27.東風原さんは送っちゃう
夏休みも中盤を過ぎた日の夜、 隣太郎は自室で一人悩んでいた。
一体何についてかと言えば、夏休みの始め頃から彼のスマホに送られてくるようになった、伊摩のセクシーショットである。
隣太郎の記憶にある限りでは皆で水着を買いに行った後あたりから、夜になると伊摩の自撮り写真が送られてきていた。
水着だったり部屋着だったり、時にはモデルの撮影で来たと思われる少し大胆な衣装だったり……衣装は様々だが共通しているのは見事なスタイルとポージング、そして自分の魅力を理解したカメラアングルであるということだ。あと回を増すごとに慣れているのか、露出の仕方が大胆になっているような気がする。
そこまで分析しているということは、隣太郎が送られた写真をしっかり見ているという意味でもあるのだが、魅力的な女性の写真を「見るな」というのは、正常な男子高校生には酷な話である。
嬉しいか嬉しくないかで言えば、確実に嬉しい隣太郎ではあったが、出会いはどうあれ今では良い友人と認識している伊摩のセクシーな自撮り写真を大量に所持しているという事実は、彼の心にそれなりの焦燥感というか罪悪感を与える。
そもそも最近は伊摩から好意的な感情を向けられているという自覚はあるものの、そこからどういう経緯で自分に自撮り写真を送ることになったのかが理解できない。
意図が不明で困惑しているうちに本人に聞きそびれてしまい、何度も直接顔を合わせているのに今日まで確認できないまま来てしまったのだ。
(でも流石にこのままじゃな……)
写真を見る限りではありえないと思うが、伊摩本人も望まぬ行為を強いられているという可能性もある。それにしては表情やポーズがノリノリなので、基本的には低い可能性だと思っているが。
そうこう思っているうちに、近くに置いてあったスマホが着信を告げた。
嫌な予感――と、期待を抱きながら隣太郎が画面を見ると、実にタイムリーなことに伊摩からの「本日のセクシーショット」が送られてきていた。
画面に映る伊摩の、自信満々な表情が憎らしい。ついでに今日の衣装も良く似合っていて、それが更に憎らしかった。
(そろそろ本人に聞いてみるか)
何はともあれ、いい加減に覚悟を決めた隣太郎は、スマホの画面に映る友人に向けてメッセージをしたため始めた。
「それで、あたしを呼び出したってわけね」
翌日、空調の効いた喫茶店にて、アイスコーヒーを弄びながら伊摩は言った。
彼女の正面には気になる男――要するに隣太郎がいて真剣な顔で自分を見ているのだが、高校生の男女が二人でいるというのに、浮ついた雰囲気は全くない。
昨夜、隣太郎から『明日、二人で会えないか?』という連絡が来た時は、いよいよあの朴念仁が自分の魅力に陥落したかと期待した伊摩だったが、実際に顔を合わせてみれば世間話もそこそこに、自分が送った写真の意図を尋ねられてしまった。
ちょっと気合を入れた格好をしてきた時間と手間を返せ――と、自分の行為が発端であるにもかかわらず、隣太郎に文句を言いたくなる伊摩だった。
「そうだ。前から君にどういうつもりなのか聞こうとは思ってたんだが、大っぴらに聞いていいものか分からなくてな」
そんな伊摩の内心を知らない隣太郎は、真剣な表情で頷く。
そもそも伊摩の方が隣太郎に詰問されてヘソを曲げられる立場ではないので、彼女の内心が分からないのは完全に正常な証と言えるだろう。
「や、別にそんな身構えて聞くような、大した理由じゃないのよ」
伊摩はグラスの氷をかき混ぜながら、澄ました顔で言う。
そんなクールな表情の裏側で、実のところ彼女は大いに焦っていた。
大した理由ではないという彼女の言葉は、確かにその通りだ。気になる男に、自分の大胆な姿を見せつけて快感を得るという、本当に仕様もない理由なのだから。
伊摩にとっては自分のセクシーショットを隣太郎に送った時点で、ゾクゾクした快感が得られている。その上で、隣太郎が写真を見てドキドキしてくれている可能性を想像すると、何とも言えない幸福感まで覚えてしまうのだ。
とはいえ、それをバカ正直に説明するわけにもいかない。
そんなことを言ってしまったら、自分が隣太郎のことを好きだとバレてしまう。
呼び出された時は少しだけ期待したとはいえ、基本的に自分が亜緒よりも異性として好かれてはいないだろうと分析している伊摩は、まだ隣太郎に気持ちを伝えるべき段階ではないと考えていた。
隣太郎には「大した理由じゃない」などと言ってみたものの、どう言い訳したものかと頭を悩ませている伊摩。
口振りの割に、彼女が話を切り出すつもりがないと判断した隣太郎は、更に説得を続けるべく自分から話を持ちかける事にした。
「伊摩。こういうものを発信するのはリスクがあるっていうのは、君だって分かってるだろ?」
「ん? まあ、そうね。事務所に入った時も、ネットリテラシーとか結構ガチめに説明されたし、その辺は理解してるわよ。だから変なとこでアップしたりしないで、アンタに送るだけにしてるんだけど」
言葉通り伊摩は隣太郎個人にしか写真を送っていないし、それで問題ないと思っているのだが、隣太郎が言いたいのは、そういう事ではなかった。
「そもそも俺に送ること自体が問題だと言ってるんだ。君自身が俺にだけ送っていても、俺がそれをどうするかは分からないだろ」
