29.追っかけくんと少女たちは修羅場らない
幼馴染の翠との再会から数日。
隣太郎は伊摩から誘われた夏祭りに参加すべく、自宅からほど近い場所にある神社を訪れ、鳥居の近くに一人で立ちながら他のメンバーの到着を待っていた。
最初はせっかくだから翠と一緒に来ようと思っていたのだが、その翠からは「いろいろ準備があるから」と同伴を辞退されてしまった。
そうなると特定の女子を呼んで一緒に行くのも角が立つので、こうして一人で神社までやって来たわけだ。
以前の隣太郎なら、本命である亜緒の一択だっただろうが、他の女子に少なくとも友情は覚えている今となっては、迂闊に輪を乱す行動も取れなくなっていた。
「しかし女子五人と夏祭りか……もう何も言い訳できないな」
これから自分が女子に囲まれたひと時を過ごすのだと改めて思い、少し前までは想像もしなかった自身の生活ぶりに乾いた笑いを零した。
霜馬が今のセリフを聞いていたら「まだ言い訳するつもりだったのか」と呆れていただろうが、隣太郎は今まで割と本気でまだ言い訳ができると思っていた。
なにせ、みんな思わせ振りな態度ではあるが、誰一人として自分に告白はしてこないのだから。
「トナリ先輩、お待たせしました」
考えを巡らせていると亜緒の声がしたので、そちらの方を向く。
こんなやり取りも既に慣れるほどしたなと、隣太郎はなんとなく自分と彼女たちの付き合いが短いながら濃厚になっていると感じた。
「亜緒、こんばんわ……おお」
挨拶の言葉と共に感嘆も漏れたのは、そこにいた亜緒が浴衣姿だったからだ。
いや、亜緒だけではなく、その後ろに控えている伊摩と瀬里、そして十和まで揃って色とりどりの浴衣に身を包んでいた。
「ど、どうでしょうか? 先輩」
「ふふん、水着の時と違って初見だから、新鮮でしょ?」
「な、なんか恥ずかしいな……」
「あら、瀬里ちゃんだって、みんなに負けないくらい可愛いわよ?」
着飾った四人の美少女たちが、口々に声を発してくる。
夏祭りの神社という非日常の浮ついた空気の中でも、彼女たちは何より目立っているように隣太郎には見えた。
まさに壮観としか言い様のない光景に、隣太郎は小さく息を飲む。
もはや霜馬に対して、なにひとつ言い訳などできないだろう。
「みんな、浴衣なんだな。揃って着てくるとは思わなかったから驚いた」
どうにか普通の声色で話せたが、隣太郎の内心は緊張に包まれていた。
これから自分は、この少女たちと夏祭りの神社を歩いて回るのだ。
自分がそれをするに相応しい人間だと、隣太郎にはとても思えなかった。
とはいえ、いまさらここから逃げるなどという選択肢はないし、なにより彼女たちのうち一人は隣太郎が自ら告白した相手なのだ。
ここで逃げ出すようでは、彼女と付き合うことなど一生できないだろう。
「十和先輩から誘われたのよ。みんなで浴衣着ないかって」
「ふふっ、せっかくの夏祭りだし、着る人と着ない人がいるとバランス悪いかなって思ったの。だから全員で着ようって誘っちゃった」
隣太郎が自分たちの姿に気後れしているなどとは露知らず、伊摩と十和はみんなで浴衣を着ることになった経緯を語る。
亜緒と瀬里も、二人の言葉に揃って頷いた。
「私と伊摩は浴衣持ってたから、十和先輩の家で着付けだけしてもらって」
「私は持ってなかったので、十和先輩に昔の浴衣を貸していただきました」
どうやら女性陣は全員揃って、十和の自宅に集まっていたらしい。
その光景も見たかったと心から思う隣太郎だが、この夏祭りの雰囲気の中で最初に浴衣姿を見られた感動と引き換えなら、結果的には行かなくて正解だろう。
「それで隣太郎。あの子はどうしたの?」
「?……あの子、ですか?」
「あら? まだ誰か来るのかしら?」
伊摩が隣太郎に言ったセリフに、亜緒と十和が揃って首を傾げる。
その様子を見て、隣太郎は伊摩が翠のことについて、彼女たちに何も語っていないのだと理解した。
