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03.追っかけくんは一緒にお昼ご飯を食べたい

 午前中最後の授業が終わった直後、隣太郎は前の休憩時間に宣言した通り、亜緒の元へと向かおうとしていた。


「おい、トナリ。やっぱ行くのか? 例の後輩のとこ」

「ああ、行ってくる。できれば昼食を共にしたいところだが、断られたら潔く離れたところから見守ることにする」

「潔いのか? それ」


 真顔で犯行予告をする隣太郎に、霜馬は呆れた顔で返した。

 そんな彼に大して取り合わず、隣太郎は持参した弁当を携えてさっさと教室を出て行ってしまった。

 ちなみに隣太郎は弁当派ではなく学食派だったが、弁当の方が亜緒と昼を過ごすのに都合がいいので、今日から早起きして自分で作るようになった。

 謎のバイタリティである。


「昔から『追っかけくん』なんて言われてたけど、マジになったな……」


 颯爽とストーキング対象のところへ向かった隣太郎の姿を思い出しながら、霜馬は諦観の溜息を吐いた。

 追っかけくんというのは「笈掛」という隣太郎の名字を揶揄したあだ名、というより蔑称に近い呼び方である。

 中学時代はやんちゃしている男子からそう呼んで馬鹿にされていたもので、そんな相手に対して「お前も追いかけてやろうか」と隣太郎が走って迫り「ちょ、足はや!?」となったりするのが定番だった。

 というか、その追いかけられた相手というのが霜馬だった。


「米峰くん! ト、トナリくんは!?」


 霜馬が中学時代の輝かしい(?)思い出に浸っていると、焦った様子で瀬里がやってきた。

 どうやら隣太郎に用があったようだが、完全に出遅れている。


「もう出てったぞ。例の後輩ちゃんのとこ行くってよ」

「あああぁ、間に合わなかった……」


 自分が隣太郎の犯行を止めてあげられなかったと知り、項垂れる瀬里。


「大丈夫だって、梔。あのトナリだぜ? そんな無茶なことするわけないって」

「そ、そうだよね? トナリくん、何だかんだで真面目だし!」


 あまりにガックリしていたので気の毒になった霜馬が励ますと、瀬里はかつての真面目だった隣太郎の様子を思い出して安堵した。

 変わった面はあるが、悪事を働くような人間ではないと信頼しているようだ。

 友情に溢れていて実に素晴らしいが、隣太郎が亜緒に同席を断られたらウォッチングに切り替えようとしていることは言わない方がいいだろうと、霜馬は固く口を結んだ。




 そんなやり取りが友人たちの間で行われているとは露知らず、隣太郎は愛しの亜緒に会うため一年生の教室へと向かっていた。

 その足取りは軽く、表情も微かに緩んでいて、機嫌のよさが傍目にも分かる。

 まさに恋い焦がれた女性の元へと向かう、男の姿そのものである。

 その女性とは恋人関係ではなく、ストーキング対象であるという重大過ぎる問題があるのだが、残念ながらそれを指摘できる友人たちは教室で会議中だった。


「うおっ、と……!」

「きゃっ……!」


 今日のランチストーキングに思いを馳せながら廊下を歩いていた隣太郎だったが、浮かれて注意力が散漫になっていたのだろう、曲がり角で女子生徒とぶつかりそうになってしまった。