「え、アンタ、あの写真を変なとこにアップしてんの?」
「……いや、してないが」
「なら、いいじゃないの。いきなり変なこと言わないでよ、ビックリするわね」
あまりに堂々とした伊摩の態度に、隣太郎は鼻白む。
下手に追求したら伊摩との関係が崩れるかと思って言い出せずにいたのだが、かと言ってここまで普通の態度で返されるのも、それはそれで困りものだ。
「……一応聞くが、誰かに脅されてるわけじゃないよな?」
「ハァ? 何であたしが脅され……ああ、そういうこと」
いきなり物騒な話になって面食らった伊摩だったが、すぐに隣太郎がそう言った意図を理解した。
年頃の女子が、大胆な自撮り写真を異性に送り付けるという行為を、自らの意に反する形で強要されているのではないかと危惧したのだろう。
多少、飛躍した発想だと思わずにはいられないが、隣太郎が自分を心配してくれるのは、悪い気がしない伊摩だった。
「違う違う、そういうんじゃないわよ」
「それなら君の意思でやってるって事か。どういう理由なんだ?」
「あー……それは……」
心配されるのは嬉しいが、隣太郎を不安にさせておくのも悪いと思った伊摩は、すぐさま彼の問いを否定した。
しかし、それによって「じゃあ何であんな写真を送ってくるのか?」という、最初の質問に戻る羽目になってしまう。
悩んだ末に伊摩が辿り着いたのは……屁理屈でごり押すという手段だった。
「……隣太郎。女ってのはね、男に見られるのを意識することで、自分を磨いていくもんなのよ」
「は……? 何を急に……言いたいことは、まあ分からないでもないが」
今度は隣太郎が面食らう番だったが、伊摩の発言を咀嚼してみれば、決して理解できない内容でもない。いささか唐突感があるのは否めないが。
「つまり君は、モデルとして自分を高めるために、俺にああいう写真を送り付けていると……そう言いたいのか?」
「ええ、そうよ。お陰様で、最近のあたしは絶好調なんだから。カメラマンの人からも、『最近いい感じ』って褒められたりね」
誤魔化すように言う伊摩だが、実のところモデルの仕事で評価されることが増えたのは事実だ。
それは彼女が恋をして自分をより磨くようになったから――厳密に言えば隣太郎に自分を見せつけたいという目的意識を持つことで、ある意味ではモデルとして一段上のステージに上ったのが原因である。
あくまで言い訳でしかなかった隣太郎への説明も、決して的外れというわけではなかったのだ。伊摩自身がそれを認識しているかは別の話だが。
「それはいい事だと思うが……だからって同年代の男に送るか、普通?」
「アンタを信用してるって意味でしょ。野暮なこと聞くんじゃないわよ」
「……それは、まあ光栄だな」
開き直った伊摩が堂々と話すので、それ以上の追及が出来ない隣太郎。
出会い方を思い返すと、伊摩にこれだけ信頼されるようになったのは確かに光栄なのだが、だからといって素直に「そうか」で済ませるべきではないような気もする。
そもそも年頃の異性である自分が、彼女のそういった写真を受け取るのは、倫理的にどうなのだろうか?
考えた末、もう少し話をするべきだと思った隣太郎が言葉を発する前に、別の人物が横から声をかけてきた。
「あの……ちょっといいですか?」
隣太郎と伊摩が視線を向けると、自分たちの座っているテーブルの横に、いつの間にか見知らぬ少女が立っていることに気付いた。
一体誰だろう、と思いながら隣太郎は少女を観察する。
身長は亜緒より少し高いくらいで、同年代の女子としては平均か、やや低めと言ったところ。黒髪は肩に届く程度の長さだ。礼儀正しい感じで声をかけてきたが……本来の少女はもっと活発なのだろうと、隣太郎は理由も分からずそう思った。
「どちら様?」
違和感で頭を捻っている隣太郎を余所に、少女へ質問をする伊摩。
伊摩の端的な質問に、少女は朗らかな笑顔で答えた。
「私、趣味で写真をやってるんです。お二人が写真の話をしているのが聞こえて、ご迷惑かと思いましたが声をかけさせてもらいました」
「へえー、そうなんだ。あたしは読モやってるから、撮られる方が専門なんだけど」
「モデルの方だったんですか! どうりでお綺麗だと……」
サバサバした物言いから、初対面で話すには少し気後れしそうな伊摩が相手でも、少女は気後れした様子は見せず丁寧な態度を崩さない。
だが隣太郎は、そんな彼女の態度に違和感を覚えていた。
本当の彼女はもっと男勝りで、子犬のように人懐っこくて――。
「……もしかして、翠か?」
隣太郎は、ほぼ無意識に記憶の底から出てきた名前を口にした。
それを聞いた少女は一瞬驚いた顔をした後、ニンマリとした笑みを浮かべる。
さっきまでの穏やかな笑顔よりも、よほど彼女に似合う表情だと隣太郎は思った。
「あ、気付いてくれたんだ。さっすがリン兄!」
笑顔も、話し方も、急に別人のように変わった少女に、伊摩は目を丸くする。
隣太郎の方も、思いがけない相手に会った驚きで、大きく口を開けていた。
そんな二人の視線を集めながら、少女は敬礼のようなポーズを取り、高らかに宣言した。
「喜久川 翠、ようやくこの街に帰ってきました!」
彼女こそ隣太郎の幼馴染・喜久川 翠であり――そして後に新たな変人として、少女たちの輪に加わる存在である。