ちなみに瀬里は日課の尾行により、隣太郎と翠が二人で歩いている姿を目撃しているが、この場は隣太郎に説明させると伊摩に言い含められていたので、何も言わずに黙っている。
夏休み中は盗聴器を仕掛けられる場所がないためか、十和はまるで真人間のようだ。
女性陣の様子に、隣太郎はいよいよ逃げられないと覚悟を決める。
「ちゃんと来るよ。そろそろ約束の時間だから、もうすぐだろ」
「そうなんだ。てっきりアンタと一緒に来ると思ってたわ」
「俺も誘ったんだが、なんか準備があるとか言われてな」
隣太郎と伊摩が翠について話すが、肝心なところはぼかしたままなので、亜緒と十和は相変わらず困惑顔のままだ。
隣太郎としては、どうせ翠が来たら紹介することになるのだから、彼女が到着する前にあれこれ話すのはムダになるという思いがあった。
そんな少し妙な空気を破るように、神社の入口にある階段の方から元気な声が聞こえてきた。
「リン兄、お待たせ! やー、浴衣なんて初めて着たから、大変だったよー」
「……走ると危ないぞ、翠」
快活な声とともに走り込んできた翠は、本人の言葉通りに浴衣姿だった。
意外に女性らしさを感じさせるその姿を見て、隣太郎は一瞬呆けてしまう。
彼女が引っ越して別れる前も、そして数日前に再会した時も変わらずボーイッシュな恰好をしていたので、幼馴染に年齢相応の女性らしさを感じたのは、これが初めてだった。
最終的にはどうにか兄貴分らしい態度を維持できていたと思うが、先に亜緒たちの浴衣姿を見ていなかったら危なかったかもしれない。
「どうどう、リン兄? 私の浴衣!」
「はいはい、可愛い可愛い」
ドヤっと浴衣を見せびらかす翠に素っ気ない態度で返す隣太郎だが、その内心は言葉通りにとても可愛いと思っていた。
翠が相手だと、どうにも普段の率直さが発揮されない隣太郎である。
「翠、浴衣はいいんだが、そのデカいバッグは……ああ、カメラか?」
幼馴染の浴衣姿に心を乱されていた隣太郎だったが、そこに浴衣に見合わない肩掛けのバッグがあることに気付いた。
流石に色合いは浴衣に合わせてあるようだが、どうにも異質感は否めない。
「そうだよー。やー、浴衣に合うバッグを準備するに手間取っちゃった」
「そんな無理して合わせる必要あったのか?」
「あるに決まってるじゃん。もー、リン兄ってば女心が分かってないんだから」
不服そうに頬を膨らませる翠だが、色を合わせたところで異質感は拭いきれていないように見えるので、隣太郎としてはあまり意味のある努力とは思えなかった。
「隣太郎、話し込むなとは言わないけど、こっちのことも忘れるんじゃないわよ」
「あ、ああ、スマン。つい……」
伊摩から声を掛けられて、隣太郎はようやく翠と二人ではないと思い出す。
いくら幼馴染と一緒だと話が弾むとはいえ、先程まで見惚れていた相手を忘れるとは思わなかったと、隣太郎は自省する。
見れば他の女性陣――特に亜緒は、不安そうな表情を隣太郎に向けていた。
「みんな。彼女は喜久川 翠といって、俺の幼馴染だ。小学生の頃に引っ越して、最近こっちに戻ってきたんだ。出来たら仲良くしてやってくれ」
「もー、なんだよリン兄。保護者ぶっちゃってさー」
子供扱いされて不貞腐れる翠の頭を、隣太郎はおもむろに撫でまわした。
相変わらずの子供扱いに「髪が乱れる!」と反発する翠だが、本気で嫌がっていないのはその顔を見れば誰の目にも明らかである。
ひとしきり妹分を愛でた隣太郎は、他の女性陣から呆然とした顔で見られていることに気付き、慌てて翠の頭から手を放す。
撫でられるのが止まったことに不服そうな顔をした後、翠はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべ、女性陣に向けて口を開いた。