 何とか衝突する前に相手の体を手で受け止められたが、男の手で肩を掴まれたのが嫌だったのか相手の女子に鋭く睨み付けられる。


「ちょっとアンタ! 気を付けてよね?」

「すまん、ちょっと考え事をしてた。大丈夫か?」


 曲がり角での事故なのでお互い様だろうとは思うが、変に揉めると時間が勿体ないし、まあ相手は女子だからここは引いておこうということで、隣太郎は素直に謝罪する。


「別に怪我とかはないけど……って、いいから早く放してよ!」

「おお、すまんすまん」


 またも怒鳴られてしまったので、素直に手を放す隣太郎。

 距離を取って改めて女子生徒の姿を見ると、かなりの美人であると分かった。

 明るめに染められた髪は緩くパーマをかけられて背中に流れ、女子にしてはそこそこ高い身長に、出るところは出た抜群のスタイル。

 顔立ちも少々キツめだが文句なしに美人で、芸能人としてチラっとテレビに映っても特に違和感は持たないだろう。

 惜しむらくは自分を見る目があまりに鋭いことだが、人によってはこういう目で見られても喜ぶだろうと隣太郎は思った。


 まあ、どんなに美人だろうが亜緒一筋である今の隣太郎にとって、特に興味を持つ要素はないのだが。


「怪我がなくて良かった。ぶつかって悪かったな。それじゃ」

「は? あ、ちょっと!」


 まだ何かを言いたげな女子生徒だったが、これ以上文句を言われても困るので隣太郎は早々に立ち去ることにした。

 早く教室へ行かなければ、亜緒がどこかに移動してしまうかもしれない。


「あたしにぶつかって、その程度の反応って何なの?」


 残された女子生徒が眉を顰めて呟いたが、当然ながら既に歩き去っていた隣太郎には聞こえていなかった。




 女子生徒に別れを告げた後、隣太郎は無事に亜緒の所属するクラスまで来ていた。

 教室の入口前を通過する振りをしながら中を覗くと、亜緒はまだ自分の席についていて、食事を開始していないようだった。

 自分が間に合ったことに安堵した隣太郎は、続いてスマホを取り出して亜緒にメッセージを送る。

 そのまましばらく待っていると、教室の中から一人の少女が出てきた。

 当然、隣太郎の想い人にしてストーカー被害者である亜緒だ。


「本当に来てる……」

「何だ、俺が嘘をつくと思ったのか? 安心しろ。俺はストーキングはするが、君に嘘はつかない」

「ストーキングの方が嫌なんですけど……」


 昨日に引き続き犯行予告を受けてしまい、亜緒はげんなりした様子で呟いた。

 今さっき目の前の犯罪者から「君のクラスの前にいる」と都市伝説のような連絡を受け、慌てて教室を出てきたらこれである。

 いると言ったので本当にいるだろうとは思っていたが、実際に目の当たりにすると自分が狙われているということを実感してしまい、気が遠くなるようだった。


「で、何のご用ですか? 先輩」

「もちろんランチの誘いだ。今日は俺も弁当を作ってきたぞ」

「俺()ってことは、私がお弁当だって把握してるんですね……」


 言外に「お前のことは知っているぞ」と言われた気分になり、亜緒は嘆息した。

 この先輩は自分のことをどこまで調べているのかと空恐ろしくなったが、そんな亜緒を隣太郎は少し呆れた様子で見ていた。


「何を言ってるんだ。前に君が自分で言っただろう」

「え? そ、そうでしたっけ?」


 隣太郎から指摘を受けて狼狽えた亜緒だが、思い返してみても目の前のストーカー先輩に自分の昼食事情を教えた覚えがない。

 告白されるまでに二人で会話をする機会は何度もあったが、基本的に本の話しかしていなかったはずだ。

 やはりストーキングで調べ上げたのではないかと、亜緒は疑いを強めていた。


「ああ、確か六月七日だったかな……うん、やっぱりそうだ。その時、話していた本の主人公が弁当を作っていたという話題から、君も毎日弁当を自作していると言ったはずだ」

「待って下さい。その胸ポケットから取り出した手帳は何なんですか?」


 話しながら手帳を確認し始めた隣太郎に、亜緒が思わず声をかけた。

 その内容は大体想像が付くものの、確認せずにはいられなかった。

 それはほんの一時間ほど前に霜馬と瀬里を震撼させた恐怖の手帳なのだが、当然ながら亜緒はそんなことを知らない。


「これは君との会話で得た情報を、記録したものだが?」

「だから何?みたいな顔しないで下さい! 何でそんなものがあるんですか!?」

「俺が書いたからに決まっているだろう」

「ええ……」


 相変わらず堂々と恐ろしいことを言う隣太郎に、亜緒はドン引きした。

 昨日から引きに引きまくって、もはや崖っぷちである。

 さらに亜緒は、その恐怖の手帳について驚愕の事実に気付いてしまった。


「あの、先輩。おかしくないですか? 先輩が私の、その、ストーキングを始めたのは今日からなのに、どうして先月の会話が記録されてるんですか?」


 そう、今から約一か月前の会話から得た情報が記録されているというのは、どう考えても辻褄が合わない。

 昨日からストーキングを開始した隣太郎が、それを記録できるはずがないのだ。

 そんな疑問を零した亜緒に対して、隣太郎はクールに微笑んで口を開いた。


「そんなの当時から記録を取っていたに決まっている」

「決まってませんよ!? 元からストーカーじゃないですか!?」

「そんなことはないだろう。好きな相手が、自分のことを話してくれたんだ。しっかり覚えておきたいと思うのは、自然じゃないか?」

「うぇ? えっと、その……」


 不意打ち気味に「好き」と言われた亜緒が、赤面しながら動揺する。

 照れるより前に感じるべきことがあるはずなのだが、恋愛というものに慣れていない流され少女には荷が重いらしい。

 いつの間にか亜緒の脳内では、「先輩、そんなに前から私のこと好きだったんだ」という乙女思考が働いていた。

 お手軽と言われても仕方がないチョロさである。


「何だか君も満更でもなさそうだな。やっぱり俺と付き合ってくれないか?」

「え? あ、えーっと……っは!? 無理です! 付き合いません!」

「惜しかったな」


 うっかり雰囲気に流されそうな亜緒だったが、間一髪で正気に戻った。

 一方、またもや振られてしまった隣太郎は、惚れた女のガードが思ったよりもゆるゆるであると実感し、今後も攻めて行こうと心に決めたのであった。

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