はすっかりそのことを忘れていた。


「あの、翠。その、私……」


 彼女になんと声をかければいいのか、亜緒には分からなかった。

 おそらく翠は、隣太郎に告白されたのが亜緒だと知っているのだろう。目の前にいる彼女からは、そういう雰囲気を感じる。

 そうであるなら、自分は彼女に一体どう思われているのだろうか。亜緒はどうしても悪い方向にしか想像ができず、それを確かめることがとても怖かった。


「なんて。亜緒が悪くないってことは、ちゃんと分かってるよ」

「え?」


 しかし翠は怒りを見せることなく、おどけたように笑った。

 緊迫していた空気が緩んで、思わず亜緒はへたり込みそうになる。


「好きになられたのが悪いなんて、言うわけないじゃん。まー、『悔しい!』とか『なんで私じゃないの!?』とか、そういう気持ちはあるけどさ。それで亜緒に当たったりしないよ」

「翠……」


 あくまで友人としての態度を崩さない翠に、亜緒は言葉に表し難い感情を覚えた。

 隣太郎の近くにいる人たちは、本当に素敵な人ばかりだと思うと同時に、自分が本当にそんな人たちの一員になれるのかというコンプレックスも再燃する。


 それでも亜緒は以前と違い、その感情に押し潰されそうになることはなかった。

 そんな素敵な人たちの中で、隣太郎は自分を好きになってくれたのだ。

 こうして他の女子たちと話し、彼女たちの魅力を再確認したことで、亜緒の心は却って前を向けるようになっていた。


 ちなみに高まった恋愛テンションにより翠たちの凶状は、亜緒の中で完全に意識の外となっていた。

 亜緒がチョロいのは、何も隣太郎に対してだけではないのだ。


「翠、私もね、トナリ先輩が大好きなの……前はちゃんと先輩に答えられなかったけど、今度は私の方から好きって言いたいの……!」


 ここに来て亜緒は、ようやく隣太郎に気持ちを伝えたいと強く思い始めた。

 おそらく相手が十和でも瀬里でも、ましてや伊摩であっても、亜緒がこの決意をするには足りなかっただろう。

 同い年の翠だからこそ、彼女と対等に向き合いたいと思ったからこそ、亜緒は前に進むことを決めることができたのだ。


「いいじゃん。頑張んなよ、亜緒。応援はできないけど、邪魔したりはしないよ」


 力強く自分を見つめる亜緒を前にして、翠は笑った。

 最初は隣太郎の周囲にいる女子の中でも、亜緒は地味な子だと翠は思っていた。

 あんな美人が揃っているのに、可愛い方ではあるが目立つ美人ではない亜緒に恋した隣太郎が、翠には理解できていなかった。

 しかし、今ならその時の自分の考えが間違いであると、翠には分かる。

 亜緒は決して、伊摩たちに見劣りするような存在ではないのだ。


「うん、頑張る。でもね、翠……」

「勝っても負けても、私たちは友達だからね」

「!……うん!」


 自分が言おうとしていた言葉の都合の良さに、しり込みしてしまった亜緒だったが、翠も同じ気持ちであると分かって、力強く頷く。



 ――動き出した何かが、確かな速さで今進み始める。







「ところで、翠。さっきから気になってたんだけど」

「ん? 何?」

「トナリ先輩の写真で、ちょくちょく部屋で頭を抱えてるのがあるんだけど、これって何なの?」


 ひとしきりテンションを上げたことで、二人はそこそこ冷静になっていた。

 そして落ち着きを取り戻した亜緒は、翠が盗撮した隣太郎の写真の中に、様子がおかしいものが何枚も含まれていることに気付いた。というか、気付いてしまった。


「ああ、それ? 伊摩さんから写真が送られてきた時は、リン兄はいつもそんな感じになるよ」

「伊摩先輩から……? って、ああっ!」


 何の気なしに言う翠に一瞬呆けた亜緒だったが、すぐに重大過ぎる事実を思い出して、悲痛な叫び声を上げた。

 そして目の前にいる翠を忘れたかのように、大仰に頭を抱える

 写真の中の隣太郎と現実の亜緒が、完全にリンクした瞬間だった。


「わ、忘れてたぁー!」


 告白の決意だけで満足していた自分に、亜緒は呆れ返る。

 隣太郎に不埒な真似を働く女子は、まだもう一人いたのだ。



 亜緒の恋路に、いろんな意味で最大の強敵が立ちはだかる――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり、先輩と同級生では違うものですよね。 亜緒ちゃんも更に前に進めた模様。 伊摩ちゃんの攻勢は有効打にはなっているものの、本命の覚醒には及ばなそうです。 しかし、皆清々しいですね(笑) …
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