「伊摩さん、こんばんわ! 他の人たちは初めまして! ご紹介にあずかりました、リン兄の幼馴染の喜久川 翠です! 二学期からは、皆さんと同じ高校の一年生になります!」
「はい、こんばんわ。相変わらず元気いいわね、翠」
「そりゃもう、そこが自慢ですから!」
翠の威勢のいい挨拶に、すぐ返事ができたのは伊摩だけだった。
他の三人は、いまだに隣太郎が翠を撫でまわしていた光景や、そもそも隣太郎に異性の幼馴染がいたという事実に衝撃を受けている。
「ず、ずいぶん仲いいんだね。トナリくんが女の子の頭を撫でるとこなんて、初めて見た……」
「まあ、小学生の始めくらいからの仲だから、つい気安くてな。でも子ども扱いするなって言われたし、この年だと自重した方がいいかな」
「えー、子供扱いは嫌だけど、リン兄に遠慮されるのはもっと嫌ー。撫でたくなったら、正直に撫でていいんだからね?」
そう言って隣太郎にすり寄る翠の姿を見て、瀬里は他に見えないよう小さく歯噛みした。
これまで隣太郎と一番付き合いが長かったのは、中学から一緒の自分だった。
しかし小学校時代の幼馴染が現れたことで、瀬里の立ち位置は大きく揺らいでいた。
そして瀬里以外にも、自分の立場が脅かされる少女がいた。
「トナリ先輩……」
今まで隣太郎から好意を向けられ、一心に可愛がられていた亜緒である。
妹同然に可愛がられ、自分よりも気安い態度で話しかけられる翠を見て、寂しげに顔を顰める亜緒だが、その気持ちを素直に隣太郎に伝えることはできない。
まだ隣太郎の傍に立つ自信は持てないし、何より嫉妬に駆られて雰囲気も考えずに告白するのは、どう考えても悪手でしかない。
結局、彼女は自分から隣太郎に動きかけることはできず、ただ無意識に寂しさを表現するだけだった。
ただし相手が隣太郎である場合、それだけでも十分に効果的である。
「亜緒、大丈夫か? 元気がなさそうに見えるが。アレだ、キャンディー食べるか?」
そう言いながら隣太郎は、持っていた小さな荷物の中からシンプルな包装をされたキャンディーを取り出し、亜緒に手渡した。
唐突な甘味に亜緒は目を丸くしたものの、それが目の前にいる先輩の手作りだと直感で気付き、一転して笑顔になる。
「ふふっ……なんですか、キャンディーって。子供じゃないんですから」
不服そうな口振りだが、その表情はどう見ても飴玉ひとつで機嫌を直す子供そのものである。
その様子を見て、隣太郎は胸を撫で下ろした。
翠のことで変な空気になるかもしれないと心配していたものの、いまさら出来ることもなく、せめてもの慰めとしてキャンディーを用意していたのだ。
亜緒が不機嫌になったら渡そうという、もはやヤケクソ気味な考えだったが、奇跡的に上手く働いてしまった。
「えーっと、とりあえず気を取り直して、自己紹介でもしときましょうか」
ひとまず落ち着いたと判断した伊摩が音頭を取り、女性陣から翠への自己紹介が開始されることとなった。
「亜緒は同い年なんだ。あ、私のことは翠でいいよ。よろしくね!」
「う、うん。よろしくね、翠」
「やー、同じ学年の子と知り合いになれてよかった。一緒のクラスになれたらいいね!」
一通りの自己紹介を終えた頃には、亜緒と翠はかなり親しげな雰囲気になっていた。
分かりやすく人懐っこい翠はともかくとして、隣太郎や他の女子にとっては亜緒の態度が意外だった。
どうやら同学年の女子相手だと、普通に呼び捨てにする場合もあるらしい。
上級生である自分たちといる姿ばかり見ていたので、なかなか新鮮な光景だった。
「仲良くなれそうで安心したよ。それじゃあ、中に行こうか」
亜緒と翠の二人がとりあえず問題なさそうだったので安心した隣太郎は、気を取り直してみんなで夏祭りを楽しむことにした。
翠を含む女性陣も特に異論はないようで、隣太郎の言葉に一様に同意を示した。
こうして、翠と少女たちの顔合わせは、なんとか無事に終わった。
しかし夏祭りの夜は、まだ続いていく。




